窓を売るために辿り着いた新しいビジネスモデル「HiL TOWN」が本格始動--YKK AP・東克紀氏【後編】 - (page 2)

角 勝(フィラメントCEO) 石田仁志2021年10月14日 09時00分

自然とYKK APの窓が売れていくシステム

角氏:HiLには、ほかの建材メーカーとかも入っていますか?

東氏:入っています。そこは今のところ全部自由にしています。だからお風呂は競合の製品もありますし。そこに制限を付けると、使うお客様はいろいろ選びたいのに企業の勝手な縄張り意識でスケールが一気に下がってしまいます。

角氏:それは面白いですね。言われてみれば、トイレとかお風呂はあれにしたいこれがいいという話になりますが、窓はYKK APじゃないとダメという人は少ないってことですよね。

東氏:それでも最近は窓の重要性、特に断熱性からのアプローチから前よりもかなり増えてきました。ただ全体的な優先順位としてはまだまだ住宅設備には及びません。まあ、その意識を高めてもらおうと、未来窓や未来ドアの推進をしていましたが。

角氏:だからYKK APはすっと入れるんですね。

東氏:「高性能な窓がついています」で十分です。ただ、お風呂とかは選びたいので、そこに制限は付けていないですし、そういう所で会員企業製品による囲い込みはしていません。消費者が選びたいところは自由。選ばないところは高断熱な家には高性能な窓と言うことで独占しているわけです。

角氏:うまいことを考えましたね(笑)

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東氏:そしてHiLタウンをどんどん大きくして、家を買う人がまずタウンを見るということになってくると、一気にいろいろなものが活性化していきます。そこまでするのが難しいところですが(笑)

角氏:たとえばどのような?家具や自動運転のスマートデバイスとかもHiL TOWNの中でセットで買えるようになるとは思いますが、それ以外にも?

東氏:たとえば、世の中では土地の詳細をデータ化する動きが進んでいますが、そこと連携できたらと考えています。一口に土地と言っても、面があってもいろいろな制限があるので、実際に家を建てられない土地もいっぱい売っているんですね。その辺を細かいデータを入れて、家が建つ土地をまとめようと取り組まれています。それができると、HiLの家は全部データ化してあるので、そこにポンと入れられる。ある程度土地の値段と家の値段がわかっているため、建てる工務店と売っている不動産業者がわかっていると、色んな手数料がいらなくなりますし。

角氏:不動産はグレーなところが多いですが、この仕組みによって前後が可視化されて透明化されると。

東京に家を建てても故郷にお金が入る

東氏:ほかにも、新潟県とか長野県の建築チームとか、色んな地域ごとで組織的に参加して欲しいと思っています。購入者が東京に住んでいても、その家を買うとふるさと納税みたいに地元にお金が落ちる仕組みを作りたいんです。地元の家具と家具屋とかが選べるとか、地元の木を使うとか。すると、自分の故郷のものを使うので、ちゃんとした形のふるさと納税になりますよね。

角氏:なるほど。

東氏:HiLが進化していくと、そういうことまでできると思うんです。このバーチャルタウンがあれば、何でもできますよね。まずは区画を増やそうとしていますが、バーチャルの街なので、普通のお店があってもおかしくない。

角氏:面白いのは間違いないですよね。

東氏:HiLに参加するメリットの1つに学べることを挙げましたが、工務店さんが勉強する場所もあるんです。ここに出店している有名な設計士さんが先生となり、30分6コマの授業をし、最後は試験もします。晴れて試験に合格すると、送客を受けられるようになるという仕組みです。勉強していない人が高性能な家を扱うと、お客様と辻褄が合わなくなるんですね。お客さんは性能や耐震についてYouTubeなどで勉強していて、それに答えられない工務店はいっぱいいるのが実情です。それをここでやられると困るので、勉強してもらって試験に通った工務店さんに送客するという形にしています。

角氏:よくここまで考えたなと思います。隙が無い。

東氏:失敗しながら積み重ねてきた感じです(笑)、しかし、まだ中身の構想はできても、肝心な普及が課題です。その辺のノウハウと導線の作りが弱いです。これから真鶴の家の告知と、セミナーを大々的にやります。複数の地域で展開していくのですが、それで登録店をどんどん増やしていかないと、HiL自体はまだまだ事業としてはダメですね(笑)

角氏:建築家の協会と組むのですか?

東氏:利害関係の問題があるので今はまだ。HiLがかなり有名になってきて、向こうから近寄ってきてくれたら、どんどん展開していくと思います。

角氏:専門誌やメディアとは?

