企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発やリモートワークに通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。今回から、森ビルが東京・虎ノ門で展開するインキュベーション施設「ARCH(アーチ)」に入居して新規事業に取り組んでいる大手企業の担当者さんを紹介していきます。トップを飾っていただくのは、YKK APの事業開発統括部 統括部長の東克紀さんです。
東さんは、YKK APでAIや顔認証システムを搭載した「未来ドア」をはじめ、既存の窓やドアを中心としたビジネスの枠にとらわれない新規事業に次々と挑戦されています。その結果、活動が既存の枠からはみ出し気味となっていますが、そこにはちゃんとした理由があって、活動はそれぞれしっかりとした軸で繋がっています。前編では、YKK APにおける東さんのこれまでの活動と、新規事業をどう大企業内で進めていくかについて伺います。
角氏:先日テレビ東京とARCHの配信番組でご一緒させていただきまして、そこでのプレゼンを聞いて東さんの人物にとても興味を持ちました。いくつかインタビュー記事も読みましたが、新しいことに挑戦するだけでなく、会社の中で自分のやりたいことを通す戦略も持っていて、今回はそのあたりも伺えればと。まずは自己紹介からお願いします。
東氏:肩書としては、YKK APで事業開発統括部の統括部長を任されています。事業開発統括部の中には、事業企画部と事業開発部があって、それぞれの位置付けとしては事業企画部が起案、事業開発部が会社への落とし込みをおこなう役割を担っています。メーカーなので社内に落とし込む大変さがあるのですが、わかりやすくいうと、“楽しい”と“つらい”に分かれている感じですね(笑)
角氏:なるほどわかりやすい(笑)。ちなみに、つらい部分である事業開発部で会社への落とし込みをするときは、具体的にどういう感じになるのでしょうか?
東氏:まずYKK APとしては、窓やドア、エクステリア(窓やドア、玄関、バルコニーまわりを装飾する商品群)、室内商材が売れていくことが最終的な落とし込みになります。
角氏:はい。
東氏:その中でやはり新たなものを作ろうとした時に、今までわれわれは窓を作ってきたので、それ以外のものを作ろうとして事業の範囲を外してくると、社内では拒否反応が起きてしまいます。会社規模からも組織化され縦割り的なところが多くて、「それはうちの話じゃないよ」という話が始まってしまうんです。そこでいろいろなネタを持っていっても、物凄く成功している事例を付けていかないと拒否されてしまうわけです。
角氏:受け取り拒否ですね。
東氏:それをこじ開けてやっていくというのが大変なんです。まさにここ(ARCH)にいる大企業の新規事業部門の方々と共有している話ですけど、組織が大きければ大きいほど縦割りで、新しいテーマを出しても「今年は受け付けません」と跳ね返されてしまう。
角氏:僕はその受け取り拒否の話を、“ハンドオーバー問題”と言っているんですよ。どこでも新規事業の部隊の人たちが作った事業は、最初の段階では全然大きくないじゃないですか。仮に500億円規模の事業部があったとして、そこで1億円の事業が受け止められるかと。「その程度の事業にうちの貴重な人員を割けるか」となっちゃう。
東氏:そういうことですね。
角氏:そのハンドオーバー問題はどこでも起こっていますが、それをどうやって乗り越えようとされるのですか?
東氏:会社が主導して「こういう部署が必要だから」と部署を作って、新規にアサインした担当者に「任せたからやれ」という形だと、初めの1〜2年はかなり苦しいでしょうね。僕自身はこれまで、うちの会社がやっていないこと、たとえば「未来窓(Window with Intelligence)」や「未来ドア(UPDATE GATE)」とか、商品としては世に出していないものを世の中に告知していくという作業を大々的にやってきて、ある程度市場を活性化させ、窓に興味を持たせることにある程度成功してきた経験があります。そのなかで得た経験則としてお話しますと、まず会社の中で「なんかあいつら面白いことをやってるぞ」と思われるポジションを作ること。それともう1つ、やはり何をするにしても予算を確保することが重要になります。
そのため、「目立つ部分」と「実際に裏で稼ぐ部分」を2通り動かすんですけど、目立つ部分は短期的に目立たせる必要があります。要はその部署の存在価値を短期的に見せるために、テレビなどに積極的に露出して存在価値をアピールしていくと。そしてその裏では、本軸の事業となる部分が内密で動いているわけです。こちらは長期的な取り組みになりがちなのですが、だいたい2年くらい経つと「あいつら何やってるんだ」とか「無駄金を使っている」などと言われてしまうものです。そういうことを言われないようにまずレールを敷いて、ある程度予算をもらえる状態にして、本軸のところを何年がかりでやっていくという形で進めていくわけです。そのために、やはりアピール力が必要です。
角氏:なるほど。まさに未来窓や未来ドアは未来を感じますが、「これは凄い面白いよね」とみんなの目を引いて、興味を掻き立てるみたいなことをやりながら、下でまっとうに儲かりそうなシナリオを進めていくと。
東氏:そこが本軸なので。やはり会社のトップからすると、本軸をやらないと意味がないですから。ただ、新規事業における川上での目立つ部分、面白い部分も、そこから商品として落ちてくることも実際にありますし、会社にもたらす効果は全くないわけではありません。他にも、就活の学生が企業情報を検索したときに、YKK APにはこんな人がいてこんなことをやっているという情報が出てきますので、それを見て当社を志望する学生が増えて人材確保にもつながっています。
角氏:採用のためのアピールにもなっているんですね。
東氏:今の部門に入って2年目くらいから、僕らの新規事業の動画を人事が採用活動で使っていました。うちの会社は面白そうだと思ってもらえて、良かったなと思います。大企業で重要なのは、今後、新規の事業開発を推進する人材の確保、リクルートさんやDeNAさんを目指す学生さんは、そもそも会社に入る目的や意気込みが違ういますよね。弊社を目指す学生さんも入ってくる段階でそんな人材を確保しないとなりません。それには、未来窓など川上の取組みはほんと重要だと思っています。
角氏:未来窓をオープンにされた当初からの情報を見ていても、クラウドファンディング的に、「これは面白いよね」という人がどんどん集まってくる、テストマーケティング的な印象を受けていましたが、それは意図的にそうされていた?
