企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。現在は特別編として、森ビルが東京・虎ノ門で展開するインキュベーション施設「ARCH(アーチ)」に入居して新規事業に取り組んでいる大手企業の担当者さんを紹介しています。
今回は、キヤノンマーケティングジャパン(略称:キヤノンMJ)で起業家育成を支援する、同社 企画本部 事業開発部 オープンイノベーション推進室 チーフの米元健二氏にお話を伺いました。米元さんは、グループ内で展開している社内起業プログラムの伴走者であるアクセラレーターとして、メンバーとともに頭痛対策支援ビジネスをはじめとする新規事業創りにも挑戦されています。
前編では、イノベーション人材の発掘・育成に振り切ったキヤノンMJの社内起業プログラムの中身と狙いについて語っていただきます。
角氏:これまで当連載では新規事業を創っている方を紹介してきましたが、今回は社内での新規事業開発をサポートする、運営する側の達人からお話を伺う形になります。
米元氏:頑張って引き出しを開けたいと思います(笑)
角氏:では、まず米元さんのお話を伺う前に、会社の紹介からお願いできますか?
米元氏:キヤノンMJは、カメラやプリンター、事務機といったキヤノン製品や関連ソリューションの国内マーケティングを担っています。また新たな収益の柱としてITビジネスに注力し順調に推移している中、キヤノン製品×ITという切り口で社会課題解決にも着手しており、そういった意味でも社会とお客様の課題を解決するために、新たな価値を創造するべく新規事業に取り組んでいます。
角氏:そういったIT企業な動きをしてきた組織の中で、米元さんはどういう経験を積まれてきたのでしょうか?
米元氏:キヤノンMJに入社してから、まず医療向けサービス事業を担当してきました。子どもの頃から新しいものが好きで、見たことがない世界を見たいという性格だったので、当初は事業部門の中で「言われたことはもう終わったのでこの新しいことをさせて下さい」と言っては「ちょっと待て」と言われるようなことを繰り返していましたね。
角氏:なるほど(笑)。そこからどうやって新規事業を支援するという今のポジションに転身されたのですか?
米元氏:年齢と役職が上がっていく中で、少しずつ新しい事業の立ち上げを任されるようになり、1から自分たちで作っていくことを始められるようになったんです。そこでまず、大学病院と共同で実証実験や共同研究を行い、論文や学会発表の内容を自分たちで考えて自ら行動し、進めていくという習慣が生まれました。
角氏:オープンイノベーションを進めていくための素地みたいなものは、その時点で作られていたんですね。
米元氏:会社の活動以外に自発的に先生の研究に立ち会って、そこで色々と最前線の研究の役に立てていると実感できたり、発表を成功させたいと時を忘れて頑張る若い先生を支えたりできることが面白くもあり、本業とは違った形で欲求が満たされる感覚も得られました。丁度その時に、社内起業プログラムの第1期が始まり、そこに応募しプログラムにチャレンジしたのですが、最終審査まで残ることができず、チャレンジとしてはそこで終了となりました。しかし諦めきれず、その後、社内の公募制度を使い運営側のオープンイノベーション推進室に異動することになりました。
角氏:そこからの転身があって今に至っていると。オープンイノベーション推進室ではどのような活動をされているのですか?
米元氏:同室自体が1からのスタートで、当初はベンチャーキャピタルへの出資業務とスタートアップとのアライアンス戦略業務をメインで行いながら、社内起業プログラムの伴走支援を担当していました。現在は、社内起業プログラムやそこで採択されたプロジェクトの伴走がメインになっています。
角氏:では、キヤノンMJの社内起業プログラムについてお聞かせ下さい。大企業でのオープンイノベーションプログラムや社内のビジコンを開催する際の目的としては、文化の醸成、人材の育成、事業の創出というだいたい3つが挙げられますけど。
米元氏:長期的にはキヤノンMJグループの成長を目指していますが、一足飛びに実現できるものではありません。それを実現させるためには、新たな価値(ビジネス)を創出できる人材=イノベーション人材がキーになるという認識から、社内起業プログラムの目的をイノベーション人材の発掘・育成としています。プログラムに参加できるのは1期で20人程度となっており、6カ月でビジネスモデル創りのフェーズまで進めていきます。
角氏:20人に絞るのは大変だと思いますが、どういう過程を経ているのでしょうか。
米元氏:基本、書類審査で選抜しています。
角氏:最初の書類審査で20人に絞るんですか?
