生活者や観光客など、地域の移動を支えるタクシー。タクシーの営業は従来、長年培った経験や土地勘が欠かせないものだった。電話で聞いた顧客の注文を地図上でスムーズに確認するオペレーター、そして行き先を聞いたドライバーは、瞬時に目的地の把握と最短ルートを選択する能力が求められた。一人前になるには長い年月が掛かり、地方では人口減少による人手不足が課題になっていた。
近年、タクシー業界を取り巻く環境は急激に変化している。人口減少と業界の高齢化が進み、2005年時点で約38万人いたタクシードライバーは2021年には約22万人に。特に新型コロナウイルス感染症の流行で業界全体が大打撃を受け、2020年以降の約3年間で国内のドライバーは20%減少した。
コロナ禍が落ち着きを見せる2023年は、海外からの観光客が急激に増加。「オーバーツーリズム」や「移動の不便さ」が注目を集めている。一方で、日本全国には約23万台のタクシーが許認可を受けているが、ドライバーが減ったことでその多くが稼働していない。車両はあるけどドライバーがいない状況が続いている。
電脳交通は、いますぐ稼働できるタクシー車両23万台を、どうすれば稼働率100%に近づけられるか? に取り組んでいる。クラウド型のタクシー事業者向け配車・運行管理システム「DS」をSaaS型料金体系で提供し、高度な検索機能や地図機能により、土地勘や長年の経験がなくてもタクシーを運行できる。
導入した全国のタクシー会社は、低コストで業務効率を改善しており、人手不足対策などの活用事例も多く出てきている。今回は、全国のタクシー会社がクラウド型配車システムを活用し、どのようにアフターコロナ時代の地域交通を支えているかを紹介する。
2021年に配車システムを導入した結果、集客ではなく効率化によって収益拡大を実現したのが、兵庫県最大のタクシー会社となる神戸相互タクシーだ。
日本国内におけるタクシー利用はごく一部の都市部を除き、「電話による配車注文」が最も多く、注文を受け付けるオペレーターの役割が重要となる。迅速かつ正確に注文内容をドライバーへと伝達し、効率的に車両を運行させることが、売り上げや利益に大きく関わる。
しかし、いかに熟練のオペレーターであっても、人の処理能力には限界がある。そして、地方ではオペレーターとして働く人材の採用や育成も容易ではない。
そこで神戸相互タクシーは2022年の夏、自社専用の配車アプリをリリースし、配車システムと連携した。
これにより、常連の顧客などからの注文は配車アプリでオペレーターを介さずに注文を自動処理する一方で、配車アプリを使いこなせない観光目的といった顧客は従来どおりの電話注文やタクシー乗り場から乗車、という形に分類した。タクシー利用の窓口を振り分け、オペレーターが処理する必要がある配車注文件数を減らしたのだ。オペレーターが処理できる注文件数が増え、売り上げと利益拡大につながっている。
この取り組みの特徴は、「売上拡大」と「従業員の業務負担軽減」を同時に実現していることだ。スマホアプリの活用は「売上拡大のための集客施策」という印象があるが、神戸相互タクシーは「効率化」のためにアプリを活用している。
コロナ禍が収まり、移動需要が戻ったいま、新たな集客施策が必要なタクシー会社は少ない。売り上げを増やすためにはむしろ集客ではなく、「業務効率化」が重要な時代といえるだろう。電脳交通の配車システムも「コスト削減」「従業員の負担軽減」を重視し誕生したが、近年は「限られたリソースの中での配車注文の効率化」の話題が増えている。
コロナ禍を一度経験したタクシー業界では、「大手タクシー会社の意識」が大きく変化しつつある。沖縄県最大のタクシー会社「沖東交通グループ」の例を紹介しよう。
沖東交通グループは、2021年に配車システムを導入。神戸相互タクシー同様に配車アプリとも連携している。
さらに、2023年6月に「地元個人タクシーとのアライアンス(提携)」を開始。沖東交通に入った配車注文を、地元の個人タクシーにも流せるという仕組みだ。沖東交通の車両に導入している配車システムの車載タブレットを、個人タクシー車両にも提供することで実現しており、配車注文が来た時点で沖東交通の車両が全て埋まっていた場合、個人タクシーが代わりに注文を受けられる。
