港区立産業振興センターは8月2日、「味の素・オイシックス・キリンと考えるフードテック×オープンイノベーション」と題したトークイベントを実施した。パネルディスカッションでは、3社のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)担当者による注目のフードテック領域や投資する上でのポイントなどについて語り合った。
現状における自社の課題について味の素 コーポレート本部R&B企画部 イノベーション戦略・CVCグループの斎藤博幸氏は次のように語る。
「国内の人口が減っている中で、当社の売り上げの6割は海外になっている。当社は『フード&ウェルネス』と『グリーン』の領域に注力しているが、フード&ウェルネスではD2Cによって全世代に対して直接的な接点を持ちたいというのが課題の一つだ。グリーンにおいてはグローバルのテクノロジーが中心になるが、プラントベースや微生物由来のプロテイン、精密発酵、グリーン発酵などの技術をどう取り込んで、最終的に商品化していくか。目先のアウトプットと、その基盤となる技術の取り組みについて日々社内で議論している」(斎藤氏)
オイシックス・ラ・大地 FFF室/Future Food Fund ファンドマネージャーの村田靖雄氏は、フードテックに注目が集まり、オープンイノベーションの取り組みも進んでいるものの、投資面では厳しい状況だと語る。
「海外ではエンジェル投資家も多いが、日本ではまだその文化があまりない。成長するための資金調達が日本では難しいためグロース市場に上場してしまうが、上場するといろいろな不自由があってなかなか大きくなれない。アーリーステージでの投資が増えることがこの分野を盛り上げるための課題だと思う」(村田氏)
キリンホールディングス ヘルスサイエンス事業部 CVC担当の津川翔氏は、流通業が後押ししていることもあって、日本での食における健康や環境意識の高まりつつあるものの、「消費者は健康にいい、環境にいいだけでは動かない」とコメントした。
「食べ物はおいしさがないと続かないため、行動変容を促すアプローチや味覚設計が一回りして重要なミッションになっている。科学的なアプローチだけではなく、よりその人の気持ちに基づいてものを考える必要があると感じている」(津川氏)
注目している食関連のテクノロジーについて、味の素の斎藤氏は「個人的にパーソナライズニュートリションに注目しているが、行動変容は難しい」と語る。
「米国は病気になると高額な医療費がかかるため、保険商品と組み合わせたサービスが多いが、日本は保険が充実していて医療費も安いため、なかなかそのビジネスモデルが通用しない。継続的にマネタイズできるところが出てくれば、より生活者にとって良い世界が実現するのではないかと思う。基盤技術としては、目先では比較的既存の加工技術の延長線上にあるプラントベースに加えて、培養肉には再生医療の世界からの技術が来ている。現状は欧米やイスラエル、シンガポールあたりがすごく盛り上がっているが、そういった技術が日本から出てきてほしい」(斎藤氏)
オイシックス・ラ・大地の村田氏もヘルスケアに注目していると語る。
「われわれも農薬を使っていませんとか添加物を減らしますなどと言っているが、それらを食べなかった人ががんになりにくいというエビデンスを誰も持っていない。実験室レベルでは農薬の成分が細胞に対して良くない影響があると言われているが、実際にどうなのか明確にしていく必要があると思う。今はいろいろなウェアラブルデバイスなどでデータをとれるので、メーカーやわれわれのような何を届けているのかが分かる業者、医療関連の事業者などがみんなでやれたらいいと思っている」(村田氏)
キリンHDの津川氏は「発酵技術と見える化技術に注目している」と語る。
「発酵でできることが非常に増えており、その中で食品や健康にかかわるものがビジネスになっている、もしくはこれからビジネスになるところが多い。発酵は日本の強みだと言われているので、発酵から日本の強みを発揮していければいいと思う。もう一つが人の状態の見える化だ。その人の状態を見える化して伝えないと行動変容を促すことは難しい。人がものを食べたり時間を過ごしたりした後にどういう状態なのかを、腸内細菌の状態やカメラと画像解析などによって見える化する技術には関心を持っている」(津川氏)
食とヘルスケアを結びつける技術で日本企業はグローバルに出られるのかという質問に対し、オイシックス・ラ・大地の村田氏は「すごく難しいが、行ける企業もあると思う」と答えた。
「日本人は食べたものを記録するなど几帳面で、食品を作っている会社も情報を開示している。医療データも取りやすい国なので、そういう意味では期待できる」(村田氏)
味の素の斎藤氏は次のように語る。「自分がどうなりたいかが最初にあって、真ん中にデジタルサービスがあり、商品を提供することでその実現に寄与するというサイクルを作っていく。それによって強く意識しなくても健康になれるのが理想だと思う。食べ物とヘルスケアと分けずに、一体となったような世界観ができれば個人的には理想だと思う。しかし現実では物を買っていただかないといけないので、そこをどのように組み合わせていくかが難しいと日々感じている」(斎藤氏)
現在投資しているスタートアップについて、味の素の斎藤氏は「当初はフードテックが中心で、最近はヘルスケアやICTも投資テーマに入れているが、我々が自社でやれないデジタルサービスに取り組んでいるスタートアップが多い」と語る。
味の素は有機野菜のECを手がける坂の途中や、健康課題別のレシピを提供するおいしい健康、メニュー単位のグルメ情報サービスなどを手がけるSARAH、レシピ動画サービスなどを手がけるエブリーなどに出資。そのほか、細胞培養鶏肉を研究開発するイスラエルのスーパーミートにも出資している。
