企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。前回に続き、NTT東日本の尾形哲平さんとの対談の様子をお届けします。
前編では、尾形さんの新規事業開発マインドを形成するこれまでの体験、思いについて伺いました。後編では、現在取り組まれているスリープテック事業について語っていただきます。
角氏:これまでの経験を生かして現在取り組んでいる、スリープテック事業について教えてください。
尾形氏:長谷部(豊氏・現NTT DXパートナー 代表取締役)が立ち上げたイントレプレナープログラムに、私を含めて20代後半から30代前半の社員が名乗りを上げたんです。メンターからジョブ理論などを学びながら進めていったのですが、「われわれの課題って何だ?」「ジョブって何?」という話をした時に、当時ちょうどプレミアムフライデーがありまして。
角氏:ああ、15時に帰らないといけないという。
尾形氏:われわれ中堅社員は上から下から様々な業務が降ってくるのに、帰らなければいけない、限られた時間でタスクをこなさねばならないという課題を抱えていて、それをどう解決できるか調べたら、「仮眠」に行き着いたのです。つまり、限られた時間で処理するためには、個々のパフォーマンスを上げるしかない。その時に、脳を最大限活性化させる方法が仮眠だった訳です。そこからスリープテック事業が始まりました。
角氏:自らの課題解決が発端だったと。
尾形氏:今でこそ睡眠に悩んでいる人向けのサービスを提供していますが、最初は自分たちのパフォーマンスを高める手段として、仮眠があったんです。仮眠をとると集中力が上がるという研究データもあって。
角氏:アイデアが生まれ、エビデンスもある。それをどう進めていったんですか?
尾形氏:まず、仮眠をするだけでなく仮眠後に業務をするまでのサイクルをセットにした仕組みを考案しました。仮眠も人によって適切な時間が違うし、その日の体調や体の特徴によっても変わるとの仮説のもと、センシングで状態を把握し、脳が活性化するタイミングで起こす機能を実装したプロダクトを試作しました。
角氏:なるほど。地方のワーケーションスペースに置いたらイケそうな気もしますね。
尾形氏:ただこれは、当社だけでは絶対に作れません。睡眠の知見がある人を見つけないといけないということで、大学教授や企業に50通くらい手紙を送りまくったんです。それで怪しいところに捕まりかけたこともあったのですが、スタンフォード大学で30年以上、睡眠に携わっている西野精治教授が創業したブレインスリープというスタートアップの会社に辿り着きました。その時、ブレインスリープ代表の道端さんから、「仮眠も面白いが、実はこんな話がある。ICTパートナーを探していた」と言われまして。それが睡眠をスコアリングする「睡眠偏差値」サービスだったんです。
角氏:ブレインスリープ側としても渡りに船だったんですね。そこからは?
尾形氏:2社で共同PoC(概念実証)をやって、正式にローンチまでもっていきました。その中でリレーションができて、ほかの事業も展開していこうという話になったんです。
角氏:睡眠偏差値とは、そもそもどんなものですか?
尾形氏:簡単に言うと、ストレスチェックの睡眠版のようなものです。ウェブで85問程度の項目を選択していくと、自分の 全国睡眠偏差値が出ます。全国1万人のデータと突合して算出する仕組みです。
角氏:この偏差値をどう使うんですか?
尾形氏:まずは、企業の健康経営のサポートです。睡眠偏差値で従業員の睡眠状態を把握し、それに適した改善ソリューションを提案し、どう改善をしたかというところまで支援するサービスを構築しています。
角氏:睡眠が改善されてパフォーマンスが上がり、本人は健康になり、会社としては成果が上がってくるというサイクルの起点を作っていくと。
尾形氏:そうです。ただ、そもそも睡眠を改善すると従業員のパフォーマンスが上がるという理解が少なくて。一部スタートアップやトップが睡眠障害に悩んでいる企業には刺さるのですが。
角氏:睡眠のデータと質を判定するツールがあれば、他にも応用が利きそうじゃないですか。
尾形氏:なので、睡眠事業の検証も請け負っています。例えばARCH仲間のエステーさんは香りの研究をしていますが、睡眠に効果のある香りに見込みがついても、体のどこに効いているのかわからない。そこで当社が、香りを嗅ぐ前と後での定性的な評価を行うという形です。
角氏:睡眠に対する世の中の関心は高まっていますしね。手応えを感じている領域はあるのですか?
