顧客を理解し、つながる仕組みを作る--社内外の連合チームで不動産DXを推進するハウスコム

 2023年8月23日に開催された「CNET Japan オンラインカンファレンス2023 企業のこれからに必要不可欠 『デジタル人材』獲得の秘策と実行」に、ハウスコムにて代表取締役社長執行役員を務める田村穂氏が登場した。同社は、不動産賃貸仲介業大手で不動産DXの先進企業。「不動産業のDXは社内外の連合チームで推進 社長直下『カスタマーサクセスプロジェクト』の取り組み」と題して、同社が実践するデジタル推進における体制づくりや進め方について語った。

(画面右)ハウスコム 代表取締役社長執行役員 田村穂氏、(左)モデレーターのCNET Japan 編集長 加納恵
(画面右)ハウスコム 代表取締役社長執行役員 田村穂氏、(左)モデレーターのCNET Japan 編集長 加納恵

内製によるデジタル化の失敗で外部知見の重要性を認識

 ハウスコムは2013年から本格的に業務のデジタル化を開始し、これまで先進テクノロジーを活用した様々なサービスをリリースしてきた。2022年には経済産業省が定める「DX認定事業者」の認定を取得し、名実ともに不動産業界におけるDX先進企業となっている。デジタル化に着手した経緯について田村氏は、「他の業界が色々と変化している中で、不動産業界はこのままでいいのか?という危機感から取り組みを開始した」と語る。

 実際、同社のテクノロジー活用は業界内で先行していた。ところがその取り組みは、裏目に出てしまう。「自社の賃貸物件情報を外部のポータルサイトへ掲載するにあたり、自社のシステムが、顧客のニーズに合わせて日々変化する外部ポータルサイトに対応しきれなかった。そのため、せっかくたくさんの情報を掲載してもサイトの中で埋もれてしまい、エンドユーザーの検索結果画面で情報が出てこない状態に陥ってしまった」(田村氏)のである。

 その原因は、開発を内製化したことであった。田村氏は、「お客様の動向や店舗の効率化よりも、社内の論理や開発者の技術的思考が優先されて、業績を落としてしまった」と当時を振り返る。その経験からハウスコムでは、世の中の流れに沿った形でテクノロジーの活用を進めることの重要性を理解し、外部の知見も取り入れてデジタル化を推進していく流れが生じたという。

2015年から現在までの主な不動産DXの取り組み
2015年から現在までの主な不動産DXの取り組み

自社のデータを公開することを条件に優秀な人材を集める

 2015年からハウスコムでは、外部から人材を招き入れた上で、本格的なデジタル活用の取り組みを開始した。その際に田村氏は自ら先進的なベンチャー企業を訪問し、技術者の講演に出向いて直接会話をして知見を集めつつ、自社のデータを公開することを条件に優秀な人材を集めて、社内にDX推進チームを結成。社内外の連合チームによりデジタル化を進めていった。そこから外部の知見を取り入れて、2015年の「オンライン内見」を皮切りに、地図サービスやAIなどのデジタルテクノロジー活用した多くのサービスを立て続けにリリースし、併せて社内でのデータ活用基盤の整備も行っている。

 また並行して、不動産業界向けのサービスを開発するソフトウェア企業と連携し、旧来型の対面方式、マンパワー方式から脱却するための業務システムの開発にも着手。そこでもパートナーに自社データを提供し、現場業務の効率化にとどまらず、デジタル活用によって顧客が部屋探しをする際の体験や満足度を高めていくことができる新しい形の顧客管理システムを開発していった。それらの活動を通じて同社では、「データを知見のある人たちに開放して、どんなモノを作っていこうかという思考になっていった」(田村氏)という。

攻めと守りの両翼でバランスの取れたDXを推進

 そのような過程を経て、現在ハウスコムのDX推進体制は、社長を中心として攻めのDX(CX)を担う「カスタマーサクセスユニット」と、守りのDX(EX)を担う「ITシステム部」という両翼で構成されている。2つのDX組織を置いていることに関して田村氏は、「我々のミッションは、『住まいを通して人を幸せにする世界を創る。』こと。それを具現化するために、攻めと守りのDXが鍵を握る」と説明する。またもう1つの理由として、「当社では、従業員体験を良くしていくことが最も大切だと捉えている。ただしそこだけを追い求めると、以前のように中は良くなってもお客様の意識とかけ離れてしまうため、顧客体験の向上やカスタマーサクセスとのバランスをとるために、2つの組織に分けている」のだという。