地域最大手のタクシー会社は、地元民からも観光客からも、最初に注文が入る。いわば地域移動における管制塔・交通司令室のような立場だ。この集客パワーを踏まえて車両不足の際には個人タクシーに助けてもらうという互助的な取り組みとなり、顧客は車両が空くのを待たずに済み、個人タクシーは売り上げが向上、そして沖東交通は大事な顧客の注文を断らずに済む。“三方良し”の仕組みといえよう。
人口約140万人の地方都市である一方、ピーク時の年間観光客が1000万人を超える沖縄。2022年夏には、レンタカーを借りられない、タクシーも捕まらないという状況がメディアで報じられた。
県内最大手のタクシー会社のこうした新しい取り組みは、まさに「地元の移動を支えるための使命感」によるものだ。もちろん、自社に来た顧客の注文を個人タクシーに流すことへの、反対意見はある。しかし、業界全体がコロナ禍で売り上げが激減し、大手だからこそ潤沢にあった間接コストが経営を圧迫した経験が、大手タクシー会社の意識を急激に変えた。沖東交通の個人タクシー連携もその変化から生まれたものだ。
最後は、利害関係を超えた地域全体の取り組み例を紹介しよう。
沖縄県の宮古島は、広さ158平方km、東京23区の4分の1程度の面積の中に、約20社、200台のタクシーが運行。島内にレンタカー以外の主な交通手段はなく、現地の移動にタクシーは欠かせないが、各社別々に配車注文を受けていた。別の会社のタクシーが近い、島の反対側などの場合も注文を受けた会社のタクシーが向かうため、島内全体で非効率のある状態だった。コロナ禍以降は観光需要も戻り、観光客から観光協会へタクシー不足に対する不満の声が寄せられるようになった。
そこで2023年の秋から、宮古島内で営業するタクシー会社が連携し、「宮古島専用配車アプリ」がスタートする。これは島内全体でタクシーを共同配車し、移動の効率性をあげていく取り組みだ。
従来のように会社ごとにバラバラに注文を受けるのではなく、配車アプリで受け付けを一本化し、車両が空いていて最も適した会社のタクシーが顧客を乗せる。窓口の一本化は、各社に寄せられるタクシー注文の電話数減にもつながる。
同じエリア内で営業するとライバル関係という従来の関係性を乗り越え、島内のタクシー会社手を取り合ってエリア全体の移動課題解決に取り組むものだ。
紹介した3つの取り組みは、決して業界内で真新しいものではなく、古くからある取り組みだ。しかし、再現性のある仕組みが存在せず、個人タクシーとの連携や周囲との共同配車など、個々の取り組みが特定エリアで行われている、一旦始めても頓挫してしまうといったケースが多かった。
配車システムでは、こうした取り組みを再現性を持って実現できる。多くのエリアで新しい取り組みが始まり、業界内でも「私たちの地域も検討したい」という声が増えている。コロナ禍を乗り越えて「いつか取り組まなければいけなかった課題」に直面し、業界全体がアフターコロナの地域交通最適化のために変わり始めている。
また、株主や地方自治体の方など、タクシー業界外との「今後の地域交通やタクシーはどうあるべきか?」という対話も増えつつある。タクシーとは異なる移動サービスの推進に関する議論とともに、冒頭触れた「今すぐ運行可能な23万台のタクシー車両」の稼働率を100%に近づけるため、企業や人が特定の業界や地域について「専門外だから」と無関心にならず、「未来の地域交通のあるべき形」を一緒に考えている。
これは、タクシーという産業自体が生活に欠かせない、「移動」という公共サービスであり、身近であるということ、そして社会全体から求める声の大きさはタクシーにまだ大きな可能性がある期待の現れだろう。
近藤洋祐
徳島県出身。メジャーリーガーを目指し18歳で単身渡米、4年後に帰国。その後家業である吉野川タクシー(有)に入社し、2012年に代表取締役CEOに就任。廃業寸前だった会社をITやマーケティングを取り入れることで再建した経験を踏まえて、2015年株式会社電脳交通を創業。徳島県タクシー協会理事。
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