「Made in Japan」が米国の農業を救う--クボタが本気で挑む北米アグリテック市場の挑戦とは - (page 2)

熊谷伸栄 (Wildcard Incubator)2023年05月30日 09時30分

――あえてシリコンバレーを米国での拠点として選んだ理由についてお聞かせください。

 まず、クボタのイノベーション活動を進めるにあたり、われわれの強みを最も活かせる市場はカリフォルニアにあるとみていました。米国最大手のJohn Deereなどは、大豆や小麦、トウモロコシを代表例とするような、特に広大な農地を必要とする大規模農場での農機を得意としています。一方のクボタは、北米ではもともと小型・中型のトラクタなどで存在感を出してきており、カリフォルニアなどに多い比較的小・中規模農場において高いプレゼンスを持っています。従って、クボタの強みを最も活かせる、すなわち競争優位性、差別化を果たせる市場の一つが、カリフォルニアでした。

 果樹や野菜などの園芸作物を中心とする、比較的中型・小型の農機が用いられる「Specialty Crops市場」において、米国の生産量の8-9割を、カリフォルニアが占めているのです。

 そうした中で、なぜシリコンバレーにしたかといえば、やはりここにはとても優秀なエンジニアが世界中からたくさん集結する「イノベーションのメッカ」だからです。自ずと優秀なスタートアップが生まれやすい土壌がここには今なお強いです。そういった理由もあって、(1)生産者の意見がもっとも聞きやすい立地に位置すること、そして(2)優秀な人材が集まる(投資先発掘の確度も高まる・自社としての人材確保もあり得る)、こういった背景/事由もあり、最終的にシリコンバレーが最適であると判断しました。

――シリコンバレーに拠点を構える他の日本の大手企業とクボタとの戦略の違いは。

 2点ございます。まず1点目は、戦略の目線です。こちらで他の日本企業の方々と意見交換をする機会がありますが、他社はシリコンバレーで生まれた先進的なソリューションやテクノロジーを日本に持ち帰って日本市場に置き換える、という戦略が相対的に多い印象です。一方のクボタは、あくまで北米市場における社会課題に対するソリューションの実装化に主眼を置いた戦略に集中させている点が挙げられます。そもそもクボタの売上高全体に占める北米の割合はもっとも大きく、米国は最重要市場のうちの一つです。そのため、アグリテックスタートアップとの事業共創に関しても、あくまで現地の農業従事者に対する支援がメインと位置付けています。

 2点目は、領域の絞り込みです。あくまで私見ですが、多くの日本企業の多くは、シリコンバレー現地ではわりと幅広い領域を見ておられる印象がありますが、現状ICSVとしては先ほど申し上げたようなSpecialty Crops市場の周辺領域にかなり的を絞り込んだスタートアップ発掘〜戦略投資〜事業共創を進めています。この点も、他の日本企業様の北米戦略と比べたクボタの特徴ではないかと思います。

 そういう意味では、米国の競合との差別化ももちろん意識しています。John Deereや、CNHが一番の競合となるわけですが、彼らはRow Crop(=小麦、大豆、トウモロコシが代表的)といわれる大規模農場市場でのスマート化の実装化を積極的に進めています。一方で、Specialty Crops領域においてはまだ「スマート化」は十分に進んでおらず、ここにクボタとしての米国での存在意義を見出して行けると確信しています。もちろん、競合他社も徐々にSpecialty crop領域における先進的な取り組みを進めつつあるので、いち早くクボタとしてのソリューション確立・提供を行うことが大切と考えています。

――どういった投資先があるのでしょうか。

 まず、投資先の件数ですが2023年4月現在、5社まで進んでいます。そのうち、2社を紹介いたします。

 1社目は、Advanced Farm Technologies(AFT)です。彼らは、従来の労働集約型の収穫工程において、独自の技術によって自動収穫するロボット開発を行っており、収穫および周辺作業にかかる労働コストの削減を目指しています。主にイチゴとリンゴ市場でユーザーを着実に増やしており、弊社としても大いに期待する投資先の一つです。農業従事者における人手不足は年々深刻になっているのが現状です。AFTのソリューションは、そんな農業現場での苦悩を解決する大きな役割を果たせると信じています。

