スペインに見る、日本が国として考えるべきフードテック戦略とは

 7月27日から29日まで3日間にわたって、「食×テクノロジー&サイエンス」をテーマにしたフードテックイベント「SKS JAPAN 2023」が開催された。28日に開催されたセッション「国家戦略としてのフードイノベーション〜F4F(Spain)の学びより」では、スペイン・ビルバオ市で開催された国際フードテック展示会「Food 4 Future」を視察したメンバーなどが登壇し、日本が国として考えるべきフードテック戦略について議論した。

  1. スペインがフードテックに熱く取り組む狙い
  2. 欧州やグローバルにおける日本企業の強みとは?
  3. 日本の食産業が今後すべきこと

 冒頭では、スペイン大使館経済商務部 産業投資協力担当アナリストの内田瑞子氏が5月にスペイン・ビルバオ市で開催されたFood 4 Futureの概要や、スペインがフードテックに力を入れる狙いなどについて説明した。Food 4 Futureは初開催の2021年から3回目を迎えたが、毎回ゲスト国を1カ国設定して視察団を誘致し、深い交流を図るのが特徴にある。初回は技術立国で知られるイスラエル、第2回目は食の生産性の高さで知られるオランダ、そして第3回目は豊かな食文化を持つ日本がゲスト国として選ばれた。

スペイン大使館経済商務部 産業投資協力担当アナリストの内田瑞子氏
スペイン大使館経済商務部 産業投資協力担当アナリストの内田瑞子氏

スペインがフードテックに熱く取り組む狙い

 スペインは食資源が豊富で、GDPのうち約10%、総輸出額の約17%を占める基幹産業の一つになっているが、「今後は農水産物を輸出して外貨を稼ぐビジネスモデルを見直し、食のバリューチェーン全体にイノベーションを起こすこと、食の分野、食の基盤で全体の付加価値を上げることを目指している」と内田氏は語る。

 「イノベーションを起こす切り札がスタートアップだ。欧州のスタートアップ企業数ではスペインがフランス、ドイツに次いで第3位になっており、フードテックに特化したスタートアップへの投資額ではスペインが第5位に位置付けられている」(内田氏)

欧州内のフードテック分野におけるスタートアップ投資額ランキング
欧州内のフードテック分野におけるスタートアップ投資額ランキング

 スペインでフードテック関連スタートアップが加速度的に増えている理由について内田氏はスタートアップ起業を支援する「産官学三位一体による支援スキーム」と「エコシステム」の2つを挙げた。

 「スタートアップ支援はユニコーンのような勝ち組を作るのではなく、負け組を作らないための底上げに力を入れている。市場については単一市場である欧州に加えて、旧宗主国である中南米、さらに地政学的に近い北アフリカと、合計約14億人の広大な市場にスペインからアクセスところに優位性がある」(内田氏)

スペイン内におけるスタートアップ支援エコシステム
スペイン内におけるスタートアップ支援エコシステム

 エコシステムについては、「食のステークホルダーが一体となってスタートアップへの資金提供やアドバイスといった支援をしている」と内田氏は語る。

 「ステークホルダーの中でも非常にユニークなのが、スペイン内に20ほどあるテクノロジーセンター(研究機関)だ。テクノロジーセンターは新技術の開発やデータの分析、あるいは非常にマーケットに近い形でスタートアップを支援している。テクノロジーセンターは技術のシーズと市場のニーズを融和する潤滑油のような働きをしていると言われている」(内田氏)

 次回のFood 4 Futureは2024年4月に開催されるが、日本は新たに「フレンドリー・カントリー」という位置付けで引き続き参加することになっているという。

 「欧州から見た日本の魅力は豊かな食文化にあるが、その豊かな食文化との交流は継続することに意味があると判断し、新たに『フレンドリー・カントリー』を設けた。栄養価の高い伝統的な食事や、持続可能な大豆派生の食品などが健康・長寿をもたらすなど、スペインをはじめとした欧州にとって学ぶべきところが多いため、ぜひとも皆さんに来ていただきたい」(内田氏)

2024年4月に開催されるFood 4 Futureでは、日本が新たに「フレンドリー・カントリー」として位置付けられ、引き続き参加する予定だ
2024年4月に開催されるFood 4 Futureでは、日本が新たに「フレンドリー・カントリー」として位置付けられ、引き続き参加する予定だ

欧州やグローバルにおける日本企業の強みとは?

