耳慣れない「プロAIアスリート」の言葉。フリーランスの立場でさまざまなAI開発に携わってきた大渡勝己氏が、2022年1月に自らこの肩書を宣言し、活動を開始した。
大渡氏は、学生時代からゲームAIの世界に入り、さまざまなゲームAIの大会に参加。さらにHEROZ在籍時には、将棋プログラムとして知られる「Ponanza」のプログラマーなどを務める。その後はフリーランスエンジニアとして、ゲームAIを中心にさまざまな開発現場で活動してきたという。
そしてプロAIアスリートの宣言をした大渡氏の活動を、DeNAがスポンサード。大渡氏はこれまでもDeNAにおける強化学習の研究開発に従事し、並列強化学習によって強いAIを作ることができるライブラリ「HandyRL」をともに開発。「Kaggle(カグル)」(※主催者がデータと課題を提供し、期間内で最も性能の高いAIを作ることを競い合うコンペティションプラットフォーム)にて開催された、ゲームAIの国際コンペティション「Hungry Geese」で優勝している。
そんな大渡氏にプロAIアスリートの肩書を宣言した狙いをはじめ、大渡氏とともにHandyRLの開発にも携わったDeNAのデータサイエンティストである田中一樹氏にも同席いただき、DeNAが大渡氏をサポートする理由、そしてAIシーンにおける未来像などを聞いた。
――まず大渡さんに伺いますが、そもそもゲームAIを開発するようになった経緯についてお話いただけますか。
大渡氏: 学生時代は認知脳科学を学び、脳に関わる研究をしていました。そのころにゲームAIに出会いまして、学校生活の傍らでゲームAIを開発していたんです。それに熱中して、卒業後は就職せずに引きこもって、「大富豪」のAIを開発したら、その強さを競う大会で優勝できたんです。これをもっと活かしていきたいと思って、ゲームAIを研究している先生が在籍している大学院に進学して、そこでさまざまなゲームAIの大会に参加して経験を積みました。
その後、 HEROZに入社してPonanzaの共同開発者として携わりました。今では、ディープラーニング(深層学習)は当たり前のように活用されていますが、当時はゲームAIとディープラーニングがぶつかっていくぐらいの過渡期でした。それからフリーランスエンジニアとして、ゲームAIを中心にさまざまな現場で活動してきました。
――プログラミングを子どものころからされていたと伺ってますが、興味を持ったきっかけは覚えていますか。
大渡氏: 小学6年生のときに、プログラミングの本を買ってもらったことは覚えてます。AIに興味を持ったのは、手塚治虫さんの「火の鳥」を読んでいたので、AIがどういうものなのか、ということに興味だったり夢みたいなものを持ったように記憶しています。最初は、簡単なサッカーのシミュレーションみたいなものを作りました。一定確率でパスをするようなものでした。本格的にのめりこんだのは大学の最後のほうでした。
――引きこもって大富豪AIを作っていた時期があったとお話されていましたが、これは独学でゲームAIを作りあげたのでしょうか。
大渡氏: 独学といっていいと思います。今はAIを作るとなると計算資源が必要となるので、個人で開発するのは難しい状況にあります。当時は熱意があれば個人でも強いAIを作ることができる状況でしたので、自分で調べて開発しました。
――大渡さんは、学生時代スポーツに打ち込んでいたそうですが、そこからゲームAIの世界に興味を持ってその道に進んだというのは、何かきっかけはあったのですか。
大学まで10年ぐらいやっていたんですけど、才能の壁にぶつかったと感じたことですね。それで、自分でも勝負できるところはどこなのかと考えたときに、ゲームのAI開発というのが思い浮かんだ、というのがきっかけになるかなと思います。
ゲームの世界では、人間のプレーヤースキルという意味での才能やうまさがありますけど、ゲームAIでは関係ないので、その領域であれば勝負できるかなと。人間にはできないことをAIはできますし、人間がこれぐらいできるという強さやレベルを飛び越せるんじゃないかという直感は最初からありました。
大富豪のAIを開発するときに感じたのですけど、大富豪自体は好きなのですが、場になんの札が出たかということを自分ではなかなか覚えられないじゃないですか。AIはそこを覚えられるので、そもそものスタートラインが違うんです。そこから始めたら全然違うものができるという直感がありましたし、開発していくうちにすごく楽しくなったんです。
――スポーツ経験者でさまざまなAIの大会に出ていたり、また今回のようなプロAIアスリートという肩書も含めて、勝ち負けが現れることが好きなのかな、というイメージを持っているのですが。
大渡氏: 正直、あまり勝負事にこだわるタイプではないと思ってます。人と同じスタートラインに立って勝負するというよりは、人間ができないことをしたり、ほかの人がやっていないことをやるということに興味がありますね。
ただ、「1番にならなければいけない」とは常に思ってます。スポーツの勝負も楽しかったし、その思い出というのも自分自身では大切なものではありますが、世の中としては関心を持たれない話です。どんなことでも1番にならないと、そもそも見てもらえないし関心も集まらない。自分が制作したものや手掛けたものにも同じことが言えます。
大富豪のゲームAI開発と大会参加は、ある意味マニアックな領域ではありますけど、素晴らしいものであることを伝える、そして見せるということのために、1番になるという手段を取ったという考え方ですね。
――今回のプロAIアスリートの宣言をすることのきっかけはありますか。
