オーディオブック制作の裏側--原作を重視し過程を踏んで作るオトバンクのこだわり - (page 2)

“やりたい表現”よりも“全体のバランス”。聴きやすさや耳心地の良さを考える

 制作見学会では、2021年12月20日にオーディオブック版が発売された「宝島」(真藤順丈著、講談社刊)をもとに、同作のナレーターを務めた声優の新垣樽助さんが実演ののち、伊藤氏とともに本作やオーディオブック収録にまつわるエピソードを語った。新垣さんは「テニスの王子様」の木手永四郎役をはじめ、「Fate/Zero」(11年)の間桐雁 夜役や、劇場版「攻殻機動隊 ARISE」シリーズ(13~14年)のトグサ役などを務め、オーディオブックは「神去なあなあ日常」「トヨトミの野望」「女子大生会計士の事件簿」などに出演している。

新垣樽助さん
新垣樽助さん

 この「宝島」は、戦後間もない頃の沖縄が舞台となっている作品。伊藤氏は、本作が群像劇ではあるがテーマが難しいこともあり、エンタメ寄りの方向性にはせず、ナレーターは1人でやろうと考えたという。それを踏まえ、沖縄のことがわかる方かつ実力のある方ということで、沖縄県出身で方言もできる新垣さんにオファーしたいという意向は、書籍を読んだ段階である程度決めていたと語る。

 新垣さんは、収録の下準備として書籍の下読みはもとより、親から聞いたことのある話や、書籍のなかでは描かれている昔の事件について、当時の状況を知る自身の家族に聞いたり資料を取り寄せて調べるなど、生の空気感が出せるように準備をして臨んだという。収録でも、書籍における地の文章において温度感まで全部伝わってくるような描写がされていたこともあり、リアルな話しを聞いていた分、フラッシュバックするところもあり、きついと感じることもあったと振り返った。

 ちなみに本作は500ページを超える書籍で、オーディオブック版は約18時間にも及ぶもの。新垣さんによれば、1日5時間の収録を月に7~8回、それを3カ月行ったという。オーディオブックとしてもかなり長い作品であり、新垣さんとしても自身が担当した作品では一番長かったと語る。

 新垣さんが感じるアニメとオーディオブックにおける収録の違いについて、アニメは台本のセリフが、キャラクターが口に出して声を発することが前提となっており、お芝居としてどうのように演技をするか、そのことだけに集中できる。一方でオーディオブックは、地の文章に作者の方の感性や思いが詰まっているなど多くの情報量があり、そこを声に出して表現することが大事であり、考えることが多いと語った。

 表現の部分においても、宝島の場合は分量が多く長時間となるため、全てにおいて読み手の思いを詰め込み過ぎると、聴いている方が疲れることもあると指摘。書籍を読む場合も、地の文章にある行間を読んで、読者のなかでの創造力を膨らませて読み進めていくものであるため、こちらが一方的に思いを詰めすぎるよりも、聴く方が想像しやすいように、あえて平坦な表現にすることも意識したと説明した。

「宝島」における一部分を実演した
「宝島」における一部分を実演した

 伊藤氏も、物語全体としてどう聴いてもらうのがいいか、そのバランスは考えるという。宝島は特に長いが、基本的にオーディオブックは何時間もある作品なので、聴きやすさや耳心地の良さが必要とし、そのなかでどの程度お芝居を入れたらいいのかを、全体的なバランスを考慮しつつディレクションを入れることがあるという。

 あわせて、悲しい物語をすべて悲しくするだけでも正解ではなく、悲しみの中に何があるのか、その主題はどこにあるのかを考え、場面によってはあえて明るく読んでもらったり、アクションがあるところはスピード感を出すために速く読む、ここはお芝居をちゃんと入れていくという濃淡をつけるなど、書籍にあわせて理解度がより読者の方に深まるような方向性を取り入れて表現を変えることはあるという。

オーディオブックを“第3の書籍”に。当たり前にある社会を目指す

 久保田氏は、あらゆる方々に本を触れる楽しさを感じてもらいたいという思いがある一方で、市場がないと権利を保有している出版社も協力しずらい状況があったと振り返る。そんななかでも運営を続け、オーディオブックの市場は新型コロナの流行に限らずここ数年で伸びを見せており、さらに広げていくことにフォーカスして取り組んでいくと語る。

 紙の書籍があって電子書籍が後を追うように広がっている状況であるなか、オーディオブックについてもラインアップ数が増えているという。これまでは既刊本のオーディオブック化を進めていったが、現在では出版社の姿勢も変わってきており、新刊をオーディオブック化する流れもでてきているという。それは、出版社側でもビジネスになると感じていることの裏返しだとし、さらに市場が大きくなっていく期待も感じているという。そして紙の書籍、電子書籍につづく第3の書籍という位置づけとなるよう、そして本を読むことに、聴くという選択肢も当たり前となるような、オーディオブックが当たり前にある社会を目指すとした。

オーディオブックの市場成長
オーディオブックの市場成長
コロナ禍でのオーディオブック。約3割が「利用が増えた」と回答
コロナ禍でのオーディオブック。約3割が「利用が増えた」と回答

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