「Jコイン」を使った地域電子通貨で日本の課題解決を目指す--みずほ銀行・多治見和彦氏【後編】

 企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。前回に続き、みずほ銀行の多治見和彦さんとの対談の様子をお届けします。

みずほフィナンシャルグループ みずほ銀行 デジタルイノベーション部 プロジェクト推進チーム 次長の多治見和彦さん(左)
みずほフィナンシャルグループ みずほ銀行 デジタルイノベーション部 プロジェクト推進チーム 次長の多治見和彦さん(左)

 前編では、多治見さんがみずほ銀行グループの中で新規事業開発を担うようになるまでの経緯と、新規事業開発で得た気付きなどのお話を伺いました。後編では、全国で動き始めている電子通貨を使った地域振興事業の取り組みについてお話いただきます。

会津若松市でのデジタル田園都市国家構想事業に採択

角氏:現在多治見さんが地域で展開されている、BaaS(バンキング・アズ・ア・サービス)の新規事業についてお話しいただけますか?

多治見氏:みずほ銀行では、2019年から「J-Coin Pay(Jコイン)」という電子マネーサービスを提供しているのですが、Jコインには地域でしか使えないようにポイントを付与できる仕組みがあります。それを使う事で、自治体が特定の人にお金を渡したいときに、渡したお金が自治体内でしか使えない、域外流出しない仕組みが作れます。子育て支援やボランティア参加へのお礼金を渡した際に、地元で使ってもらうことができるのです。

「J-Coin Pay(Jコイン)」
「J-Coin Pay(Jコイン)」

角氏:ブロック経済圏が作れるんですね。具体的にはどの地域でどんな取り組みをしているのでしょう?

多治見氏:複数の自治体で取り組みが進行中なのですが、まずは現政権が掲げている「デジタル田園都市国家構想」の上位レイヤーで採択されている会津若松市の取り組みに参画し、地域電子通貨を活用する取り組みに着手しています。会津若松市は、地域のデジタル化を推進する中でのリーダー的存在で、色んな思いを持った方が集まって、凄く活力がある場です。そこに我々も入れてもらうことができたので、地域振興モデルづくりの一端を担えればと思っています。

角氏:会津若松では「行動 for 会津」などの先進的な取り組みも動いていますし、IT領域で有名な会津大学もありますしね。

故人の遺志を受け継ぎ“デジタル互助”の仕組みを創る

多治見氏:その中で我々は、Jコインを基盤とした地域電子通貨を運用し、決済手数料を0%にする代わりに住民と店舗にオプトイン型で情報を出してもらい、それを自治体の施策に反映させ行政サービスの向上に繋げるという実証事業を行います。会津若松市におけるスマートシティの取り組みは東日本大震災の後からアクセンチュアさんがけん引されてきましたが、中心人物だった同社の中村彰二朗氏が急逝され、いま皆でその想いを受け継いで頑張っています。

角氏:有名な方でしたよね。

多治見氏:私は1度しかお会いできなかったのですが、お話を聞いてとても感銘を受けたんです。「少子高齢化が進む日本において、地方の街で行き届いたサービスを作っていくためには、新自由主義的な発想のお金で解決するサービスではなく、その地域に根差したサービスが必要であって、互助の仕組みを作らないと日本の未来は立ち行かない。そのためにも住民がデータを出して、自治体などを介してお互いを理解しサポートし合う仕組みを作らないといけない。そういうことを会津から始めたい」と、中村さんは仰っていました。

 せっかくJコインという金融機関が作り上げた信頼性を持った仕組みがあるので、既存の電子マネーサービスとは違う観点で使ってもらい、それを広く世の中でも使ってもらえるような運用モデルを作り上げていきたいと思っています。

 
 

角氏:電子通貨が利用された履歴をベースに、行政が新しい施策に生かしていくということですね。

多治見氏:我々が貢献できるのはそこだと思うんです。各住民が生活の中でタクシーやバスに乗り、お金を何にどういう目的で使ったとか、時系列の流れといったものは我々のシステムだけではトラッキングできないので、いろんな会社のサービスのデータと組み合わせて作り上げていく連携は必要になってくるとは思います。若干監視社会的な部分もありますが、江戸時代にあったような集落の中でお互いに困っていたときに助け合う世界をデジタルの力を使って蘇らせることが、会津若松市が目指している世界観です。

隠岐の島で運用されていた地域紙幣を電子通貨に

角氏:他の自治体ではどういった取り組みを?