尾形氏:検証を含め、睡眠事業に参入したい企業を支援するコンサル的な部分がマネタイズできていますね。でもそこはマンパワーが必要なので、サービスが売れていく仕組みを作る必要性を感じています。今は睡眠偏差値のサービスをアップデートして、NTT東日本の各支店に売ってもらえるようにすることに注力しています。
角氏:健康経営で言うと、コロナで健康の大事さを認識するようになっていますしね。
尾形氏:ただ、優先順位が上がってこないんです。例えば、ウェルビーイングや健康経営を意識する企業には、運動や禁煙、食事系プログラムは入り始めていますが、その中で睡眠をいかに選んでもらうか。1つ考えているのが、「ホワイト500」という健康経営認定を受けている企業へのアプローチです。500社に残るためにいろんな取り組みを続けないといけないのですが、そこに睡眠対策というアプローチができそうだと。
角氏:1度アタックして駄目だった会社にも再アプローチできますね。
尾形氏:それと別にもう1つ課題を感じていまして、睡眠の産業は市場が大きいのに盛り上がっていないんです。
角氏:確かにそうです。何でヤクルトばかりあんなに目立つのかと。
尾形氏:ずっと取り組んでいる会社も多いのですが、同じ土俵で同じようなものを作りあっているという側面もあるんです。そういう部分をもう少し、われわれが入ることで新しい掛け算ができるようにする。「こんなことができるんだ」と、睡眠に対する意識を醸成したくて、今まで睡眠領域に参入してこなかった企業をいかに巻き込んでいくかを考えています。例えばエステーさんと一緒に検証して効果がある香りをプロダクトとして出すとか、照明の会社と組んで睡眠に特化した照明を開発するとか、掛け算のアイデアはたくさんあるので、われわれから訴求しています。ARCHでの活動はまさにそうです。
スポーツもそうで、海外のアスリートはパーソナルトレーナーが睡眠を管理して、選手のパフォーマンスを最大化させているのですが、日本では睡眠管理に目を向けているアスリートは多くありません。そこで、選手やトレーナーと組んで睡眠改善プログラムを開発し一緒に検証して、睡眠の改善と大会の成果を結び付けて必要性を証明するとか。そういう新しい掛け算ができる事業領域や相手を探しています。
角氏:データロガーはどうしているんですか?
尾形氏:ちゃんとエビデンスを取って、それを世の中に発信できる状態にするために、検証の際は睡眠のデータが正確に取れる医療機器を使います。
角氏:なるほど。大学の先生が入るとしっかりとして、モノになるんですね。
尾形氏:そこがわれわれの強みです。ただ研究領域にすると数年スパンになるので、ビジネスにできるレベルのぎりぎりのところでバランスを取っています。それで先般、「ブレインスリープコイン」というサービスをリリースしました。
角氏:ぜひ、その話をしてください。
尾形氏:サービスは、ブレインスリープコインという睡眠計測デバイスとアプリがセットになっていて、アプリとデバイスの両方で計測することで、高い精度を実現します。
角氏:どういう原理なんですか?
尾形氏:クリップで腰の周りにデバイスを装着して、寝姿勢や寝床内温度の変化を測ります。それを基に睡眠の点数を出すのですが、既存のウェアラブルのように単に出すだけではなく、その状態を改善するにはどうするか、改善策の提案まで実装します。今後、アプリでその人の体調に合わせてリコメンドを出せるようにしていきたいです。
角氏:購入者のデータはどんどん溜まっていくんですね。更に行動の改善が促されたかどうか、実際によく眠れるようになったかも分かってくると。
尾形氏:健康経営のパッケージには、その人のデータだけでなく定量評価が求められるんです。そこでブレインブレインスリープコインで、定量データを取っていく訳です。サービサーはブレインスリープですが、われわれはこのサービスの販売や、そもそもの睡眠測定ロジックをAPI(注:ソフトやサービスを繋ぐためのインターフェース)という形にして、他の会社にも広げていく活動をしています。
たとえば健康経営系コンサルの方とか、保険会社さんではウェルビーイング事業が柱になっていて、自分の体調を把握するデバイスをどんどん開発していますが、その中で睡眠という軸は絶対出てきます。そこにわれわれの仕組みを、APIを通じて使ってもらうのです。それがスリープテック事業を進めていく上で、今後大きな柱の1つとなります。
角氏:ブレインスリープの事業としてはコンシューマー向けが主だけど、NTT東日本と一緒にやる部分はビジネス向けに健康経営用として使えるようなものを売る。一方NTT東日本では、ビジネスとしてAPIの提供もしていくと。
尾形氏:そうなります。
角氏:なるほど。人である以上逃れられない睡眠という軸に事業として取り組んで、スリープテックを使う方向にすそ野を広げていこうとしているのですね。またその際に、尾形さんが培ってきた“巻き込み力”が役に立つと。これは面白いビジネスモデルだと思います。ARCHの中で、スリープテックに参加する企業のお話も伺ってみたいですね。
【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】
角 勝
株式会社フィラメント代表取締役CEO。
関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。
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