「Made in Japan」が米国の農業を救う--クボタが本気で挑む北米アグリテック市場の挑戦とは

熊谷伸栄 (Wildcard Incubator)2023年05月30日 09時30分

 今、われわれの住む地球環境はかつてないほど、私たち人類をはじめとするすべての生命にとっても危機的な状況に向かいつつある。下記のデータは、世界人口はあと25年後には30億人近く増える一方、食料の生産が追い付かなくなる、ということを示唆している。

The Food and Land Coalition :「Aligning regenerative agricultural practices with outcomes to deliver for people, nature and climate」より筆者が引用
The Food and Land Coalition :「Aligning regenerative agricultural practices with outcomes to deliver for people, nature and climate」より筆者が引用

 こうした中、農業現場でのDX化を次世代先端テクノロジー(Ex. AI、精密ロボティクス、バイオテクノロジー、高度センシング等)を駆使しながら社会実装化の実現を目指す「アグリテック」投資、それに伴う事業会社と農業従事者の取り組みがここ数年世界的にも着実に成長している。特にコロナ禍が発生した2020年以降が一段と活発化している。

米AgFunderより筆者が引用し、一部加筆修正
米AgFunderより筆者が引用し、一部加筆修正

 アグリテックは、地球環境の持続性(サステイナビリティ)を目指すべく、幅広い産業領域で巻き起こる“サステイナブル・イノベーション”のうちの一つであり、食のバリューチェーンでいえば「川上」領域(生産者側に近い領域)に位置する。

 世界的にも農業大国である米国では、主に業界最大手のDeere and Companyを筆頭に、農業機器関連大手企業から、バイオケミカル系企業等がすでに全米の農業従事者向けにDX化を推進すべく、スタートアップとも共創しながらアグリテックに活発に取り組んでいる。米国におけるアグリテックの特色は、米国はトウモロコシや小麦といった生産物を広大な国土面積や独特の地形や気候を生かした「大型農場」が多い点、そしてこうした農家向けの取り組みを積極的に手掛けている点にある。

 それに対して、比較的中小規模の農業生産者が多いSpecialty crop市場(詳細は後述)向けの取り組みも、着実に進んできている。それをけん引するのは日本企業で、農業機械最大手のクボタなのだ。 

 クボタは、もともと同社のコアコンピテンスである「中型・小型」規模の農業生産者向けのビジネスに目線を置く農業機械ブランドとして知られる。同社イノベーションセンターのシリコンバレー拠点においてはこの強みを活かす戦略に軸足を置き、活動を展開している。

 今回、Kubota Innovation Center Silicon Valley(ICSV)General Managerの長谷川幸司氏に、イノベーションセンターの米国における活動の狙いと具体的な取り組みについて、マウンテンビューで話を聞いた。

クボタのトラクタと長谷川氏。カリフォルニア州の圃場にて撮影
クボタのトラクタと長谷川氏。カリフォルニア州の圃場にて撮影

“自前主義”ではもう間に合わない--イノベーションセンター誕生の背景

――Innovation Center誕生の背景について、まずお聞かせください。

 まず、母体となるクボタは1890年創業、大阪府に本社を置く、農業機械、建設機械、鉄管、ならびに産業用ディーゼルエンジンのメーカーです。農機メーカーとしてはおかげさまで国内トップシェアを占めており、さらに世界でも上位(売上高で第3位)に位置する会社です。創業は水道管の事業から始まり、そこから鋳物技術を使った事業へと、事業領域を拡大して現在に至ります。創業当初から、今でいう「イノベーション」を絶えず続けてきた企業文化が根付く会社です。

 このような企業カルチャーの中、今後10〜20年後の未来を見据えて、クボタとして新たな事業を創出していきたいとの想いから、2019年にイノベーションセンターを立ち上げました。

――イノベーションのスピードは、世界中で目覚ましいスピードで日々進歩しています。

 はい、その通りです。ここ数年の世界のイノベーションの速度は今までにないスピード感で進んでいますね。そのスピード感は、大手企業とスタートアップとのオープンイノベーションの浸透と共にますます高まるばかりです。自前主義ではもう間に合わないスピードとなりつつあります。こうした新しい技術を求める社会の意識や価値観もスピーディーに変化をしているわけですが、クボタのおかれた経営環境も同じく大きく変わっています。そこに経営側も危機意識を持ち始めました。

 つまり、今までと同じように「機械を作って売る」だけでは、これからの社会が必要とするものを提供できない。新たな事業モデルを創造していかねば……との機運が高まりました。これが、2019年6月にクボタとしてイノベーションセンターが誕生するきっかけにつながるわけです。最初はまず日本で立ち上がり、その後欧州のオランダに同年7月、そして、ここ米国シリコンバレーでは2021年5月に正式に立ち上がりました。

Kubota Innovation Center Silicon Valley(ICSV)General Managerの長谷川 幸司氏。米国カリフォルニア州のマウンテンビュー市にて撮影
Kubota Innovation Center Silicon Valley(ICSV)General Managerの長谷川 幸司氏。米国カリフォルニア州のマウンテンビュー市にて撮影

――Innovation Center Silicon Valleyの人員体制についてお聞かせください。

 まず、私が転職を経てクボタに参画をしたのが2019年2月です。入社直後からイノベーションセンターの設立に携わり、先ほど申し上げた通り同年6月にまずは日本拠点を立ち上げました。立ち上げ当初から、私は日本ベースではありながら、北米市場をターゲットとしたイノベーション活動を進めておりました。その後、活動を本格化すべく、米国拠点設立の必要性を社内で上申し、シリコンバレー拠点の設立に至りました。

 正式な立ち上げは2021年5月ですが、実は私自身はコロナの真っただ中の2020年11月に米国に赴任しました。実に微妙なタイミングでのスタートとなりましたが(笑)、それだけクボタとしても私自身も「Time is Money」との思いが強かったわけです。

 米国赴任後、約2年間は1名体制での拠点運営を行っておりましたが、2023年2月からは新たな派遣者も加わり、現在は2名体制でICSVとしての活動を、本社などからのサポートを得ながら展開しています。

――1名体制でInnovation Center Silicon Valleyの立ち上げを引っ張ってこられたこの2年間、クボタというブランド力は強みとなったのでしょうか。

 立ち上げ時期に当たるこの2年間は、実質私1名の体制で活動を進めて来ましたが、ここまでの道のりはそれなりに苦労が伴ったことも事実です。自分一人でやりきれる範囲のタスクと、「やるべきこと」とが一致せず、葛藤との闘いでした。本社側からの随所でのサポートを受けつつ、なんとか活動を回してきました。

 アグリテック領域におけるオープンイノベーション活動を進めるにあたり、米国における「Kubota」の知名度は非常に大きな強みとなりました。スタートアップの世界ではまだプレゼンスは低かったものの、農業生産者も含めてクボタのブランドは米国においてもよく知られており、われわれのスタートアップ投資・協業を含めた活動を比較的順調に進められた要因の一つであると分析しています。

 また、クボタのブランドや実績をよく知り、高く評価をしてくれていたシリコンバレーのアグリテックの大手アクセラ(THRIVEプログラム)を運営するSVG Venturesとのパートナーシップを締結し、彼らが主催するイベント等での情報発信を続けることで、アグリテックのエコシステムにおいても次第に存在感を示すことができました。おかげさまで、今ではかなり注目度の高いこちらのアグリテックのスタートアップからもコンタクトを受けるようにもなってきており、われわれのシリコンバレーでの認知度は定着してきていると感じています。

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