新卒採用マーケットに対して、従来、企業は良質な候補者をどれだけ採用できるかに注力していました。ところが、最近では、Z世代に向けた企業ブランディングのチャンスと捉えるようになっています。変化の要因はどこにあるのでしょうか?Google人事部で新卒採用を担当していた草深生馬(くさぶか・いくま/現RECCOO COO兼CHRO)が、その4つの要因を解説します。
新卒採用マーケットに関して、今、学生の興味を引きつけるために企業が大きく力を入れ、投資すべきことは、ブランディングです。
企業を人間の身体に例えると、採用は食事のようなものです。体内に取り込んだものがゆくゆくは体を作るのだから、どんなものを食べるのかはとても大切ですよね。もちろん、身体がきちんと健康管理されていないと、いいものを食べてもいい身体を作ることができないわけです。
そして実際の食事と大きく違うのは、採用においては候補者の側にも選択権がある点です。ですから、見た目はもちろん、内側も健康的に見えない身体は、候補者にも選ばれません。企業もブランドイメージを整え、内側と外側、両方の健康をアピールしないと、なかなかいい人材を採用できないのは当たり前のことです。
今回は、Z世代の新卒採用マーケットにおいて、このブランディングがいかに重要であるかを、LTV(Life Time Value)の概念を軸にして解説します。
LTVとは、マーケティング用語で「顧客が生涯を通じて企業にもたらす価値」のことを指します。
従来、新卒採用はKGI (Key Goal Indicator=経営目標達成指標)を、採用数に置き、例えば100人採用の目標に対して120人採用できたら成功、逆に目標を割ってしまえば失敗と判断されました。就活中の一学年で採用の成否を問う、つまり採用に対する投資を回収し切るような考え方ですから、いわば「売り切り型」です。
新卒採用では、最初に候補者にタッチしてから入社までの期間はだいたい2年間です。そしてこの2年というのは、企業のブランドエクイティを築くためには短すぎ、予算を投下しても明確なリターンを評価しづらいのが現状です。ですから、そういったブランド構築のための投資よりも、まずは直接エントリー数を稼げるようなイベント開催などへの投資が優先されてきました。
しかし、就活中に出会った学生たちとは、就活を終えるときっぱり関係が断たれてしまうのでしょうか。ここで大切になるのが、LTVの考え方です。採用候補者を生涯にわたって、企業と接点のある顧客と捉えることが採用活動におけるLTVであり、私は就活期間をきっかけに企業のファンになってもらうことを意識することで、採用活動の成否を評価するべきだと考えています。
例えば、歯磨き粉は毎日使うものですが、初めて使った時に不満を感じれば二度と買いません。でも、気に入ればリピートします。すると、1個目を買ってもらうための投資を向こう何十年もかけて回収できます。
就活を通じて候補者を企業のファンにすることができれば、もしオファーまで至らなかったり、候補者が自社を断って他社に就職したりしても、その後のチャンスに繋がります。例えば、Z世代は転職にオープンなので、第二新卒や中途採用でその企業に再度応募、そして入社するといったことが実際に起こっています。
さらに、メーカー、サービス業であれば、候補者が将来、企業のユーザーになるかもしれないし、ひょっとしたら、すでにユーザーであるかもしれません。社員にならなくてもユーザーとして企業に利益をもたらしてくれるのです。そう考えると、新卒採用マーケットにおけるブランディング投資が、企業活動全体にとって非常に重要だということが分かります。
また、新卒採用マーケットは、ほぼ全ての大卒者が同じタイミングで市場に出てくるという点で、企業にとって大きなチャンスです。
企業は名乗りを上げ、適切に情報発信すれば、積極的に学生から会いに来てくれる市場です。学生側も就職先を探しているので、オープンな姿勢で話を聞いてくれます。1、2年の短いスパンですが、多数の就活生と多数の企業が、同じタイミングでフラットな状況で出会える、唯一の大きなチャンスなのです。
学生にとっては、今まで企業に持っていたブランドイメージを一旦フラットにして見直したり、他企業との比較ができる機会です。また、企業も他社の採用を垣間見ることができる訳ですから、それを踏まえてより戦略的に自社の「見せ方」を検討することが可能です。
新卒採用マーケットがブランディングのチャンスとして、その重要性を高めた背景には4つの要因があります。
1つ目は、企業のブランドを重視するZ世代の特徴です。彼らは消費・購買活動において、ブランドストーリーや社会貢献度を重視し、意思決定をする傾向があります。それは就職に関しても同様で、ブランディングは、Z世代の採用に重要な役割を果たします。
2つ目は、Z世代にとって、選考時の候補者体験が、企業のブランドイメージと直結しやすいという点です。選考時にいい体験ができれば、採用されるかどうかに関わらず、企業のファンになります。逆に企業側がミスを犯すと、二度とその企業の商品を買ってもらえない、サービスを受けてもらえないということになりかねません。
3つ目は、Z世代は転職への積極性が高いこと。新卒で採用された1社目で、できるだけ長く働きたいと考える人は少数で、転職市場に若いうちに出てくる可能性が高いのです。つまり、前述したように就活中にファンになった企業に、将来、採用候補者として再びコンタクトしてくることが十分あり得るのです。
4つ目は、働き方が以前より柔軟になったこと。一昔前のように正社員としてフルタイムの時間を使い切るのではなく、副業にもオープンです。将来、社員にならなくても、業務委託のような形で企業と関わり合う可能性があります。
この4つの要因から、新卒採用は今までのような「売り切り型=短期間で採用を実施したらそれでおしまい」ではなく、長い目で見たブランディング投資をするべきマーケットなのです。毎年少しずつでもいいので投資を続ければ、LTVの観点では十分な回収が可能な時代が来たと言えるでしょう。
次回は、この4つの要因を一つずつ、詳しく解説していきます。
草深 生馬(くさぶか・いくま)
株式会社RECCOO CHRO
1988年長野県生まれ。2011年に国際基督教大学教養学部を卒業し、IBM Japanへ新卒で入社。人事部にて部門担当人事(HRBP)と新卒採用を経験。超巨大企業ならではのシステマチックな制度設計や運用、人財管理、そして新卒採用のいろはを学んだのち、より深く「組織を作る採用」に関わるべく、IBMに比べてまだ小規模だったGoogle Japanへ2014年に転職。採用企画チームへ参画し、国内新卒採用プログラムの責任者、MBA採用プログラムのアジア太平洋地域責任者などを務めるかたわら、Googleの人事制度について社内研究プロジェクトを発起し、クライアントへの人事制度のアドバイザリーやコンサルテーションを実施。
2020年5月より、株式会社RECCOOのCHROに着任。「才能を適所に届ける採用」と「リーダーの育成」を通して日本を強くすることをミッションに掲げる。現在は、スタートアップ企業の組織立ち上げフェーズやや、事業目標の達成を目的とした「採用・組織戦略」について、アドバイザリーやコンサルテーションを提供している。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」