ネットワーク整備の先行投資による大幅な赤字に苦しむ楽天モバイル。5月12日、その楽天モバイルが新たな策として、新料金プラン「Rakuten 最強プラン」を打ち出したが、このプランが現行の「Rakuten UN-LIMIT VII」と決定的に違っている点が1つだけある。それは、ローミングエリアの扱いだ。
新規参入で全国のネットワーク整備が途上の楽天モバイルは、KDDIのネットワークにローミングして一部のエリアを賄っている。それゆえRakuten UN-LIMIT VIIまでの料金プランでは、KDDIに料金を支払う必要があるローミングエリアでデータ通信した場合使い放題にならず、高速通信できるのは5GBまで、とされていた。
だが、Rakuten最強プランは、そうしたローミングエリアでの制約がなくなり、楽天モバイルのエリア外でもデータ通信が使い放題となる。なぜそのようなことが可能になったのかといえば、同プランの発表前日に楽天モバイルとKDDIが打ち出した、新たなローミング協定の締結が影響しているようだ。
両社の発表によると、従来ローミングの協定は2026年3月末までとされていたのだが、今回それを2026年9月まで半年間延長。さらに地方と一部の屋内施設に限られていたローミングエリアを拡大し、「東京23区や名古屋市、大阪市を含む都市部の一部繁華街エリア」も新たにローミング対象にするとしている。
だが、楽天モバイルの代表取締役会長である三木谷浩史氏は、これまで決算会見などでローミング費用が高いことを度々口にしており、費用削減のため4Gの基地局整備を4年も前倒しして整備し、人口カバー率を98.4%にまで拡大するに至っている。にもかかわらず、一転してローミングの活用を積極化するに至った理由はどこにあるのだろうか。
同日に実施した楽天グループの決算説明会で、三木谷氏はその理由として通信品質のいち早い改善を挙げている。なぜなら、楽天モバイルが料金面で高い評価を得ている一方、通信品質の評価が非常に低く、解約理由の半数以上がその通信品質となっているからだ。
もちろん、楽天モバイルも品質改善に向けた基地局整備を進めているが、障害物に強く遠くに飛びやすい、1GHz以下のいわゆる「プラチナバンド」の電波免許を同社は保有していないため、改善には時間がかかる。そこで短時間でユーザーの不満を解消する策となったのが、KDDIとの新たなローミング協定を結ぶことだった訳だ。
楽天モバイルが弱みとしている地方だけでなく、通信トラフィックが多い割に入り組んでいる部分が多く、電波が飛びにくい都市部の繁華街なども新たにローミング対象とすることにより、KDDIと変わらない99.9%の人口カバー率を実現。これにより品質面での不満を解消するというのがRakuten最強プランの狙いといえるだろう。
ただ、楽天モバイルは、KDDIとのローミングをいち早く解消するために基地局整備を進めてきた経緯がある。にもかかわらず現在のタイミングでその方針を大きく転換し、ローミングへの依存を高めたのには、やはり赤字が大きく影響していると筆者は見る。
楽天モバイルは先行投資による大幅な赤字で、親会社の楽天グループをも苦しめている状況にある。実際に楽天グループの赤字幅は2022年度、3629億円という規模に達しており、経営を不安視する声が少なからず出始めている。
それゆえ楽天グループは、楽天銀行を2023年4月に上場させ、今後楽天証券ホールディングスの上場も予定されているなど、手段を選ばず資金調達を進めている。楽天モバイルに関しても、2023年に入り郵便局で展開していた簡易店舗の大半を閉店させ、なおかつマスメディア向けの広告を大幅に減らしオンラインでの口コミを重視したマーケティングにシフトするなど、コスト削減のためあらゆる策を講じている様子が見えてくる。
だが、最もコストがかかっているのはやはり基地局整備であるし、プラチナバンドを持たない同社が、現在保有する周波数帯だけで他社と同水準のネットワークを構築するには相当なコストがかかってしまう。
かといってプラチナバンドは、今後楽天モバイルが免許獲得できることが確実視されてはいるものの、行政側の準備にまだ時間がかかるし、割り当て後の整備にも時間がかかってしまう。