投資先の1社であるAdvanced Farm Technologies社のイチゴ収穫ロボット
投資先の1社であるAdvanced Farm Technologies社のイチゴ収穫ロボット

 もう1社は、FarmXです。いわゆる灌漑のモニタリングから実行までの最適化プラットフォームを開発し、水利用コストの削減、作物収量の最大化に寄与する新たなソリューションを提供する技術を有しています。具体的には、彼らが開発する土壌の水分検知センサーのデータに加えて、気象情報や衛星画像といったデータも組み合わせ、そこから最適な灌漑条件を提案し、自動で実行できる、いわゆる灌漑領域における一気通貫的な新たなソリューションの実現を果たせる可能性を秘めている点が、投資を決めたポイントです。彼らも、今カリフォルニアで起きている干ばつという気候変動問題による水不足問題、水道代の高騰化といった「農業従事者の苦悩」を解決できる手段として大いに期待されています。

FarmXの土壌水分量センサー
FarmXの土壌水分量センサー

――クボタとして重視される独自の投資デューデリジェンス(適正評価手続き)があればお教えください

 よく言われるポイントかもしれませんが、やはりクボタにとっても、(1)経営者、創業メンバーの素養と、併せて(2)クボタとの相性といった、定量化できない極めて「定性的な要素」も大きいと考えています。投資デューデリジェンスでは、事業モデル、技術(知財を含む)、ファイナンス並びにリーガル面で評価しますが、さらに先に述べた2点がそろって、初めて投資のゴーサインとなります。特にクボタは歴史のある日本の大手企業ということもありますから、人間力や相性の評価の「正否」は、その後の中長期的な事業共創の「成否」に大きく影響すると考えています。

 先ほどのAFTの場合を例に出せば、特に投資デューデリジェンスの過程で彼らが競合他社と比べて魅力を感じたのは、その改良や技術開発のスピード感が秀でていた、という点でしたが、彼らの事業にかけるパッション、そして何よりクボタのカルチャーとの親和性、価値観の一致が、投資を決めた重要なポイントでしたね。ここは、やはり遠隔でのデューデリジェンスでは絶対になしえない、ここ現地で実際に彼らと会って目と目を合わせて話し込むことで初めて見抜くけることだと思います。

――これまで米国投資先との、投資後の事業共創フェーズで直面された”壁”があればお聞かせください。

 クボタのイノベーションセンターの歴史はまだ浅く、活動を本格始動した2019年6月当初は、やはり外部との事業共創を進めていくというマインドが、全社的に必ずしも浸透しているわけではありませんでした。そのため、会社全体でこうしたオープンイノベーションのカルチャーを着実に浸透させていくことに注力することを優先に、イノベーションセンターとしてできることは何かと考え、その手段としてICSV活動においては、スタートアップへの「投資」という選択肢からまず入るのがベストではないか、との答えに辿り着いたわけです。基本的に、クボタとしてこれまで事業を手がけてこなかった領域(“作物”としてではなく、“作業工程”として)におけるスタートアップとの協業を狙った投資活動を行なっているため、その分野における知見・ノウハウの拡大というのもスタートアップ投資の目的の一つと位置付けています。

 一方で、投資を行った後は、投資先である米国スタートアップとの事業・技術面における連携・協業を進めていく必要があります。彼らは、当然「クボタからの事業・技術面における支援を受けたい」という期待値を持って投資を受け入れてくれたわけですから、それに応えていくことも重要なわけです。そのためには、イノベーションセンターだけではどうにもならず、社内における事業部や研究開発部門等との連携がとれてこそ、初めて実現できるものです。正直なところ、今の時点では必ずしも上手く連携できているとは言えない状況ですので、引き続き投資先と関連部門との対外・社内調整を継続し、事業共創を進めていくための地盤形成もしていきます。


