コンビニ店長や酒造りを経て辿り着いた「無人決済店舗」--TOUCH TO GO阿久津氏の勝算 - (page 2)

藤井涼 (編集部) 日沼諭史2021年06月16日 09時00分
  • 一覧
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 Amazonはどちらかというと、リアルから自分たちのフィールドのECに引っ張ってくるという思想ですよね。おそらく一番難しいオフラインtoオンラインという世界。僕らはそれとは違います。世の中の電子マネー化が進んだとは言っても、駅ナカはまだ半分以上の人が現金で支払いますし、お客様全員がECサイトを利用できるわけではありません。特に生活必需品を売っているコンビニなどでは、日持ちが短いものや、その場ですぐ必要になるものを売っているので、ECとの相性が良くありません。

 だから、これからも「人の手で売る」「リアルで買う」場所はなくならないと思っています。今は労働力不足や人件費の問題からコンビニなどでたくさんの外国人の方がレジを打っているのを見ますが、いずれ日本より海外の方が人件費が高くなった時点で、外国人の労働力には頼れなくなります。そうなると、どこに行っても物が買えなくなるかもしれない。そうならないようにシステムの力で、人が少なくても便利に買い物できる状況をリアルで維持したいと思っているんです。

 都市部のコンビニで1日100万円規模の売上があるようなところは、きっとそのまま人が運営した方がサービスレベルもいいですし、利便性が高いでしょうから、それはそのままでいい。ただ、来店客や売上の規模が小さくて人手を使うとビジネスが成り立たなかったり、需要はあっても人を置けないような場所もあったりするので、われわれはそういったところに展開できるスキームやシステムになることを目指しています。

周りと対等に議論できる「圧倒的な実務能力」が大事

——そうしたシステムを、JR東日本の中ではなく合弁会社で展開しようと考えたのはなぜでしょうか。

 日本の有用なアセットは、ほとんど大企業が握っているような状況です。でも、それを生かそうとしても大企業の中だとスピードが遅くて物事が進みません。他方、スタートアップ側からすると大企業と協業するところまでの道のりがあまりに遠くて、途中で息絶えてしまう。

 そういうものを何度も目の当たりにしてきた僕らとしては、大企業のバックボーンを使って、スピード感を持ってビジネスをスケールさせていきたい。大企業並みの待遇とスタートアップ的な裁量をもって、スピーディーに物事を進めていこうというのが狙いです。

——JR東日本から起業する際には、やはり大企業ならではの苦労もあったかと思いますが。

 僕らがやっているスタートアッププログラムだと、本来は大企業のアセットを外部の企業に提供する形で協業するような形なので、「我がこと」としてビジネスをやるのとはちょっと違います。でも、TOUCH TO GOの事業は完全に「我がこと」として新しく会社を作るところからスタートしなければならないので、リスクが大きい。なので、それを踏まえてJR東日本に説明するのにはかなり苦労しました。

 「そんなの無理だろう」とか「成功確率を説明せよ」とか、それこそAmazon Goの特許に抵触していないかとか、単年度での収益化を求められたりとか……。大企業からしてみれば突っ込みどころ満載の事業なので、こういうビジネスってやはり大企業のなかでやるのには向いていないんですよね。だからこそ外に切り出して、スタートアップとして始めたというのがあります。

キャプション

——反対に、大企業という後ろ盾があるからこそのメリットや強みみたいなものはあるでしょうか。

 高輪ゲートウェイ駅の店舗のように、人の目に触れやすいところで実証実験を進められる状況を作りやすいのは、1つのメリットだと思います。システムを作ったところで、みなさんに実際に使っていただかないとその価値がどれくらいあるのかも、改善すべき箇所が何なのかもわかりませんから。多くの人が日常的に利用できるような場所で試せる環境にあるのは大きいですよね。

——実際に店舗として問題なく運用できるのか、という部分でも苦労されたのではないでしょうか。

 たしかに、高輪ゲートウェイの店舗もオープン当初は正直なところ不完全な状態でした。ただ、どれだけ事前に研究を重ねていたとしても、実際にローンチしてみないと改善すべき点は見えてこないものです。ですので、「70~80点取れるんだったら開けちゃえ」ということにして、あとは走りながら改善していこうと。それが一番早く進化できますので。それでも目指しているところから言えば、今はまだ頂上の見えない1合目から2合目あたりかなと思っています。

——あくまでもJR東日本からスタートした会社ということで、たとえばグループ会社が運営するNewDaysから先にシステムを導入しなければいけない、というような意向が働いたりはしなかったのでしょうか。