米元氏:提出書類には、課題やアイデアを書いてもらうのですが、なぜその課題を選択したのかという理由や、参加の動機についても詳しく記載していただいています。記載された課題やアイデアそのものの善し悪しだけでなく、着眼点の鋭さや、最後までやり切れるかという胆力も含めて人選しています。
角氏:毎年20人は育てきると。
米元氏:そうですね、育成という観点からもプログラムとして途中の審査を設けてはおらず、最終審査までは全チーム臨んでもらうことにしてます。そのためにも、各チームにはアクセラレーターが張り付き、6カ月でビジネスモデル案の策定まで走ってもらっています。
角氏:事業はどのような感じで創っていくのですか?通常のビジネスコンテストと、アイデアの創出やユーザーインタビューをするなどのフェーズがありますが。
米元氏:先ほどお話した通り、応募時のアイデアは重視していません。アイデアやビジネスモデルは、進めていく中で解像度が高まるうちに変わっていくじゃないですか。参加者の課題解像度が比較的高い段階からスタートできますので、さらに解像度を上げるために誰にインタビューをすれば良いかということに困ることもまずありません。
角氏:確かにそれは大事だと思います。僕もいい課題が見つかったかどうかが、事業開発の難しさの8割ぐらいを占めると思っているのですが、ちょうどいい課題に到達するのは難しいと思うんですよね。例えばフードロスなどは大きな問題ですが、解決は難しい。解決するためには、その大きい課題をブレイクダウンしていって、例えば流通の最適化などと細かく砕いていき、そこに対してアプローチをする必要があると思います。なので、課題のサイズ感や質、自分たちの強みの生かし方を応募する人に考えてもらう必要あると思っていて、僕がビジネスコンテストを手掛ける時はそこを説いているのですが、そういう課題の見つけ方について何かアドバイスはするのですか?
米元氏:おっしゃるように、課題の見つけ方は非常に難しいと思ってます。オープンイノベーション推進室では、全社のイノベーション教育の機能も持っていて、日常的に気軽に参加できるプログラムを多数展開しています。その中では、課題解決の手法ではなく、課題発見力や違和感に気づく力を鍛えるアート思考・デザイン思考をベースとしたワークショップを実施しています。併せて社内起業プログラムの応募予定者向けに課題の考え方についての講義も行っていて、世の中の課題を漠然と捉えるのではなく、リアルな顧客の課題を書いてほしいと話してます。ビジネスにするなら大きな課題の方がいいと捉えられがちですが、その先に誰がいるのかをイメージして書いてくれと。
角氏:社会課題ではなく、特定顧客の課題ということですね。入ってきてからはどうなりますか?
米元氏:開始から1カ月半ほど、インプットセッションという勉強会を通じて事業開発における考え方とマインドを学びます。そこでインプットをしながらインタビューなどの実践も経験し、自らが掲げる課題や課題解決するためのアイデアをブラッシュアップしていきます。その後、20人が個人の課題とアイデアを持ってプレゼンを行い2~3人で1つのチームを組み、そのチームに伴走していくアクセラレーターが1人ずつ付いていきます。
角氏:ということは、半数近くは自分の課題を諦めないといけないってことですよね。
米元氏:はい。我々のプログラムでは、他人を共感させ、一緒にやりたいと思わせてチーム形成していくところを「スカウト力」と呼んでおり、人材育成の観点で重視しています。自分のやりたいことを共感で巻き込んでいくプレゼン作業を経てチームを結成し、そこから事業開発がスタートする形になります。
角氏:なるほど。プレゼンをして、共感した同士がくっついてくと。巻き込んだ時点で取り組みや課題、顧客が変わることもあるのですか?
米元氏:あります。もう一度自分たちを見直して、ターゲットをセグメンテーションして課題を言語化する作業を行いつつ、アクセラレーターも参加して残り4カ月半で事業アイデアを完成させます。
角氏:4カ月半しかないんですか?なかなか濃密な時間なりそうですね。
米元氏:アクセラレーターの伴走により進むべき方向性と次に取るべきアクションがわかることと、最初の選考の段階で課題の解像度が高い人をピックアップしているので、この期間でなんとかできるという算段です。
角氏:でも、最初の課題の解像度が高くても1回組み直しているわけじゃないですか。課題を手放した人は当初のアドバンテージを喪失した状態で参加することになりますが。
米元氏:多くの人が見過ごしてしまうような課題を拾いあげることができる視点や、課題を深堀りして考えることができる課題設定力が強みになるのです。当然チームになった時に、手放した側の人たちは原体験もなく課題やアイデアには詳しくないですが、共感がベースにあるので、同じ温度感でインタビューを行い、一緒に解像度を高めていけると考えています。
角氏:なるほど。その詳しい人、すごく思い入れがある人と一緒に時間を過ごすことによって、だんだんその人も感化されて、それについて深く考えられるようになっていく仕組みになっているのですね。だとすると、チームを組むというところにプログラムの真髄があるような気がします。
米元氏:まさしくです。さすが角さん(笑)。チーム結成は事業開発においては重要ですからね。それを養う意味でも、スカウト力と言っているのです。
角氏:では、課題の選定から事業化に至るまでの具体例を教えていただけますか?
米元氏:テレビ東京さんの番組でも紹介していただいたのですが、このARCHの中で現在私が伴走している頭痛対策支援取り組んでいるチームの話を紹介します。
後編では、頭痛問題を解消する新規事業が生まれるまでの流れと、想定中の画期的なビジネスモデルについて伺います。
【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】
角 勝
株式会社フィラメント代表取締役CEO。
関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。
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