しかも、2023年は、楽天モバイルは単月黒字化を予定している勝負の年でもあるだけに、短期間でのコスト削減による赤字解消が至上命題となっていた。そこで基地局を整備するよりも短時間、かつコストを大幅に抑えて通信品質を向上させられる方法として、ローミングの積極活用にシフトしたといえるだろう。
実際に三木谷氏は決算説明会で、新たなローミング協定で設備投資を1年で約1000億円、今後3年間で3000億円削減できると説明。財務の安定化に大きく貢献するとしている。その分ローミングの費用はもちろん増えるが、他の費用を抑えることで営業費用を月当たり約150円削減する目標は変更しないとしている。
ただ契約の変更には、当然ながらKDDI側の承諾が必要になってくる。KDDIの代表取締役社長である高橋誠氏は5月11日の決算説明会で、新たな協定を結んだ理由について、携帯電話会社の競争軸が5Gに移っていることを挙げていた。
現在携帯各社は5Gへの投資を進めエリアを広げている最中であり、古い規格の4Gは投資を減らす傾向にある。それゆえ楽天モバイルに4Gのネットワークを貸して収入を得ることで4Gの投資効率を高め、競争領域である5Gへの投資に集中したいというのがKDDIの狙いであるようだ。
実は高橋氏は、2022年11月2日の決算会見においても、楽天モバイルに対し「エリア拡大はこれから非競争領域。うまく私たちの方(ローミング)を使うと非常にいいのかなと思っている」と話し、非競争領域では協力し合うことが必要としていた。新たな協定の締結には、そうした高橋氏の意向も大きく働いていると見ることができよう。
ただもう1つ、高橋氏はローミングの収入減少を緩やかにしたい狙いもあると話している。これまで楽天モバイルはローミングエリアを急速に減らしてきたことから、KDDIの「グループMVNO収入+ローミング収入」も急減。実際に2022年度は278億円減少している。
2022年度は3Gを停波させた分のコスト削減でそれをカバーしていたが、2023年度は約600億円と、より大幅な減少を見込むとしており経営に与える影響は小さくない様子だ。それゆえKDDIの経営上、ローミングを短期間で一気に減らすのではなく、徐々に減らして欲しいというのがKDDIの本音だろう。新たな協定でローミングの範囲と期間が増えたことは、KDDIの経営面でもメリットが大きい訳だ。
そうしたことから楽天モバイルの新料金プランはある意味、楽天モバイルとKDDIの思惑が一致して実現したともいえるのだが、気になるのはローミングエリアで使い放題になると、楽天モバイル側の支払いが大幅に増え経営が苦しくなるのでは? ということだ。ここまで何度も触れているように、三木谷氏はかねてKDDIに支払うローミング費用が高いと話していただけに、ローミング料金の値下げがなければ料金プランの改定は難しいからだ。
この点について三木谷氏、高橋氏は共に「守秘義務があり答えられない」と答えているが、サービス内容を考慮すれば一定の値下げがあったと見るのが妥当だろう。加えて楽天モバイル側も、以前と比べればエリアが大幅に広がっているのに加え、追加された都市部でのローミング対象も一部の繁華街に限定されていることをから、今後発生するトラフィックは限定的で大幅に料金が増える可能性は低いと両社が見込んだことも、今回の協定締結には影響したと言えそうだ。
そしてもう1つ、気になるのは楽天モバイルの今後のインフラ戦略だ。新たな協定により2026年9月まではローミングを活用できることから、三木谷氏が「可及的速やかに自分達だけのネットワークを構築する必要はなくなってきたと考えている」と話すように、エリア整備やプラチナバンドの獲得を急ぐ必要がなくなったのは確かだろう。
だが、契約が切れた後に再びKDDIと思惑が一致しなければ、再び自社単独でのエリア整備が必要になる。赤字の解消と売り上げを増やすための契約拡大、そして自社エリアの拡大と、3年間でするべきことは少なくないだけに、楽天モバイルが引き続き厳しい状況にあることは間違いない。
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