大渡氏: 自分のやってきたことや得意としていることをベースに、もっとAIの世界を良くしていきたい、AIを発展させていきたいと考えるようになったんです。それでどうしたらいいかを考えたなかで、一種のラベル付けとしてプロAIアスリートを名乗って活動していこうと決めた、というのが経緯ですね。
今のところ、AI開発についてはDeNAがメインで、スマホゲーム「逆転オセロニア」のゲームAI開発を手掛けています。あとは講演でAIを広めていく活動をしています。ことゲームAI開発では、田中さんと組んでいろんなことをしてきました。田中さんもゲームAIに関してはエキスパートです。
田中氏: もともと大学時代からの知り合いなんです。僕はデータサイエンスやAI全般を勉強していて、ゲーム専門ではなかったのですが、大渡さんと出会ってからゲーム領域に興味を持って、一緒にやってきました。
大渡氏: それでさまざまな大会にも出るなどの活動をしてきました。そんななかで、ゲームAIを趣味や遊びみたいなものに見られるのは、もったいないと感じるところがあって。やるなら本気で取り組んで、いろんな組織でお世話になりつつすごいものを作っていくことが大事だと感じたんです。
競技のプロ化というと、土台が広くなっているからこそ大事だと考えています。そして、ゲームAIに関わる競技のプロと言える人はどのぐらいいるのかというと、世界でみても純粋な研究者ではない人としては、僕も含めてそう多くはないです。その意味では、自分がその役割を担うというか、引っ張っていけるのかどうか試してみたいという気持ちがあります。
あとは単純にスポーツをやっていたこともあって、競技そのものが人を感動させられるパワーを持っているものだととらえていて。もちろんAIの世界は競技だけではないのですけど、プロのスポーツ選手、将棋や囲碁のプロ棋士と同じラインに立って世界を見ることができないと、AI競技はそれらと同格になれないと思っていたことも理由のひとつですね。
――AIに関わる競技シーンというと、Kaggleは知られていますが、実際にこうした競技の場というのは増えているのでしょうか。
大渡氏: 数としては増えてきています。
田中氏: 規模としてはKaggleが一番大きいですが、世界中でたくさん開かれている状況になってきています。
大渡氏: Kaggleは総合格闘技のようなイメージがありまして、1回1回の勝敗よりも、いろんなことをオールマイティにできることが価値観として重視されているところはあります。AIの競技シーンはイメージしにくいところもありますが、僕としてはゲームAIが土台にあるので、その観点からいくとコンピュータ将棋同士で対戦する大会もあれば、以前はプロ棋士と対戦する電王戦といったものも競技シーンとしてありました。
僕自身としては、競技そのものがすごいということを伝えること。そして、そのシーンから生まれた僕みたいな人が、AIを変えていくという2つのことをやっていきたいと考えています。競技自体も、もっと見てもらいたいですし知ってほしいです。AIの素晴らしさを見せたいと思っていますけど、コンテスト自体があまり有名ではなかったり、内輪で終わってしまっている感も否めないのは正直なところです。
田中氏: プロであればリスクをとって大きな報酬を得るとともに、エンターテインメントとして世の中に提示して、ファンを生み出して世界に楽しさを伝える存在ということになります。Kaggleもやっていることは似ていますが、名前が知られていても専門性が高すぎてわからないところもあると思います。
それがゲーム領域になってくると少し変わってくるかなと。例えば武道館でゲームAIの強さを競うトーナメント大会が行われて、優勝したら賞金1億円みたいな世界があったら、興味を持つ方も出てきたりすると思います。そういうエンタメ化という意味でも、ゲームAI専門のプロアスリートという存在がいるというのも、面白いと思うんです。あとゲームだと勝ち負けの結果が、誰の目から見てもわかりやすいというのもポイントかなと。
大渡氏: 数値を競うよりは、相手のいるもののほうが好きですね。Kaggleは短距離走のような、ある意味、己との闘いというひとり競技のようにも感じます。
――プロAIアスリートと名乗ることによっての変化はありますか。
大渡氏: 外側からだとフリーランスエンジニアとあまり変わりはないように見えますし、実際そうとも言えます。プロAIアスリートだから競技シーンのことだけをやっていくというつもりでもないですし。僕としては、前向きにAIの世界で活動してくれる方が、どんな立場であっても増えてくれるといいなと。そのうえで、自分自身が変わらなければいけない過渡期だと感じています。むしろ自分自身もいろんな方とお会いしたり、取材をお受けしてお話したりと、いろいろな経験から吸収をして、もっとAIを進化させていくことを考えています。
この先、AIに対しての携わり方も変わってくると思います。そのなかで、競技で賞金を稼ぐ人がいてもいいと思いますし、スポンサーを得てAIの楽しさを広めていこうという方も出てきていいと思います。実際にYouTuberでAIの面白さを見せてくれる方もいらっしゃいますし。そんな風にAIに対していろんな関わり方が増えていけばいいと思います。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
地味ながら負荷の高い議事録作成作業に衝撃
使って納得「自動議事録作成マシン」の実力
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」