「快適な仕事環境」だけでは不十分--「理想のワーケーション」に不可欠な4つの基準

鈴木円香(一般社団法人みつめる旅・代表理事)2021年04月25日 09時00分

 全5回にわたるこの連載では、自身も東京と長崎県・五島列島をほぼ毎月のように行き来しながら「申込者の約4割が組織の意思決定層」というワーケーション企画の運営に携わり続けている、一般社団法人みつめる旅・代表理事の鈴木円香が、ビジネスパーソンに向けた超入門編を解説していきます。

 第2回は、「理想のワーケーション」に求められる4つの基準についてです。

「理想のワーケーション」とは?

 第1回で書いたように、コロナ前はフリーランサーなど一部の人が実践しているに過ぎなかった「超ニッチ」なワークスタイル「ワーケーション」が、新型コロナウイルスの蔓延にともなうリモートワークの浸透により、急速に誰もが実践しうるものになりつつあります。とはいえ、実際にワーケーションをしている人はまだまだ少数派です。

 ある調査によれば、ワーケーションの認知度は約70%、「ワーケーションをしてみたい」と回答した人は全体の約60%に上りましたが、実際の経験者はわずか7%。また別の調査でも、テレワーク導入企業の会社員のうち約60%が「ワーケーションに興味がある」と回答したものの、約70%はいろいろなハードルが考えられ「自社での導入の確率は低い」としています。

 一方、ワーケーションを誘致する側を見てみると、ワーケーション自治体協議会に加盟する全国の自治体数は、2019年11月の設立から2021年1月までのわずか1年強で、2.5倍の167に伸びています。都道府県に限れば約8割が加盟しているので、多くの地方自治体がワーケーションの誘致に強い関心を持っていることが伺えます。

 さらに新型コロナウイルスの蔓延による経営状態の変化から、旅行業界や不動産業界だけでなく、航空業界、広告代理店、出版・印刷業界、HR業界の企業も続々とワーケーション市場に参入しようと準備を進めています。

 つまり、ワーケーションに関しては、かなりの潜在的需要はあるものの、ユーザー側も、オーガナイザー側も、まだまだ実践数が少なく模索状態にあると言えます。

「いいワーケーション」の4つの基準

 したがって、どんなワーケーションが「いいワーケーション」なのか?その理想状態について、社会的にほとんどコンセンサスが取れていないのが現状です。

 やや手前味噌になってしまうかもしれませんが、今回は、コロナ前から長崎県・五島列島を舞台にビジネスパーソンを対象としたワーケーションを誘致してきた経験をもとに、「いいワーケーションの4基準」について書いていきたいと思います。

 「いいワーケーションの基準」は、大まかに次の4つにまとめられます。

基準(1):ハードとソフトのバランス
 →「通信環境の整ったハコモノ」以外の内容も充実しているか?
基準(2):価値観の異化レベル
 →「日常では味わえない多様な刺激」が受けられるか?
基準(3):参加者の能動性レベル
 →「自分から動ける人」がたくさん集っているか?
基準(4):地域との協業レベル
 →地域の人や企業も関わり、その土地ならでは魅力が味わえるようになっているか?

 ひと言に「ワーケーション」といっても、どこが主催しているかなどによりその内容は様々です。ここで紹介する4つの基準は、基本的にどんなスタイルのワーケーションであっても適用できるものと考えていただいて大丈夫です。

 では、簡単に4つの基準それぞれについて見ていきましょう。

基準(1):ハードとソフトのバランス
→「通信環境の整ったハコモノ」以外の内容も充実しているか?

