企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発やリモートワークに通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。前回に続き、YKK APの事業開発統括部 統括部長の東克紀さんとの対談の様子をお届けします。
前編では、YKK APにおける東さんの活動や新規事業をどう大企業内で進めていくかについての話を伺いました。後編では、現在東さんが取り組まれている革新的なビジネスモデルと、一見はみ出しているようで実はYKK APの新規事業として成立している落とし込みの部分を紹介します。
角氏:東さんはYKK APの新規事業統括部長のほかにもいくつかの肩書をお持ちですね。
東氏:はい。一般社団法人LIVING TECH協会の理事とワールドハウジングクラブ(WHC)の取締役ですね。まずLIVING TECH協会は、業界の垣根を越えて、今のさまざまな便利な製品やテクノロジーを組み合わせて家の中でスマートな生活をするための提案をする協会で、住宅関連企業のほかに多くの通信業者、アマゾンさんなども参加しています。
そして、先ほど紹介したキットハウスによる住宅づくりを推進しているのが、WHCです。WHCは「HOME i LAND」(ホームアイランド、HiL:ハイル)という新しい住宅販売ビジネスのプラットフォームを構築し、HiL TOWN(ハイルタウン)というバーチャルタウンをウェブ上に構築・運用しています。
角氏:そこが先般発表された「真鶴の家」にも絡んでくるということですが、まず、バーチャルタウンについて詳しく教えていただけますか。ちなみにこれはHiL TOWNを運営するWHCの事業戦略担当取締役というお立場でお話しいただくということで。
東氏:HiL TOWNには、未来パネルなどを使って設計されたさまざまなキットハウスが仮想的な住宅展示場のような形で並んでいます。工業化のところで職人不足に対する取り組みの話をしましたが、その一方で当然われわれには、家を購入される方には安くて高性能の家を提供したいという思いがあります。そこで、ここに入っている家自体はすべてUA値という家の断熱性能が札幌みたいな寒い所でもも十分に建てられるレベルで、耐震等級も最高スペックでありながら、2000万円以下で施主に提供できるように事業設計されています。
そしてHiL TOWNに並んでいる家は、室内を歩いていつようにCG化されているので、展示場に行かなくても普通に家を見に行ったときのような導線で見ることができるのです。
角氏:凄く作りが細かいですね。これはウェブサイトを作るのに時間がかかっていますね。
東氏:作るのは大変ですが、動画で実物を紹介することで、家を建てたい施主さんが工務店さんに行ったときに自分の中でイメージが湧いているので話が早く進みます。工務店さんにとっても施主さんとの間でお互いにイメージがあるところで話ができるので、“打ち合わせ疲れ”に陥ることもありません。
角氏:なるほど。家を建てるときはめちゃくちゃ打ち合わせしますもんね。わかります。
東氏:ここで紹介しているのはみな一般的な普通の家ですが、家自体もしっかりとしています。たとえば夏は2階、冬は床下のエアコンを動かすだけで十分断熱性があって、快適に暮らせます。これが、バーチャルタウンの至るところに建っているわけです。それ以外にも「未来パネル」の部分をクリックすると、パネルがトラックに平積みされてくるところから、パネルの施工までの様子を動画で見ることもできます。
角氏:このHiL TOWNが街としてこれからどんどん発展していくわけですね。
東氏:今はまだComing Soonの項目が多いですが、これからどんどん家は増えていきます。この街の中に、著名な建築士が設計した建物をどんどん建てていくんです。最終的には隈研吾さんまで行きたいのですが(笑)