ハウスコムのDX推進体制図
ハウスコムのDX推進体制図

 カスタマーサクセスユニットは、顧客の体験を良くしていくための活動やサービス開発を担う組織となる。顧客にサービスを提供した際に、顧客からデータを集めて分析し、様々な開発やロイヤリティの向上に活用し、顧客に返していくというデータドリブン経営サイクルの構築を目指している。ユニット内には社長直下のカスタマーサクセスプロジェクトが設置され、ハウスコムが顧客の成功、顧客の生涯価値をどうやって上げていくかという取り組みを、顧客目線で進めているという。「現在は様々な方々にインタビューをして、何がお客様の部屋探しにとって価値があることなのか、様々なデータを収集している段階」(田村氏)としている。

 インタビューの結果、「我々が本当はお客様が求めている価値とは違うものを提供しているのかもしれないなどと、多くの気付きを得られている」と田村氏は明かす。例えば、ハウスコムで部屋探しをした人に限らず、直近3ヶ月以内に住み替えした賃貸住宅居住者へインタビューすると、担当者の顔を覚えていないケースや、どの会社で決めたかを覚えていないという衝撃の回答がかなりの割合であったという。

CX領域でのデータ活用の取り組み
CX領域でのデータ活用の取り組み

 EX側は、主に従業員体験の向上を目的として活動している。顧客接点から担当者の仕事を1つずつタスク分けし、テクノロジーを活用してバックエンドの業務効率化や生産性の向上に取り組んでいる。フロント領域でも、「オンライン内見やIT重説など、デジタル化によってお客様と場所を共有しなくて済むようにして、顧客対応や顧客管理の高度化に取り組んでいる」と田村氏は語る。

EX領域でのDXへの取り組み
EX領域でのDXへの取り組み

 それぞれのメンバー構成に関しては、CXはマーケティング系、EXが技術系の人間が多いとのこと。人材は、賃貸仲介業の現場を知っている人を集めており、経験がない場合は実際に1週間程度店舗に入って実体験をしてもらい、血が通ったDXにつなげているという。また外部メンバーに関してはCXが7人、EXが10人という構成であり、2015年当初から参画し、現在も残っているメンバーが多いという。

デジタルを活用していかに顧客とのつながりを作っていくか

 その中でハウスコムが現在重視しているのが、顧客といかにしてつながっていくかということである。賃貸仲介業の同社は、立ち位置としては入居者側のエージェントというポジションであり、現状では仲介という決められた範囲内で事業をし、部屋探しが終わったら後は管理会社に任せる形になっている。そこで同社では、売り切り型からリテンション型へと事業領域を拡張し、収益構造を拡大することを目指している。

 「お客様が部屋を探す際には、最初の問い合わせは我々に入ってくる。お客様からすると、不動産を探して住む、住んだ後までをワンストップのサービスと捉えているので、そういう意味ではつながる可能性もどんどん広がっていくと思っている」と田村氏は語る。

 それに対し現状ハウスコムは、物件を保有する管理会社や大家との中継ぎという存在に過ぎない。同社としてはその先までつなげて、リピート顧客を増やしていきたいところだが、現状では顧客インタビューで明らかになったように、会社も担当者も素通りされている状態なので、しっかり意識を持ってつながる価値とは何かということを、カスタマーサクセスプロジェクトにおいて議論しているという。

 「部屋探しだけで終わりでは、お客様が価値を見出してくれていない。今後お客様とつながっていけば可能性が出てくるし、それが顧客生涯価値の提供につながっていくと思っている。最初の接点はすでに持っているので、後はどうつながっていくかを内外と話し合いながら挑戦している」(田村氏)

 具体的に、現在の不動産賃貸仲介ビジネスは「機能価値」の提供にとどまっている。現状では、顧客に対してどのような体験を提供できるかという「体験価値」の提供に挑戦している段階で、つながるまでは至っていないという。その際には、「個社の仲介だけでなく、管理会社とかバリューチェーン全体の中でしっかりと価値を見出していくという新しい領域の話になる」と田村氏は解説する。

ハウスコムが目指す今後のビジネス像
ハウスコムが目指す今後のビジネス像

 ただし、理想の姿に辿り着くためには高いハードルが存在しているという。扱っているデータが個人情報などのセンシティブなものなので、データを他社に渡すことについてはみな慎重になる。そのため不動産業界では個々ではデジタル化されていても、情報をつなぐ部分がうまくいっていないため、全体として「デジタル化が遅れている」と言われてしまうとのこと。「物件も1つの情報であり、情報格差がまだまだある中で上から下まで格差をなくしていかないと、真にお客様が求めているサービスは提供できないと思っている」と、田村氏は現状の問題点を指摘する。

 そのような議論を社内で進める中で、ハウスコム従業員の意識は変わってきているとのこと。「部屋を紹介して、お客様が求める最適な部屋を不特定多数の中から特定化させるだけではお客様は満足しないことは理解できた。これからも我々は、入居後もお客様とつながり続ける企業を目指す」(田村氏)。

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