東氏:組めたらいいですね。ただもう少し形が整って、世に出てからのタイミングで。まずは今話したことを全てHiL TOWN見えるようにしたいですね。

既存の枠組みを壊して会社を救う

角氏:この全体像を東さんが描いて、それを実行していくために会社も作り、協会にも入り込み、ARCHのような外の場所も使って進めていると。

東氏:正直YKK APの社内では半信半疑ですよ。「面白いことをやっているけど、本当にうまくいくのか?」という様子見ですね。

角氏:まず、ロジックとしては凄く立っている。どこかで会社と食い合ってしまうかもしれませんが、最初は大した影響がないから大目に見るし、でもいずれドカンときたら……。

東氏:そこまで成長できたら世の中の為になってる実感ができて幸せです(笑)

角氏:生態系として、窓は窓の世界でやっていくことで今までは調和がとれていた。ただこれから国内の人口が減り、新築の家がどんどん減っていくとなった時にどうなるのか。今までと同じバランスではやっていけないだろうと。

東氏:いろいろ変わるでしょうし変わらないといけないと思っています。新築が減ると窓数も減る。だから、1棟から得られる単価を上げるしかないんです。結果的にいろいろやっていますが、棟数が減るから家一棟の売り上げ単価を上げることを考える、それはどこの企業も考えることでしょう。

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角氏:窓屋さんだったのが、気が付いたらもっと先の取り組みを考えている。

東氏:建材のプラットフォームづくりですね、参加型の。YKK AP社内でもプラットフォーム化という言葉は使っていますが、プラットフォームではない。僕は、違う業種の人たちが参加できるのがプラットフォームと思っています。

1年後の街の姿を見るのが楽しみ

角氏:あとはバーチャルタウンという入り口の部分をどれだけみんなが見てくれるかですね。

東氏:サイトを開くと家につながり、プランを見るといった具合の動線はどんどん作っていきます。ただ値段は、工務店さんの作業費用や利益の取り方によって違うので入れていません。そこが入れられないのはちょっと残念なのですが。

角氏:確かに価格が入ると手触り感が出ていいんだけどなあ。

東氏:この話をするとみんな案をくれるんですよね(笑)。「こういう会社を入れた方が面白いんじゃない?今度つなげておくから」とか(笑)

角氏:エコシステムの発想が素晴らしいと思います。工務店にも利益が出て。

東氏:ただ今まではいいことばかり言いましたけど、実際家が建ち始めているのですが、パネルの扱いが悪くて現場で窓に傷がついていたりと、ちょっとした問題が発生しています。そのための運送屋さんのチェックとか、運用にあたって今マニュアルを急いで整備しているところです。やはり裏側のところがとても大変ですね。工務店さんにパネルの入れ方とかを研修しているのですが、コロナ禍でのいいところはそれがウェブでできるというところです。少し前の工務店さんは、ウェブ打合せなどは苦手でしたが、コロナ渦で工務店さんともウェブでやり取りできて、工事を行ってもらう前に打合せができる。質問のやり取りをしていると関係ができて、関係ができているとクレームにならないんですよね。

角氏:ああ、そうですね。

東氏:関係ができていないでモノだけ送ってやってくれという形だと、「来てねえぞ」というようなトラブルや、モノが足りないとか予想外なことが結構起きるものです。それを潰していかなければならない。

角氏:工務店さんもZoomを使えるようになっているんですね。

東氏:今はみんなできますよ。なので、ウェブのバーチャルタウンに人も集めやすくなっています。これから現地で実施するイベントにしても、来られない人もウェブで見ることができます。

開発から販売まで見ていたからこそできた

角氏:思いのほか大きなお話で驚きました。家を作ることが本当の意味でプラットフォーム化されて、その間で中間コストも削減されている。デジタル化することの特徴の1つは、代理店業が成立し得なくなることだと思っているのですが、ウェブ時代の家づくりがまさにこれになってくるのかなと思いました。設計図のデータがオープンになり、それをいろいろなところで引き出して使う。そこにフィーが発生してバックされるというところを含めた生態系がちゃんとできている。

東氏:仰る通り、デジタル化したことで今までの流通のフィーよりも原価が安くなってきます。

角氏:この仕組みは、東さんが昔から現場にいて開発が本業でやっていたからこそできたということですね。

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東氏:パネル屋さん、プレカット屋さん、工務店さん、流通店さんとつながっていてそれぞれがやっていることが分かっているから、こうすればいいとわかる。その中でYKK APは、最後の最後に同業他社さんと値段を比較されて、「安い方はこっち」という形で戦っている。まさに地道な薄利多売の世界ですが、それをなくせれば当社は1棟1棟動かなくて済むようになります。発注ミスもなくなりますし。今は、工務店に行って1棟ずつ打ち合わせをしていますが、HiLの仕組みなら販管費が一気に減りもっとサービスに回すことができます。

角氏:聞けば聞くほど凄いです。ただ既存の生態系がある中で、別の生態系を作りに行くのは大変だろうなという気もします。

東氏:全てに気を遣わなければならないですからね。間違っていない方向にみんなを誘導していかなければならないと思っています。会社は半信半疑ですが、「見てろよ」という思いで取り組んでいます。

 未来窓にしても、「こんなちゃらちゃらしたことしやがって」と言われましたが、世に出したら評価されたわけですし。未来ドアの時も、社内から槍がいっぱい飛んできました(笑)。でも当時はこんなものと言われましたが、今は顔認証を入れたり、「もっと早くやれ」というスタンスになっています。まあ、今までやってきたものはみんなそうでしたね。

角氏:これからのHiLのチャレンジにも期待が持てますし、東さんのお話自体がエンターテインメントという趣でした。ありがとうございました。

【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】

角 勝

株式会社フィラメント代表取締役CEO。

関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。

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