 Food 4 Futureに参加したカーマインワークス代表の深田昌則氏は「欧州型の事業開発エコシステムを間近に見られる機会だった」と語る。

カーマインワークス代表の深田昌則氏
カーマインワークス代表の深田昌則氏
Food 4 Futureの様子
Food 4 Futureの様子

 「欧州の食産業がどのように変わろうとしているのかを体感できる。『リジェネレーション(再生、繰り返し生み出すという意味)』がキーワードになっているが、それが何なのかが現地に行くと分かる。欧州の地方都市がどのように生き延びるのかについても非常に示唆に富んだ街だった。さらに日本の産業界が、いかに国際競争力を高めながら世界に出ていくのか。政府の仕事というより、民間や大学の研究施設、地方行政も含めて一体となり、日本の価値をこのような欧州の入口を使って出ていく必要があると感じた」(深田氏)

カーマインワークス代表の深田昌則氏による視察の振り返り
カーマインワークス代表の深田昌則氏による視察の振り返り

 Food 4 Futureに参加した農林水産省 大臣官房総括審議官(新事業・食品産業)の宮浦浩司氏は、「日本の技術力の高さに対して外部の目線で非常に良い評価をいただいていることを痛感した」と語る。

農林水産省 大臣官房総括審議官(新事業・食品産業)の宮浦浩司氏
農林水産省 大臣官房総括審議官(新事業・食品産業)の宮浦浩司氏

 「われわれ行政の方でもここ2年間で(スタートアップの)後押しをしており、皆さんの技術的、資金的試行錯誤に対する解決策を見出そうとしている状態だが、まだ実装まで入り込むためにはいろいろな課題がクリアしきれていない。国内だけでなく、海外も含めて今後のことを考えるのも一つの方法ではないかと考えた」(宮浦氏)

 フードテックアクセラレータープログラム「FoodTech Studio -Bites!-」を運営するスクラムベンチャーズ パートナーでフードテックエバンジェリストの外村仁氏は「一番問題なのは、日本の人が自分たちを低評価しすぎているところにある」と語った。

スクラムベンチャーズ パートナーでフードテックエバンジェリストの外村仁氏
スクラムベンチャーズ パートナーでフードテックエバンジェリストの外村仁氏

 「スペインに行ってみると(日本の食文化は)こんなに愛されているのかと感じる。もともと日本は技術力が高かったことから標準を上げすぎて、変に自信を失って自虐的になりがちだ。しかし一度ゼロクリアして見つめ直すと、特に食の世界にはまだまだ日本の強みが山のようにある。日本の地方はものすごく豊かだし、日本の強みはフードやアグリに集まっている。これをキックオフとして、スペインの力も借りながら何かをやっていかなければいけないと感じた」(外村氏)

 では、フードテックにおいて日本企業にはどのような強みがあるのか。農林水産省の宮浦氏は「特にバイオ系に伸びしろがあるのでないか」と語る。

 「会場を拝見したところ、スペインではまだ工学系が非常に多い印象を受けた。工学部門やIT部門でも日本は優れているが、特にそのバイオ系に関しては非常に技術力があり、まだまだ伸びしろがあるのではないかと思う。国内でも他分野である医薬・創薬分野の方々からは『医薬・創薬のノウハウを使うともっと早く、もっと大きく伸びる』という声をいただく。こういう壁をなくしてお互いにいい意味で相乗効果が得られれば、もっと伸びると思っている」(宮浦氏)

日本の食産業が今後すべきこと

 深田氏は「自動車やエレクトロニクスに代わる日本の飯の種は食産業で、それを実感できたのが今回の欧州視察だった」と語った。

 「日本人は環境適合型の三方よしのビジネスモデルを作るのが当たり前だと思っているが、それを欧州で話すと驚かれる。日本は実は結構進んでいる。日本人が日本で楽しんでいるアニメをそのまま欧州に持っていくだけで喜ばれるように、今日本でやっていることをそのまま持っていくだけでグローバルに行けると思う」(深田氏)

 宮浦氏も「ぜひ海外に出てほしい」と語る。

 「日本人の特性として、食品などについては比較的コンサバティブな面が強いと思う。ぜひ海外に出ていって、いろいろな形で自分たちの商品のことを客観的に評価し、そこから戻ってくることも含めて戦略を考えてもいいのではないかと思う」(宮浦氏)

 外村氏も「日本が勝っていくためには食産業が重要であることは間違いない」と語る。

 「フードテック・アグリテックは人か地球を健康にする、もしくはその両方をやれる産業だ。さらにハピネス(幸福)も入っている。既に成し遂げた、ほぼ完成しているようなのが日本にはたくさんあるが、それら一つひとつが良すぎて、標準とするレベルが高く、自虐的になってしまう。一方で既存のものに自信を持ちすぎてそれを守りすぎ、新しいことをしない人が多い。そうすると何も過去を持たず、引きずるものがない人に勝てないということがよく起きる。それを理解して境界を越えて、過去にこだわらずに知らなかった人と一緒に何かをやってみる。少しずつでもやってみることが実は大事だと思う」(外村氏)

 最後に内田氏は、2024年4月に開催される「Food 4 Future」の概要について紹介した。

 「スペイン政府はイノベーションの切り札と言われるスタートアップに対し、費用の一部を再度負担すると決めた。募集要項は8月末に農水省のメールマガジン『「知」の集積と活用の場』の中で案内する予定なので見逃さないでほしい」(内田氏)

2024年4月にスペイン・ビルバオ市で開催される「Food 4 Future」の概要
2024年4月にスペイン・ビルバオ市で開催される「Food 4 Future」の概要

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