家以外にも、トレーラーハウスやグランピング施設も置きます。つまり家の購入を考えている人がこの街に来て、実際に窓口に行けば買うこともできるのです。窓口には施主側の立場に立った専門家がいて、プロが施主の立場になってHiLに登録している地域の工務店と会話をしていくので、適正なやり取りができます。工務店としては、営業をしなくても送客される。買う人は、ここに来ると安心して家が買えるそんな仕組みに向かって推進しています。
角氏:コンセプトモデルの展示場であり販売店のような感じになっていると。まさか家のオンライン販売を実現しているとは(笑)
東氏:と言っても、まだまだこれからですが(笑)。そう、先ほどお話しした真鶴の家も、HiL TOWNの中に建つんです。YKK APがなぜ真鶴の家を推すのかと言ったら、HiL TOWNにお客様が来て家が売れたら、窓とドアとパネルが売れる仕組みになっているからです。工務店さんが販売する家はパネル化されるので、YKK APの窓に変わるという仕組みです。ここのキット化された製品群はYKK APの高性能なドアや窓なので、工務店さんに対して「窓を買ってください」ではなくて、「出店しませんか?」というアプローチで営業・販売ができる、そうなると。これからの建材の販売方法を私なりにいろいろ模索しているイメージです。
角氏:そういうことですか。うまいですね。
東氏:その中でもう少しこのHiLのプラットフォームを活性化させるために、真鶴の家を作ったのです。この真鶴の家の見どころは、コロナなので衛生強化とか職住近接、2拠点居住というライフスタイルの部分、そしてこれまでに説明させていただいた職人不足解消と高性能といったところと、もうひとつ面白いポイントが“住宅のスマート化”です。そのスマートデバイスやスマートハウスの仕組みの部分をLIVING TECH協会のメンバーと一緒にやっている訳です。そして「この家がどこで買えるの?」といった時にHiL TOWNで買えると。
角氏:なるほど、全部つながっているんですね。
東氏:真鶴の家は、真鶴町という都心から90分というギリギリ通勤圏内の場所に実物を作るんですけど、この家自体には、まずコロナ禍なのでまず入口に入ったら除菌室があってタッチレスの水洗で手が洗えて、右側に行くと在宅ワークの部屋になっていて、左に行くとベッドがむき出しのホテルライクな部屋があります。キッチンは見えないようになっていて、お風呂はウッドデッキで海が見えるといった具合です。
角氏:いいですね。2拠点の素晴らしさが全部出ています。
東氏:ここに、われわれが提案する次世代住宅づくりのエッセンスを凝縮して入れているんです。未来パネルでできている高性能な家で、エアコンが1〜2台で春夏秋冬半袖で暮らせて、自動運転の家でひと声でカーテンや照明、ルンバが操作できるなど、複数のスマートデバイスが一気に動く。ただ、これがなかなか一般の人に設定できないものですから、LIVING TECH協会に窓口を作って、「スマートデバイスコンシェルジュ」を育成し、スマートハウスに関する設計を担うと。
角氏:だからアマゾンが入っているんですか。
東氏:また、もう1つ真鶴モデルでのデバイスの配置については、家の中では配線やコンセント周りがぐちゃぐちゃになるので、コンセントやルンバなどが見えないようにしてあります。奥に配線があって、玄関で「ただいま」と言ったらルンバはひっそりと中に入っていく。「おはよう」というとカーテンが開き、「行ってきます」と言ったらルンバが動き出す。電気の自動消灯については、全部フィリップスのHue(ヒュー)などとつながっています。そういう自動運転の家づくりの計画をリビングテック協会の理事として一緒にやっているんです。将来的には、まだ構想ですが、そのスマートハウスの独自基準を協会の中で作れないか?を考えています。
だからこの真鶴の家は一棟なんですけど、中にはYKK AP、LIVING TECH協会、HiLのエッセンスが入っていて、それをYKK APの社員であり、LIVING TECH協会の理事であり、WHCの取締役である僕が紐を繋げ、それぞれの役割の方々皆様の協力と努力で具現化できました。
角氏:LIVING TECH協会は、みんなが集まって新しい未来の家を考えようとしている業界団体ですが、WHCにはYKK APの資本は入っているのですか?