東氏:もちろんそうです。どういうことが受けるのかが凄くよく見えましたし、今までやったことがない分野に挑戦し、うちのアナログ的な窓やドアに顔認証を入れたりAIを入れたりするので、違う分野の人もかかわってくるわけです。加えてそれを告知するリリースの方法などもこの5年くらいで学べて、打ち出しの方法は感覚を掴めるようになりました。
角氏:他分野とのかかわりということもあってだと思いますが、名刺でいうとYKK APの東さんという名前もありつつ、他の色んな顔も持っていらっしゃいますよね。これまでどういった活動をしてこられたのでしょうか。
東氏:元々は、YKK APの商品開発部に所属していて、技術者として15年くらい商品を開発していたんです。うちでいうと窓とかドアとかエクステリアとかあるのですが、たとえば、壁につくバルコニーとか手すりとか、そういうものの企画・開発をしていました。
角氏:本格的なモノづくり技術者だったわけですか?
東氏:そうです。CADソフトをいじって細かい部品図を描いたり、部品リストを書いてそれを手配できるようにするためのユニット記号を付けたり。1年半くらいの間に、いくつかテーマをもってどんどん世に出していくというサイクルで商品開発をしていました。
角氏:そうなるとデザイナー的な部分もありますね。つまり開発をしていても1つの自分が与えられた仕事にこだわらずに、そこからどんどんはみ出していっていろいろなことをやってこられたと。
東氏:そうです。普通企業の中では、技術者はモノを作ったら営業に渡しますが、僕はモノを作ったら自分で売りたいんです。だから作った後3〜6カ月は、お客様のところに一緒についていって、自分が作った商品を説明して受け入れられるか受け入れられないかというようなことをしていました。まあ、営業担当からすると邪魔くさい行動かもしれないですけどね。
角氏:普通だったら営業にトスしてやってもらう部分なのに、なぜやっていたんですか?
東氏:作ったものは自分の子どもみたいな感じなんです。その子がどう成長してみんなのところに巣立っていくか、そこが見られないのはつまらないですよね。逆に言えばお客様からはいろいろ言われます。なのでその後の改良もしなければならないのですが、そういうサイクルで開発してきた結果、当社の開発表彰を6回受賞しました。
角氏:それは今のアジャイル開発に似ていますね。主にIT分野の開発において、製品をリリースしていろいろな人の話を聞いて改良して精度を上げていくという。東さんはモノづくりのアジャイル開発をしていたんですね。
東氏:そうですね、それをアナログ式にやってました。普通は、企画がいて開発がいて営業がいて、それぞれ役割分担があって、開発者は企画担当者が作った企画書通りに作るものです。ただ僕がやっていたころは、企画の領域が弱かったので、いろいろと意見を聞いて自分で商品に厚みをつけていくようなことをしていました。僕は今でも、開発者は開発から販売まで一気通貫でやるべきだと思っています。自分が作った商品を責任をもって見ていくと、熱いものができる、開発者本人が世の中に必要な商品を産み出そうと言う意識が高まり仕事も楽しくなります。
角氏:そうですね。マーケットの本当のニーズもわかるし、それを踏まえて改良するサイクルを回せるようになりますしね。
東氏:そして、そこには人がいるんですよ。お客様のなかには何人かは「この人はセンスがある、鼻が利く」という人がいて、その人たちとつながることができるじゃないですか。その人の意見を重視すると、いいものができる。これは結局仕組みではなくて、人でつながっていくアナログなところです。さらにその人とは、ずっとお付き合いができる。でも今の状況では、うちの会社も他の会社もそうですけど、商品開発と販売の過程が分かれているために、お客様と開発者がつながらないんです。
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