 特にこの原稿を書いている2021年春時点で、国の助成金を活用してコワーキングスペースやテレワーク施設を改修・新設する動きが全国的にとても盛んになっています。またホテルや温泉宿などの宿泊施設に、執務スペースを増設したり、各部屋をワーケーション仕様に改修したりするための各種補助金も投じられ、着々と準備が進められています。

 そうしたことを背景に、コロナ収束後は続々と真新しいコワーキングスペースやテレワーク機能の充実した宿泊施設がオープンするでしょう。もちろん、こうした素敵な場所を訪れてみたい!という動機からワーケーションにチャレンジしてみるのもアリです。

 ただ、同時に意識していただきたいのが、コワーキングスペースや宿泊施設といった「通信環境の整ったハコモノ」以外の内容も充実しているか?という点です。つまり、基準(2)で触れるような「ソフト=体験」の部分も充実していて、その場所ならではの知的刺激が受けられそうかという点にも気をつけて旅先を選んでいただきたいのです。

キャプション:「ワーケーション=Wi-Fi環境が充実した施設」という連想が働きがちだが、オフラインで集中して普段やれないWORKをするという選択肢も。(撮影:廣瀬健司)
キャプション:「ワーケーション=Wi-Fi環境が充実した施設」という連想が働きがちだが、オフラインで集中して普段やれないWORKをするという選択肢も(撮影:廣瀬健司)

基準(2):価値観の異化レベル
→「日常では味わえない多様な刺激」が受けられるか?

 実はこの基準が、ワーケーションにおいて最も重要だと考えています。

 私たちには、日常生活の中で頭のてっぺんから爪先まで浸かりきってしまっている特定の価値観があるものです。たとえば、「時間は守らなくてはいけない」「平日は仕事をするもの」「人に迷惑をかけてはいけない」「仕事ができる人は尊敬に値する」「サービスや商品にはしかるべき対価を払うもの」などなど。そうした日頃無意識のうちに埋没している価値観を、一度つき離して客観視することを、心理学の用語で「異化」と呼びます。

 そして、この「異化」の体験を味わった時、人は「見える世界が広がった」と感じます。仕事のこと、お金のこと、家族のこと……自分には目の前の選択肢しかないと思い込んでいたけれど、実は他にもいろいろな選択肢が現実的なものとしてあったのだ。そういう気づきをワーケーションを通じて得ることで、「人生の幅」は確実に広がっていきます。

 たとえば、私が企画・運営に携わっている長崎県・五島列島のワーケーションでは、その不便な地理的条件にも関わらず、申込者の約4割を「組織の意思決定層」が占めます。東京から遠く離れた島に、企業の多忙な意思決定層がわざわざ出かけていく理由は、まさにこの「基準(2)」にあります。

 特に社会を変えていくような商品やサービスを考えたり、作ったりしているビジネスパーソンにとって、どんな価値観に基づいて仕事をするかはアウトプットに直結します。また経営層も拠って立つ価値観がなければ、不確実なVUCAの時代に企業を率いていくことはできないでしょう。どのような価値観を「よし」とするか、それを自覚することが重要なのです。

 その点で、この「価値観の異化レベル」という基準は、とりわけ社会や組織のしくみに深く関わるビジネスパーソンがワーケーションをする際に大きな意味を持ちます。

遠く離れた場所までワーケーションに出かけるなら、その土地でしか味わえない経験をしたい。(撮影:廣瀬健司)
遠く離れた場所までワーケーションに出かけるなら、その土地でしか味わえない経験をしたい(撮影:廣瀬健司)

基準(3):参加者の能動性レベル
→「自分から動ける人」がたくさん集っているか?

 ワーケーションでは、「訪れた地域の人」から得られる刺激も大切ですが、それと同じくらい「ワーケーションをする人」同士で与え合う刺激も重要な意味を持ちます。ここでいう「参加者」とは、家族や友人、同僚といった同伴者というよりも、同じツアー旅行を申し込んだ人や旅先で偶然出会った人を指しています。

 これまで筆者たちが手がけてきたワーケーションでも、異なる企業に所属している人同士、またはフリーランサーと企業に所属している人同士、またはフリーランサー同士など、旅先で出会った人の間で素敵な化学反応がいくつも起きています。

