数学や分析の道を経てBaaSの電子マネー「Jコイン」を創出--みずほ銀行・多治見和彦氏【前編】

 企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。現在は、森ビルが東京・虎ノ門で展開するインキュベーション施設「ARCH(アーチ)」に入居して新規事業に取り組んでいる大手企業の担当者さんを紹介しています。

みずほフィナンシャルグループ みずほ銀行 デジタルイノベーション部
プロジェクト推進チーム 次長の多治見和彦さん(右)
みずほフィナンシャルグループ みずほ銀行 デジタルイノベーション部 プロジェクト推進チーム 次長の多治見和彦さん(右)

 今回は、みずほフィナンシャルグループ みずほ銀行 デジタルイノベーション部 プロジェクト推進チーム 次長の多治見和彦さんとの対談をお届けします。多治見さんは、みずほ銀行が新規事業創出を目的として設立した合弁会社Blue Labにも所属し、電子マネーサービスの「J-Coin Pay(Jコイン)」をはじめとする銀行の強みを生かした新規事業創出に取り組まれています。

 前半では、多治見さんがメガバンクにおける新規事業開発の方向性を見出すに至ったまでの紆余曲折について伺います。

入社してすぐ出向し「データ分析」の道へ

角氏:実はこの連載が縁でフィラメントにも参加してもらっている古里圭史さんが、岐阜県の飛騨高山で「さるぼぼコイン」という地域電子通貨の立ち上げを担当していて、個人的にも多治見さんが取り組まれているJコインの仕組みを活用した地域振興の取り組みに注目していたんです。早速その話を伺いたいところですが、その前にまずは多治見さんの人となりの部分からお話いただいてよろしいでしょうか。

多治見氏:出身地は同じ岐阜県の岐阜市で、学生の時には幾何学を学んでいました。本当は数学者になりたかったのですが、周りを見渡して無理だと気付きまして、数理学を生かせる仕事を探して銀行に就職しました。それで普通は営業店や支店に配属されるのですが、私の経歴を見て人事に無理だと判断されたのか、金融工学やデータサイエンスを研究する子会社(現みずほ第一フィナンシャルテクノロジー)に出向になったんです。

角氏:入社していきなり出向ですか?普通ないパターンですね。

多治見氏:だから僕は銀行では働いたことがないんです(笑)。そこに16年間在籍し、途中から主にデータ分析の仕事をしていました。そうしたら、ビッグデータブームが到来しまして、「ついに自分の時代が来たぞ」と。

 
 

角氏:データアナリストが一番セクシーな仕事だと言われ始めた頃ですよね。

多治見氏:金融とデジタルを組み合わせて新しいサービスを開発するFinTechのブームが来まして、それでみずほの社内でデータを活用した仕事を貰ったり、作ったりしようとしているうちに、金融とデジタルを組み合わせて新しいサービスを開発するFinTechのブームが来まして、みずほグループ内でそこでもデータを活用するなどFinTechの取り組みにという発想があるのでそこに携わっている人たちと話をする機会が増えたんですね。そうしたら、ミイラ取りがミイラになってしまいました。ちょうどみずほ銀行がデジタルイノベーション部を作ることになり、異動になったんです。数学から始まり、巡り巡って2017年4月から私の新規ビジネス創出のキャリアが始まりました。

WiLや森ビルとの合弁会社に参加し新規ビジネスに挑戦

角氏:凄く格好いい話ですね!

多治見氏:とは言っても、会社としても新規事業として何をやったらいいのかわからないわけです。そこですぐに、ここ(ARCH)を運営する森ビルさんとベンチャーキャピタルのWiLさんに協力してもらい、新規ビジネスを創る場としてBlue Labという合弁会社を設立しました。そこで、WiLさんからデザイン思考など新規ビジネス創出のメソッドや成功パターンを学んで、それを実践していきました。

角氏:Blue Labはどんな会社なのですか?

多治見氏:各社がビジネスコンセプトを持ち寄って、一緒にビジネスを成長させていくというコンセプトで設立した会社です。みずほ銀行は2番目の株主だったのですが、新会社を作って新規事業に挑むというのはメガバンクでは初めてで、それで地域金融機関さんとしては、「みずほは何か凄いことをやっているらしい。うちも入りたい」という話になったんです。それでITベンダーも含めて色々な仲間が集まって、一緒に働いていました。まあ当初はみんな目的もばらばらで、カオスな空間でしたね。

角氏:Blue Labでみずほ銀行としてはどんな新規事業に挑戦したのですか?

多治見氏:まずは、スマートスタジアムです。現在、北海道日本ハムファイターズが手がけているボールパーク構想のような世界観を実現する際の、裏側のインフラを作ろうと。

角氏:金融っぽくないし、通信系の技術とかいろいろと必要ですよね。どんな構想なんですか?

フィラメントCEOの角勝
フィラメントCEOの角勝

多治見氏:スタジアムに来る方々ユーザー体験を高めようとして、スタジアムの中でUber Eatsのような様々なサービスの仕組みを入れて、決済も完結させてしまうというものです。それを実現するためにまず、スタジアム内のどの席にどんな人が座っているかを管理するために入場ゲートや色々な場所にカメラを設置して年齢層を測るなどと構想をして、メーカーに相談したりもしたのですが、結局そういうことは彼らも考えているんですね。スマートスタジアムを実現するためには相当なプレイヤーを巻き込まなければならなくなるし、彼らが考えている大がかりな構想を尊重すると新規ビジネスを始めるにあたってのスモールスタートも難しくなり、何より決済が絡むのは最後だけで、自分たちの強みが生きない。

 それでこのビジネスモデルは苦しいとなって、FC東京さんと組んで西が丘スタジアムで実証実験もしたのですが、お蔵入りしました。その時に、“みずほ銀行の強み”を武器にして新規ビジネスを創らないと相手にされないのだということをまざまざと感じました。

新規事業創りに重要なタイミング「辞めるときは辞める」

角氏:なるほど。ほかに失敗から学びを得たような話はありますか?