多治見氏:これからの話になるのですが、島根県隠岐郡の海士町が、かつてラフカディオ・ハーンが滞在していたことにちなんで、「ハーン」という地域紙幣を発行しているんです。元々は海士町の一部の地域で始まったもので、島に来てくれる人に渡したり、お店に来た人にお礼で渡したりしていたのですが、それを町全体に広げて電子化するプロジェクトが動き始めています。始めた理由としては、海士町の歴史に根差したハーンという地域紙幣を発行し、流通させた気持ちを大事にしたいということもあるのですが、ハーンは換金しないと、お店での仕入れなどには使えない訳です。それを電子化すれば自動で換金できる仕組みが作れますし、海士町の高齢者が換金に行く手間もなくなります。

 会津若松は人口20万人程の経済圏で地域通貨を運用しようとしていますが、それは隠岐の島ではできません。そこも考えなければならない重要なテーマだと思っていて、難しいけどやり甲斐はあります。また会津若松では国のお金が落ちてきますが、そうでないところにもちゃんと目を向けておきたいと思っています。ちなみに海士町では、みずほ銀行が企業版ふるさと納税をして、それを元手に進めていこうと考えています。

角氏:素晴らしいですね。島根出身者としても嬉しい限りです。

自治体の給付事業など行政コスト削減に活用する仕組みも

多治見氏:企業版ふるさと納税を使ったスキームとしては、北海道更別村でもヘルスケアに絡めた取り組みを検討しています。自治体の財政を圧迫している要因の1つが医療費です。その医療費負担をできるだけ減らすために、日本人の死因の1位であるがんを早期発見できるようにがん検診を受けてもらい、そのためにインセンティブを地域通貨で付与します。ヘルスケア増進のために僕らは企業版ふるさと納税をして、給付金をJコインで配れるようにするという構想を進めています。

角氏:実は私も大阪市役所職員の時代に、生活保護費を電子マネーで給付できないかという仕組みを提案したことがあるんです。年間で3000億円もかかっていたんですよ。電子地域通貨をやりたいという自治体は多いと思います。

フィラメントCEOの角勝
フィラメントCEOの角勝

多治見氏:給付事業としては、高崎市で市内の中小企業に就職した若者にJコインで10万円ずつ配るという事業が始まります。電子通貨を作るにはコストがすごくかかるんですよね。みずほが事業としてJコインを運用する中で、その基盤を使っていただいて地域限定のボーナスを配る分には、我々としては決済手数料が入ってくるのでありがたい話ですし、自治体からお金を頂かない形でも別の形で事業に繋げていける可能性もあります。地域通貨は単なる経済刺激策にとどまりがちですが、せっかくならボランティアやヘルスケア、生活保護など、行政コストを削減するというところまで見据えてご活用いただきたいと思っています。マイナンバーが普及したら、必要な人にお金を渡せる仕組みをコストを掛けずに作ることもできますし。

Blue Labの仲間から学んだ“地方を元気にすることの意義”

角氏:多治見さんが地方に目を向けていらっしゃるのは、ご自身がそうしたいのか、会社がそちらを向いているからなのか、どちらでしょう?

多治見氏:両方ですね。打算的なところでお話しすると、東京23区のような大きな自治体は、動かすのが大変なんです。GAFA的な新自由主義的な世界観で回っていますし、その点でも地方の方がチャレンジしやすいと。

角氏:なるほど。

多治見氏:個人的な話をすると、Blue Labに地域の金融機関の方が沢山集まって、それが地方に目を向けるきっかけになりましたね。私は地方出身ですが東京で働いています。一方、地銀から来た人はUターン就職をしている人が多くて、地元愛が強いんです。そういう人たちがいるから日本は回っているのだと実感し、地方を元気にすることの意義を教えてもらいました。

 彼ら彼女らと話をしていると、地域の課題は鮮明に伝わってきます。海士町も国境に面している島で、それなりに補助も受けているとはいえ、そこでの防人的な人たちの暮らしがある意味日本を守ってくれている訳です。ただ、そういう暮らしをしている人がいることを東京の人は気付かない。僕は幸いなことにBlue Labで接点を持つことができて、行く機会を作ってもらったので、何とかしたいと思っているのです。

角氏:Jコインというプラットフォームを持っていてそれを様々な場所に提供できるという今の状況は、ちょうど多治見さんのお考えと持っているアセットがフィットしている格好ですね。ただあまり市ごとにカスタマイズしてしまうと、それこそ行政の基幹システムが別々に作られてしまった話と同じになってしまう。そうならないように、ある程度共通のパッケージができたらいいですよね。

 
 

多治見氏:なので、Jコインの基盤自体がある程度汎用的になっていて、そこに機能をアドオンで簡単に付け外しできるように設計していく構想です。そういったところで、チームの中に設計できるメンバーが一緒にいて動いているので、私が昔ぼそっと言った一言を覚えていてくれたり、その日のうちに作ってくれたりして、翌日他の人とすぐ次の会話がしやすいような環境で物事を進められています。そういったところも、うまく繋がってきていると感じていますね。巡り巡って運がいいという事もあるのでしょうが、なるべくしてそういう組織を作ってきたところもあります。

角氏:数学から分析、そしてBlue Labでの経験、Jコインとご自身がこれまで積み上げてきたものが生かせているのが、まさに今なんですね。今日伺った新規事業の数々が成功することを期待しています!

【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】

角 勝

株式会社フィラメント代表取締役CEO。

関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。

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