あらゆる産業でDXやデジタル化が叫ばれるなか、食という領域においてもそうした動きは近年ますます活発になってきている。朝日インタラクティブが主催したイベント「CNET Japan FoodTech Festival 2022 日本の食産業に新風をおこすフードテックの先駆者たち」では、国内外で「フードテック」の先端を走る各社が登壇し、最新の動向を明らかにした。ここでは、DXコンサルティング企業として、水産市場における業務のデジタル化を果たしたモンスターラボのセッションの内容を紹介する。
卸売市場といえば、鮮魚や青果の適正な値段をその場で判断し、次々に買い付けるバイヤーの姿を思い起こす。そこでは紙とペンを使って職人技的に素早くメモなどをとり、商品を競り落としていくイメージが強いのではないだろうか。そして実際のところ、現場では今でもやはりそのイメージ通りの光景が広がっているようだ。
首都圏を中心に20店舗以上を展開する魚屋の運営元となる角上魚類も、そうしたアナログな現場業務をしていた企業の1つ。同社は東京の豊洲市場と、新潟の中央卸売市場などに目利きのバイヤーを配置し、バイヤー間で電話などでリアルタイムに連携することで、質と価格面において独自の強みを発揮する仕入を可能にしている、という特徴をもつ。が、ビジネスの拡大によってそんなアナログ業務に限界を感じるようになってきた。
そこで、手作業で行っている業務をシステム化するべく、全世界に多数の拠点をもち、グローバルな視点で企業のDXを支援しているモンスターラボに依頼した。とはいえ、これまで長年に渡り紙とペン、電卓を使って的確に業務をこなしてきたバイヤーの人たちにとって、慣れ親しんだアナログ作業から離れてデジタル化に進むのは未知の領域であり、不安も大きい。買い付けた魚を手書きで記録する「セリ原票」の表記不統一や、そのセリ原票をファクス送信してシステムに手入力する作業の手間、業務や知識が熟練バイヤー一人一人に属人化している、といったアナログに起因する大きな課題はあったものの、それらの解決にはまず「デジタル移行に対する心理的な障壁」を取り払うことが先決だとモンスターラボは判断した。
「職人バイヤーの経験則を取り入れたDX、業務効率化と新たな価値創出をどう図るか」を重要な観点として、「人にシステムを合わせる」をコンセプトに角上魚類の業務改革に乗り出したモンスターラボ。まずは「隣に立つDXパートナー」として角上魚類とモンスターラボとの間で信頼関係を醸成することを考え、現地の業務を理解しながらバイヤーとの関係性を構築していくことにした。
プロジェクトは「ビジネス」「デザイン」「開発」という3つのフェーズからなる。が、同社はそのなかでも特に「ビジネス」と「開発」に注力した。最初のビジネスフェーズでは「クイックな現地視察調査」を通じて「現場の業務フローの可視化」と「どうあるべきかの仮説検証」を行い、その後の開発フェーズでは「初期開発後にプロブレムソリューションフィットを実施」したと、モンスターラボ プロジェクトマネージャー 河西健一氏は語る。開発したプロダクトを正式リリース前から利用してもらい、実運用に耐えるシステム要件の洗い出しをバイヤーとともに行って、課題のあぶり出しと解決、改善を何度も繰り返し行ったという。
調査は現地で3日間かけて実施。業務の効率化を図るポイントを第三者視点で考察できるように、あるいは豊洲と新潟とで買い付けのフローがどうなっているか理解するために、バイヤーとともに動いた。そこからさらに6日間かけて分析し、課題を可視化してレポーティング。アプリのデザインモックをUIデザインツールの「Figma」で作成し、それをもとにバイヤーに意見を求め、アジャイル開発で短期間で繰り返しブラッシュアップしていった。デジタル化に対する不安の払拭を最優先に「全力で取り組み、納得してもらいながら進めた」と河西氏は振り返る。
結果、紙、ペン、電卓で行っていた現場での作業は独自アプリをインストールしたタブレットに置き換わる形になった。アプリ化にあたってのポイントは、バイヤーが慣れ親しんだ手書きフォーマットを踏襲する形でアプリ化し学習負荷を軽減した、というのが1つ。それまでバイヤーが記入したセリ原票をFAX送信し、本社の事務スタッフが基幹システムに手入力していたものを、バイヤーがアプリ入力したデータをそのまま取り込めるようにもした。
また、ほかのバイヤーが買い付けしたものも含め、過去のデータを全バイヤーが見られるように設計。さらに、従来は誤配送発生時の対処を考慮してトラック積み込み時に商品を写真撮影していたが、バイヤー個人のスマートフォンにしか保存されていなかったため、これをアプリから誰でも閲覧できるようにした。
これによって元々課題となっていた「デジタルへの心理的な障壁」なしにスムーズに移行でき、標準化されていなかった手書き業務をアプリで共通化することに成功。属人化していた業務や知識についても、各バイヤーの情報を蓄積し、リアルタイムで閲覧可能にして、共有、活用できるようにすることで業務効率化へとつなげることができた。
定量的な効果としては、豊洲市場で使用していた年間6000枚もの紙が削減。新潟の中央卸売市場で使用していた分も合わせると1万枚以上の削減効果となった。セリ原票の作成時間が1日当たり1時間、システムへの手入力にかかっていた事務作業が1日当たり2時間、それぞれを短縮。これによる余剰時間をほかの業務にあてられるようになったことで、サービスの質向上にも取り組めるようになったという。ほかにも誤発送が減少したという効果も確認しているほか、河西氏は「バイヤーがいつでもデータを見られるため、今後は買い付けをより戦略的に考えられる」とも話す。
水産市場というモンスターラボが詳しい知識のない分野でも、角上魚類のプロジェクトをやりきることで、「ほかのどんな分野でもできるという自信を強めることにつながった」と河西氏。モンスターラボ ビジネスプロデューサー 若本岳志氏も、今回のプロジェクトは同社にとって「まだまだ1ステップ目」であるとしながらも、「一定の業務が日々繰り返されるような業態に関しては、クイックな調査など、今回のやり方の有効性がわかった」とし、今後のグローバルでのノウハウ活用も視野に入れたいと意気込みを見せていた。
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