多治見氏:これはまだ挑戦しているメンバーもいるので失敗というわけではないのですが、情報銀行の取り組みがあります。自分のキャリアの中でデータ分析をしてきて、データに価値があることはすごくわかっていました。私が分析をしていたのが2010〜2016年で、クラウドも普及が始まったばかりで通信もLTEという時代だったのですが、5G・6Gになって大量データを今よりも凄いパワーで計算できると何でもできるようになり、情報銀行のビジネスができると考えたわけです。

 それで色々と企画を立てたのですが、そもそも情報を集めることが大変だったのです。私からするとビッグデータの分析には価値があると思っているのですが、一般の人は個人情報を出すのに抵抗感がある。それでデータが集まればできるのに、集まらないからできないという卵と鳥の話になってしまい、2018〜2019年の間に何回か情報銀行のビジネスを企画したのですが、全てクローズしました。そこで法律から技術的なところまで含めて、良いタイミングでできるかというのは大きな要素だと学びましたね。あとは、そういう時はズルズルと続けずに早く辞めること。これはWiLさんからのアドバイスでもあります。

角氏:それはあるでしょうね。

多治見氏:スマートスタジアムの時もそうでしたが、色々な関係者を巻き込んでいた中で、「みずほの力不足で」と謝りに行くのはとても憂鬱でした。ただそれを決めると、とても楽になるんですね。チームをマネージしている立場なのでローンチするかわからない弾をいくつも持っているので、1つ減るだけでも肩の荷が下りるんです。この経験も大きかったと思います。それも含めて、辞めることの価値というのは凄く大きいなと。肩の荷が下りた分、他にリソースを割けますし、しっかりと見極めなければならないと強く思っています。

 そういったこともあって、自分たちの競争力がないことは辞めたほうが良いという結論に至りまして、当初Blue LabではFintechも含めて飛び地的なビジネス開発を志向していたのですが、現在は銀行の強みを生かした事業開発をしようという方向に向かっています。

 
 

メガバンクの強みを生かしたBaaSに注力

角氏:具体的には?

多治見氏:決済の部分です。決済は単にお金を動かせばいのではありません。補償にあたってもわれわれにはあらゆる手でバックアップ手段を持っていますし、法律やマネーロンダリング対策に関しても深いノウハウを持っています。他の会社さんが新しいビジネスを始めるにあたって、「サービスの代金をどうやって払ったらいいの?」という時に、裏側にみずほの仕組みを入れるというだけで相当な価値を提供できるのです。

角氏:バンキング・アズ・ア・サービス(BaaS)ですね。

多治見氏:銀行のお金を動かすところの機能を、いろいろなビジネスにビルドインしましょう。銀行は銀行の強みを出して、他の会社が作っていく新規ビジネスにはめていきましょうという考えです。

角氏:それで、現在Blue Labではどのような活動をしているのでしょうか?

多治見氏:ビジネスモデルを練るところまでをBlue Labが担い、実装するのは銀行という形になっています。銀行の免許を持っていないとできない業務も、よーいドンでぱっと出せますからね。

角氏:それは新しく会社を作るとか、銀行を仲間に引き入れるよりもよっぽど早いですね。

“高速ウォーターフォール開発”体制で迅速な対応が可能に

多治見氏:ただ安心安全な仕組みを作るためには、流行りのアジャイル型の開発をしてしまうとどこかにほころびがでます。そこで今みずほの社内で、高速なウォーターフォール開発(※最初に仕様を固めて一気に設計・開発・テストまでを行う、従来型の大規模開発に採用されているシステム開発手法)に取り組んでいます。だいたいの銀行員は法律には詳しくてもITには明るくないので、IT子会社のみずほリサーチ&テクノロジーズのメンバーに来てもらい、ベンダーの方にも常駐してもらって、ビジネス側の人間と一緒になってシステムの設計を始める開発手法を採っています。

 またシステムに何かがあったときに困るので、守りの面を担当する情シスのメンバーも同じ部の中に配置し、そういったことを実験の意味も含めて試行錯誤しながら、安心安全なBaaSの仕組みをクイックに他のところでも使えるようにしていこうとしています。その結果開発のスピードが相当速くなっていて、とても評判がいいです。

 
 

角氏:それでこれまでにひとつ、みずほ銀行および多治見さんがかかわってきた新規事業開発の成果物として、Jコインという銀行系電子マネーサービスをリリースされましたが、現在BaaSの新規事業としてJコインのインフラを使い、冒頭で触れさせていただいた地域振興に取り組まれていらっしゃるんですよね。

「J-Coin Pay(Jコイン)」
「J-Coin Pay(Jコイン)」

多治見氏:はい。複数の自治体で現在、Jコインを活用して地域経済圏を作ろうとする取り組みが動き始めています。

 後編では、多治見さんが現在挑戦されている地域振興の事業について伺います。

【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】

角 勝

株式会社フィラメント代表取締役CEO。

関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。

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