――最後に、これからのビジョン、ゴールについてお聞かせくだい

 繰り返しになりますが、まずは社内全体のオープンイノベーションマインドを醸成していくことが大切なステップであるとの思いがあります。そのためには、投資先との事業共創の成功事例を作り出していくことが、一番の近道ではないかと信じています。

 今5社の投資先をハンドリングしていますが、まずはこれらの投資先との成果物を一つ一つ積み上げて行くこと、社内の成功事例の実態を造っていくこと、これが当面のゴールです。この成果物を対外・対内的にクリアに示せれば、社内においても「スタートアップとの協業って可能性あるよね」という雰囲気が生まれ、むしろ逆に事業部側から個別でのスタートアップ共創のニーズが生まれてイノベーションセンターに上がってくる……このような好循環を作り上げていくことが、究極のゴールと考えます。

 そのためにも、まずは足元の結果づくりに全力を挙げているところです。経営陣のご支援もあり、おかげさまで社内サポート体制も徐々に整いつつあります。

米国における「Kubota」の知名度は非常に大きな強みに
米国における「Kubota」の知名度は非常に大きな強みに

インタビューを終えて--日本企業がシリコンバレーで居場所を見つけるための3つのポイント

 日本企業がシリコンバレーで居場所を発見するポイントは、(1)現地市場のCustomer-Problem-Fitの把握に注力、(2)注力分野の発見と差別化戦略の遂行、(3)現地スタッフと本社との信頼バランスの構築――の3つにあると言えそうだ。

 農業と聞くと、どちらかといえば国策的な色彩の強い産業である点や、地球全体でその地域特有の気候風土や食文化に根差す、「国内完結型」の産業ととらえられがちだが、クボタの取り組みを見れば、こうした農業の世界でも日本と海外市場とが事業共創を通じて現状課題を解決していく機会は十分あることが実証されていると言える。

 クボタの場合、顧客の声を聴きやすいシリコンバレーに拠点を構えて直接現地の声に耳を傾け続ける努力をしたことで、彼らのBurning Needs(≒切迫するほど必要とする苦悩)を発見し(自社の技術・製品に過信して一方的に売り込むのではなく、Customer-Problem-Fitの把握に注力)、そのために必要となるソリューションを自社の強みと、自社だけでは賄えない部分をスタートアップの強みを「投資×共創」で組み合わせることでPMFまでつなげられていると言えそうだ。

 日本企業が海外市場、特に米国・シリコンバレーで現地市場でのシェア獲得に挑んでは失敗に終わる要因として、現地の市場にうまく溶け込み市場の生の声を理解しはじめている優秀なスタッフの声に日本本社側が盲目的になりすぎてしまうケースが多いと言われる。

 これは、実際に日本企業の北米でのM&AやCVC投資、米国スタートアップとの事業共創の支援を手掛けた経験が豊富なシリコンバレーの著名アクセラからも筆者自身よく聞かされる話だ。2010年代前半に、こぞって日本から米国市場に挑んではことごとく失敗した日本のソーシャルゲーム企業がその最たる例だ。

 長谷川氏が率いるInnovation Center Silicon Valleyと本社であるクボタが、紆余曲折は経ながらもここまで事業投資と投資先米国スタートアップとの事業共創を着実に進められてきた大切なポイントは、本社側が同氏とInnovation Center Silicon Valley側に信頼を寄せて任せる企業風土にあると、長谷川氏との会話を通じて感じられた。無論、もともとアジア等での豊富なキャリアをクボタに持ち込んできた長谷川氏自身の実績も無視できない。

 そんな長谷川氏がけん引するInnovation Center Silicon Valleyの活動も含めて、クボタが日本企業としてこれから米国でプレゼンスをどう高めていけるのかに注目だ。

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