「細胞培養を手がけるスタートアップは恐らく200社くらいあるが、そうなると相性なども大きい。味の素はグローバルな会社なので、日本一ではなくて世界一の技術が欲しいと社内でリクエストされる。ただし世界一には著名なVCや米国のVCじゃないとなかなかアクセスできない。スーパーミートはマラソンで言うと第2集団ぐらいを走っていてバリュエーション(企業価値評価)も手の届く範囲だったので組んだ。また、米国のアグリテック・フードテックに強いVCのAgFunderにもLP出資(ファンドへの出資によるスタートアップ投資)という形で出資し、いろいろな情報をいただいている」(斎藤氏)
味の素はCVCではなく事業部門から、丸大豆を使ったプラントベース食品を開発するDAIZにも出資しているが、CVCから出資する場合と事業部から出資する場合の棲み分けについて斎藤氏は次のように語る。
「簡単に言うと、事業部がやろうとしている新規事業のテーマに合致する場合は事業部が出資する。CVCは事業部ではないR&B企画部が手がけ横串的な組織で、そこで手がけるテーマに合致するものはCVC、という形で整理している。事業部はPL責任を負っているので、比較的短期的な目線に陥りがちになる。それに対し、もう少し先を見る形でやっていこうというテーマにCVCを活用するというのが現状だ。事業部門からの出資についてもCVCがサポートしている」(斎藤氏)
オイシックス・ラ・大地の村田氏は「CPG(消費財)を作っているところとサブスクをやっているところが投資先としては多いが、農業ロボットや畜産DXなどのアグリテックにも投資している」と語る。
それぞれのCVCは、投資先をどのように見つけているのか。味の素の斎藤氏は「国内と国外では違う」と明かす。
「国内ではVCからご紹介いただいたりスタートアップの皆さんから直接アプローチをいただいたりするケースが非常に多い。ただ、CVCの視点でこの領域が伸びそうだと感じたところには、こちらからアプローチするケースもある。海外ではなかなか向こうから来ることはなく、投資銀行や証券会社からピンポイントで紹介されることが多い。最近は、JETRO(日本貿易振興機構)とも連携している。海外のディープテックに出資している日系のVCがあれば、LP出資して連携したい。そこは自力でやるしかないと考えて、(2023年)7月からシリコンバレーのオフィスを立ち上げた。今までよりコミュニティの中に入り込み、いろいろなスタートアップやエコシステムの皆さんと交流しようとチャレンジを始めた状況だ」(斎藤氏)
オイシックス・ラ・大地の村田氏は「投資してほしいとか、一緒にやりたいと言ってもらえるような環境を作ることを頑張っている」と語る。その一つが独自の技術や製法を持つ国内外のスタートアップ企業や小規模の生産者・メーカーの食材だけを集めた「Oisix クラフトマーケット」だ。
「投資になるとハードルが上がるが、商品を扱うのはハードルが高くないので、そういった環境作りをしている」(村田氏)
キリンHDの津川氏は「当社は二人組合(事業会社とVCでCVCファンドを共同設立する形態)の形を採っているので、(投資先探しは)グローバル連携パートナーのネットワークを使わせてもらっているパターンが多い」と語る。
「グローバルにたくさんいる投資家から情報が入ってきて、案件表のような形でリストがアップデートされていき、我々に合いそうなところや魅力が大きいところにネットワークを使って面談の依頼をする。我々もだんだんエコシステムに入り始めている感覚があり、お問い合わせいただく機会もだいぶ増えている。これからは我々としても自社のネットワーク構築もちゃんとしていきたいなと思っている」(津川氏)
スタートアップに投資する基準についてはどのように設定しているのか。味の素の斎藤氏は「会社の目線と個人の目線をミックスした方がいいと思う」と語る。
「会社としては戦略に合致しているかが大前提で、なぜM&A(企業の合併・買収)やJV(ジョイントベンチャー)、協業だけでは駄目なのかという整理がある。それが整理されるとCVCに任せてもらえて、ファイナンスの観点で検討する形になる。個人としては、絶対にこの経営者がいいという基準はないと思っている。仕事として日々お互いの時間を割くので、人と人の相性も重要だ。お互いに感じるものも検証しながら、会社としての観点とミックスしながら進めている」(斎藤氏)
オイシックス・ラ・大地の村田氏は、「一番に見ているのは、おいしさと安全性」と話す。「ちゃんとビジネスモデルが成り立っているかどうかも見ているが、自分たちのサービスとして使えるレベルのサービスに投資するのが一番だと思う。最後に重視するのが変化に強いことだ。ここ10年でもコロナ禍や災害、戦争などさまざまなことが起こっている。何かが変化したときに、自分のビジネスを変えていこうという社長は、話してて何かを感じることがある。そういった人の方が任せて大丈夫だと思っている」(村田氏)
キリンHDの津川氏は「戦略リターンと財務リターンの両方を見ているが、必ずしも戦略リターンを重視しているわけではない」と語る。
「我々のヘルス領域での取り組みはまだ新参なので、スタートアップが取り組んでいる領域を勉強していることの方が多い。こういう領域でこういう企業が伸びていくという確信があれば、われわれがそれを社内に吹き込む役割というか、戦略に反映させていく役割でもあると思っている。個人的な視点では、出資した後の関係性の構築が大事だ。特に協業したいという話になると社員との交流が不可欠なので、それができるかどうか。熱意や誠実さを持って寄り添っていただけるスタートアップや経営者かどうかを見ている」(津川氏)
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