100年変わらないタクシー業界をDXで救う--徳島発のMaaSベンチャー「電脳交通」の挑戦

 「1912年、東京の有楽町ではじまったタクシーは、ビジネスモデルが100年間変わっておらず、全国6000社の事業者が同じ課題を抱えている」。こう指摘するのは、タクシー業界のDXを推進するスタートアップ、電脳交通のファウンダーで代表取締役社長CEOを務める近藤洋祐氏だ。2020年からのコロナ禍で業界全体が大打撃を受けるなか、いかに活路を見出していくべきか。近藤氏へのインタビューを通じて紐解いた。

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電脳交通のCo-Founderで代表取締役社長CEOを務める近藤洋祐氏

債務超過だったタクシー会社を3年で再建

 近藤氏は、24歳の若さで債務超過に陥っていた小さなタクシー会社を祖父から継承し、3年で経営を建て直した実績を持つ。徳島県の吉野川タクシーといえば、“田舎のタクシー会社の再建ストーリー”としてタクシー業界では有名だという。

 アメリカ留学を経て家業を継いだ当時、同社は債務超過に陥っているうえ、経営者である祖父は体調を崩しがちでマネジメントも不在という混乱状況だった。経営の経験も学もなかった近藤氏は、「できるところからやろう」と腹をくくり、家業の再建に取り組み始める。

 まずは、タクシードライバーで必須の二種免許を取得。ドライバーとしてハンドルを握りつつ、社会においてタクシーが果たすべき役割を学んでいった。地元のタクシーは「高齢者の足」になっているという実態や、車種やドライバーのマナーに対して法人が求めるレベル感、現場は「市場からの期待」を肌で感じられる機会の宝庫だった。

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吉野川タクシー時代の近藤氏

 そんな吉野川タクシーがV字回復する決め手になったのは、「事業開発、マーケティング、テクノロジーを経営に取り込んだこと」だ。たとえば、現場での気づきから、妊婦さんが急いでタクシーを呼びたいときに利用できる輸送システムを開発し、ネットを使って会員登録できる形でリリースした。ほかにも学習塾に通う子どもの相乗り送迎サービスなど、オリジナルのサービスを増やしていったという。

 すると、地元メディアが取り上げるようになり、面白い企画を出すタクシー会社として競合との差別化につながった。売上には直結しなかったものの、好感度の高いファンの獲得や、採用マーケティングにおける若年層の母集団獲得につながった。近藤氏の入社時に平均年齢65歳だったドライバーは、40.3歳まで若返ったという。こうしたプラスのサイクルにより、若い人材の獲得、オリジナルサービス、会社の業績向上、顧客基盤の充実など相乗効果が生まれるようになった。

 あわせて、業務効率化を図るSaaSツールの導入や、その結果を参考にしたアウトソーシングなど、経営体制も同時並行で強化する。気がつけば、徳島で最も配車台数が少ない小さなタクシー会社に、「企画、営業、テクノロジー活用」をそれぞれ担える人材が揃っていたという。そして、経営を再建した近藤氏は、自社の成功体験を“同業他社へ横展開”することを考え始める。

 というのも、吉野川タクシー1社で輸送できるのは月間5000人。かたや徳島県民だけで人口は70万人以上。「タクシーは公共交通インフラとしての側面を持つにもかかわらず、右肩下がりで疲弊している。自分たちが業績向上しただけでは、インフラ機能として不十分だと思った」(近藤氏)。

 そこで吉野川タクシーの経営再建で得たナレッジを集約してプロダクト化し、業界全体に提供していくことを決意。徳島出身で、東京のIT企業を15年ほど渡り歩いた坂東勇気氏(現:同社CTO)との出会いもあり、プロダクト化への道筋がついた。坂東氏は、ゼンリンデータコムでカーナビ開発に携わっていた経験があり、動態管理などにも関心を持っていたことで、近藤氏の描くビジョンを正確に理解することができたという。

 結果、2015年に電脳交通を創業。配車業務を最適化するツール「クラウド型タクシー配車システム」や、配車注文を受けるコールセンターを外注できる「クラウド型配車業務代行サービス」の提供に至った。

100年変わらないタクシー業界にコロナ禍の波

 実は、2020年からのコロナ禍で、電脳交通の配車システムや業務代行サービスの利用は増加傾向だという。まさにコロナ禍でタクシーDXが加速している背景を、近藤氏はこのように説明する。

 「タクシー事業は1912年に東京の有楽町で始まったが、タクシー業界のビジネスモデルは、それから100年以上ずっと同じで変わっていない。どういうことかというと、現金が毎日回っているので、自転車操業がずっとできてしまう。だから、現在約6000社ある国内のタクシー会社は、みんなずっと同じ課題を抱えている」

 2019年のタクシー業界を振り返ると、市場規模は約1.6兆円。ビジネスモデルは約100年変わっておらず、変わらないゆえに市場の大きな環境変化もなく、経営者が何らかの強い意思決定をしなくても、おおよそ約3%の営業利益率で事業が回っていた。年間1〜2%ずつ市場が縮小しているものの、多くの事業者が“いつかはどうにかしないと”と思いながらも思考停止に陥っていた。2020年、そこにいきなりコロナ禍が襲いかかった。

 「コロナで売上が60〜70%に落ちて、一気に内部留保が吹き飛んでしまった事業者、コロナ初期に楽観視して金融機関からお金を借りてしまい廃業寸前に追い詰められた事業者もいる。『どうすればいいのか分からない』という状況だったが、僕らはいまこそ業界の支援にまわってソリューションを提供するべきだと考え、啓蒙活動を強化した」(近藤氏)

 その結果、規模を問わず「変わらなきゃ」という意識を持った事業者が増え、業界全体で電脳交通のクラウドツール導入や、コールセンターのアウトソーシングが進んだという。電脳交通が、Mobility Technologies(旧JapanTaxi)、エムケイ、第一交通といった業界トッププレイヤーから資金調達を繰り返すなどプレゼンスを高めていたことも功を奏した。

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