 最初はまったくお互いを知らなくても、一緒に「食事をした」「釣りや焚き火をした」「ドライブをした」といったことをきっかけに、仕事の話になり、「今やっている」あるいは「これからやりたい」プロジェクトは何かとか、得意なことは何かとか、この地域課題はこういうビジネスがあれば解決できるんじゃないかとか、話題は自然と広がっていきます。

 ワーケーション先でのこうした出会いが、ビジネスの世界でよくある「異業種交流会」と一番違う点は、「仕事が入口になっていない」点です。「次の仕事につなげたい」「人脈を広げたい」といった動機ではなく、ただただ「旅先での経験を楽しいものにしたい」という動機から共に過ごしているだけです。そこに変な打算や下心は入り込みづらい。そして、旅先で時間を共にしたことが信頼関係の土台となり、その後、一緒に仕事をすることになっても着手する前からある程度「気心が知れている」という状態を作ることができるのです。

 また、ワーケーション中にお互いの性格や人柄はもちろんのこと、想定外の事態に遭遇した時の反応や、地域の子どもやお年寄りとの接し方から、単に一緒に仕事をしているだけでは見えてこない「人としての器」のようなものも目の当たりにしています。仕事にも想定外のトラブルは付きものですから、「この人となら力を合わせて乗り越えられるだろう」という確信めいたものを持てることは大変な強みになります。

 その意味で、自発的に旅先や旅程を選び、ある程度の「投資」をして能動的に、貪欲に楽しもうとする仲間が集うワーケーションを選ぶことが大切になってきます。

基準(4):地域との協業レベル
→その地域の人や企業も関わり、その土地ならでは魅力が味わえるようになっているか?

 ワーケーションでは、普段は味わえない「その土地ならではの体験」がとても大事だと書きました。そして「その土地ならではの体験」の中でも最良の部分は、その土地で日々生活している「人」を通じてこそ味わえるものです。

 ワーケーション中に出会いうる人は、多岐にわたります。必ず接するのは宿のご主人やスタッフの方だと思いますが、他にも、食事処の人やそこのお客さん、タクシーやバスの運転手さん、コミュニティカフェやコワーキングスペースで働いている人などが挙がるでしょう。地方自治体が関わっているワーケーションであれば、市役所や町役場の人と接することもあるかもしれません。でも、本当はもっと多様な「人」とワーケーションを通じて出会える可能性があるのです。

 したがって、地方自治体と大企業だけで「空中戦」中心に繰り広げているワーケーションよりも、地域の人や地元企業もしっかり関わって細やかに「地上戦」が展開されているワーケーションの方が、出会える「人」の幅は広がり、豊かな知的刺激を受けられます。

 長くなりましたが、ワーケーションの肝は、日常生活の中では得られない知的刺激を滞在中いかにたくさん得られるか、にあります。今後ワーケーションに挑戦する際は、今回かい摘んでご紹介した基準(1)~(4)をぜひ参考にしてみてください。

鈴木円香(すずき・まどか)

一般社団法人みつめる旅・代表理事

1983年兵庫県生まれ。2006年京都大学総合人間学部卒、朝日新聞出版、ダイヤモンド社で書籍の編集を経て、2016年に独立。旅行で訪れた五島に魅せられ、2018年に五島の写真家と共にフォトガイドブックを出版、2019年にはBusiness Insider Japan主催のリモートワーク実証実験、五島市主催のワーケーション・チャレンジの企画・運営を務め、今年2020年には第2回五島市主催ワーケーション・チャレンジ「島ぐらしワーケーションin GOTO」も手がける。

「観光閑散期に平均6泊の長期滞在」「申込者の約4割が組織の意思決定層」「宣伝広告費ゼロで1.9倍の集客」などの成果が、ワーケーション領域で注目される。その他、廃校を活用したクリエイターインレジデンスの企画も設計、五島と都市部の豊かな関係人口を創出するべく東京と五島を行き来しながら活動中。本業では、ニュースメディア「ウートピ」編集長、SHELLYがMCを務めるAbemaTV「Wの悲喜劇〜日本一過激なオンナのニュース〜」レギュラーコメンテーターなども務める。

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