 大企業ってある意味、身内に厳しいところもあるんです。親会社から言われたからやりますとか、そういうものでもない。事実、NewDaysより先にファミリーマートの方が先に導入することになりました。ただ、むしろそうやって外部で認められた後に、グループ内で導入する形の方が受け入れてもらいやすいところもあるんですよね。

——なるほど、まず外で先に実績を作ってしまうと。ちなみに、無人決済システムにおいて現状課題と感じていることはありますか。

 まず古い法律に関わるところですね。食品を売るには食品衛生責任者がいなければならないとか、アルコール類の販売では対面で年齢を確認することとか。そこは無人化を目指すうえでは、僕の中では非常に大きなクリアすべきハードルだと考えています。

 でも、すでに申し上げた通り、僕らはどんなお店も無人化できるようなフルスペックのシステムをそもそもやるつもりはないし、できないと思っています。お弁当やおにぎり、飲料が1日10~20万円くらい売れるけれど、それだと人手をかけると赤字になってしまう。そういうマーケットを拾いにいきます。

 アパレルショップで服を買う時、人からちゃんと説明を聞いて、手で触ってみないと買う気が起きなかったりしますよね。でも、自販機の飲料のようにどういう製品かすでにわかっているものについては現物を見なくても買ってもらえる。そういう意味ではコンビニで扱うような商材は自販機に近いゾーンにあるわけですけど、自販機では食品があまり売れないということも考えると、やはり僕らのシステムで扱う商材の向き・不向きはあると思っています。

——この連載の共通の質問になりますが、大企業から新規事業を立ち上げるイントレプレナーにとって一番必要なことは何だと考えますか。

 圧倒的な実務能力だと思っています。事業を新たに始めるにも、実務がわかってないと回せないですし、実務がわかってないと最後まで責任を背負えないですし、現場の人にも相手にしてもらえないんですよね。会社として事業展開したときに、自分よりその分野に詳しい人は周りに五万といることがわかります。その人たちと対等に議論していかなければならないので、そういう意味でも実務がわかっていなければならないと思います。

 個人的には、知っていたり、聞いたことがあるだけよりも、やったことがあるというのが一番強いと思っています。これからやろうとしてることに対して造詣が深い、あるいはやったことがある領域が広いとか。僕の場合はコンビニの店長をやってお酒も造ったので原価計算はできますし、ポイントサービスを開発したので、そういったシステム的な部分もだいたい理解しているつもりです。

キャプション

 オープンイノベーションの取り組みでは、社内でいかにアイデアを通すか、というところもやってきました。既存の事業会社とスタートアップをうまくつなげるための方法もわかっています。事業を始めるとき、大企業のマネジメント層が何を知りたいのかも理解しているので、ファミリーマートさんと協業するときも、その時の経験が非常に役にたちました。

——それらは大企業に所属していたからこそ経験できたという……。

 たぶん反対ですね。通常、大企業のプロジェクトだと担当する箇所が限られた部分的なところだけで、全体像を把握するのがすごく難しいんですが、僕がこれまで手がけてきたプロジェクトはどれもメンバー2、3人の小さなプロジェクトばかりでした。最初から最後まで全部やらなきゃいけなかったので、それがいい経験になったんじゃないかなと思います。

——TOUCH TO GOの今後の展望を聞かせてください。

 先ほどもお話した通り、地方への展開も考えていますし、ゆくゆくは上場を目指して世界進出も狙いたいと思っています。

 また、日本は大企業がアセットを持っていることが多いので、それを切り出してスタートアップを作るのは日本に適したやり方だと思っています。周りを見渡すと、商社からカーブアウトした工業用資材ECのMonotaROしかり、ソニーからカーブアウトした医療情報サービスのエムスリーしかり、サイバーエージェントからカーブアウトしたMakuakeしかり。

 そんな風に日本では大企業発のスタートアップが多いので、われわれも上場を目指して頑張っているところです。そのためにも、2年後までにはスタッフの数を倍くらいにしなければいけませんね。

TOUCH TO GOのロードマップ
TOUCH TO GOのロードマップ

——ありがとうございます。それでは最後に、阿久津さんが尊敬する他社のイントレプレナーをご紹介いただけますでしょうか。

 レンズを使用しない顕微観察装置を開発するIDDKの代表である上野宗一郎さんです。東芝を退社してスタートアップを企業したのちに、東芝に出資してもらっています。スピンオフ後に一度離れた企業ともう一度手を組まれるという新しい形を体現しており、お話を聞いた時にこれからの新しい企業モデルになると思いました。形は違いますが大企業発スタートアップということで色々相談させてもらっています。

CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)

-PR-企画特集

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]