東氏:入っていますが少ないです。HILの取組みに賛同した関係企業皆で少しずつ資本を入れています。
角氏:みんなで新しい1つの家を作っていくみたいなオープンイノベーション的な感じですかね?
東氏:そうですね。ここは完全なベンチャーです。HiLをベースに、高性能なキット住宅を世の中にお手ごろな価格で提供していこうと。それに関係する企業もWin-Winになれるという図式になっています。
角氏:なるほど。ある意味ハウスメーカーが今やっているところに、ハウスメーカーではない会社同士が寄り合ってプロジェクトを作って入っていこうという形になるんですね。
東氏:HiLはシェアビジネスであって、われわれ以外にも様々な業種業態の方々が参加できます。たとえば、地場の工務店さんもここに載り、自社設計の家が耐震等級とUA値が規定値をクリアした高品質な家にキット化・パネル化され、トイレ・バスも全部入った形で出店されます。そしてその家がほかの地域の人に売れたら、出店した工務店にはフィーが入る仕組みになっているんです。普通工務店さんは地元の地域内に家を建てるだけですけど、HiL TOWNに設計データを入れておいてそれが他の地域に売れたら、実際に作るのは地場の工務店さんですが、仮に10棟売れたら黙っていても設計フィーが入ってくるわけです。
角氏:そういう家の設計をして、家の設計データをオープンデータ化して置いておくと、誰かがそれをもとに家を作ってその都度アフィリエイト的に入ってくると。
東氏:そういう広い形のシェアビジネスです。キットハウスのデータを使いたい人にも、HiLに登録してもらいます。登録料として月に5万円払っていただきますが、登録するとキットが使えるだけではなく、学べることと、先ほど話したように送客されるという3つのメリットを得ることができます。この3つで月5万円といったら、フランチャイズ会社が驚くレベルの値段の安さです。つまりこれは、中小工務店さんを盛り上げるビジネスでもあるのです。小さい工務店さんが上手にこのHIL事業を活用していただきたいと思っています。
角氏:なるほど。他にも売り出し中の若手建築家もここで売れれば有名になるし、1度設計したものが何度も売れてお金が入ってくると。
東氏:売れっ子になればそうなりますね。だけどまだ告知力が足りなくて、HiL TOWNの完成度が低かったのでまだちゃんとした告知はしていなかったのですが。あと2〜3カ月たつと中身がもう少し充実して棟数も増える予定なので、これから告知にも力を入れていくところです。
角氏:谷尻誠さんとかに作ってもらわないといけませんね。
東氏:それこそそういう方たちに向いていますよね。1つ作ったら勝手に売れていくわけですから。ほとんどHiLの話になってしまっていますが、YKK APの高性能な窓とドアを売るために川上にどんどん上って行ったらこうなったんです。
角氏:ハウスメーカー以外の人たちも、ハウスメーカー的な家を建てるための仕組みが出来上がったようなもの?
東氏:そうですね、ちゃんとした自信があれば誰でも参画できますので。参画するためにはお金は取りますけど。動画を作ったりするためには結構お金がかかるので。
角氏:だとしても、家という商材がそれなりな値段のものですから。それで工期が短縮できて、自分たちが払うお金も減り、手間も減るのであれば安いもんでしょう。
東氏:今まで簡単に話しましたけど、中小の工務店さんにとっては、一棟売るごとに25%の利益が取れる仕組みです。実際に、今の中小の工務店さんはそんなに取れてないです。工期が短縮して、利益が25%取れて、買う側の視点ではこの性能レベルだと2700万円くらいするところを、2000万円くらいで買えるんです。買う人も喜ぶし、建てる人も利益が取れる。そしてそれに絡んでいる我々も含めたメーカーもちゃんと利益が取れると。いろいろな無駄を省くことでそれを実現しています。間に入っている人が多ければ多いほどだんだん値段が上がってくるんですね。住宅の中の商材が一個一個そうなっているので、トータルで大きく跳ね上がってしまっているんです。
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