「常識を再定義するニュービジネスが前例なき時代を切り拓く」をテーマに、2月1日から約1カ月間にわたって開催されたオンラインカンファレンス「CNET Japan Live 2021」。2月8日には、ビジョナルの代表取締役社長である南 壮一郎氏を招き、「Visionalとして描く未来」と題したセッションを開催した。
2020年に株式会社ビズリーチからグループ経営体制に移行し、新たにグループ名をVisional(ビジョナル)とした同社。人材に関わる事業を軸に展開しながらも、現在ではM&Aや物流、セキュリティといった幅広い分野のプラットフォームやクラウド事業も手がけている。一見すると関連の薄そうな分野に事業領域を広げているようにも感じられるが、そこにはどんな共通点や戦略があるのだろうか。同社のビジネス創出の手法や、これからの展望について南氏が語った。
最初に、なぜグループ名をビズリーチではなくVisionalにしたのか。南氏は10年以上前の創業当時を振り返りながらその理由を説明した。1つ目の理由として挙げたのは、人材関連以外の領域にも事業が広がったことだ。
これまで同社は即戦力人材と企業をつなぐ転職サイトの「ビズリーチ」を手始めに、人財活用プラットフォームの「HRMOS(ハーモス)」、求人検索エンジンの「スタンバイ」など、HRテックと呼ばれる領域の事業を次々に開拓してきた。一方で、近年はこうしたBtoB向けのクラウドサービス、エコシステムのノウハウを他の分野にも応用するべく、事業承継M&Aプラットフォーム「ビズリーチ・サクシード」や、物流DXプラットフォーム「トラボックス」、オープンソース脆弱性管理ツール「yamory」を事業化している。
今後も特定の分野に止まらず事業展開していくうえでは、ビズリーチという人材・転職の印象を受ける社名のままでは成長の足かせにもなりかねない。そして、「10年以上前にマンションの一室で創業メンバー数人と仕事していたとき、今のような会社になるとは想像していなかった。であるなら、これから10年後も今から想像できないような会社になっていたい、という思いが強くあった」ことも理由として挙げる。現在の社員数は約1400名。「その全員がVisionalの創業メンバーになる」ことで、会社として再スタートする意識を従業員全員と共有したいという考えもあったようだ。
とはいえM&A、物流、セキュリティといった分野は、従来の人材分野からは遠く離れており、相互のシナジーが得られにくいようにも思える。しかし南氏は、「事業の作り方のフレームワーク自体がシナジー」になっていると強調し、同社における事業の作り方を詳細に解説した。それによると、最初は課題を見極めることが事業のスタートであり、徹底的な情報収集から始めるのだという。
「国や研究機関のレポートが日々出ている。それを読んでこの時代の社会における課題が何かを考える」のが第1段階。次に、それらの課題を頭に入れつつ、「世界中の先進市場でどういう動きがあるのか、もしくは似たような隣の業界でどんな進化や変革が起こっているのかを情報収集」し、最後に「日本で起こっている課題がどう解決されるべきなのか、市場にどんなプレーヤーがいて市場規模がどれほどあるのかを考える」。過去にいくつもの事業を創出してきたこうした手法そのものがシナジーになっている、というのが南氏の考えだ。
その後、本格的に新たな事業を起こす際に同社が基準としているのが、大きな市場ポテンシャルが存在しているかどうか、産業にデジタルトランスフォーメーションのニーズがあるか等に加え、「立ち上げた事業がそのマーケット、産業において新しいムーブメントを作れるかどうか」。ただ事業を立ち上げることを目標とするのではなく、ムーブメントを起こして「人の行動を変えること」「両足で自ら立ち、未来に大きくスケールすること」も大前提にしているという。
それが望めない事業なのであれば「立ち上げた後に撤退する」こともいとわない。課題をいち早く発見してスタートするため、当初は世間的なニーズが高くない場合もありうるが、「社会課題を見つけて事業を始めると、3~6年で時代が追いつく。課題が表面化して社会全体にとって切実な問題になってくる。そうすると追い風で業界全体が発展していく」のだという。事業を開始する時点でその段階まで見据えている、というのがVisionalの強みと言えそうだ。
さらに南氏は「ヒヨコが生まれること、インキュベートすることが重要なのではなく、新しく生まれた事業が、既存事業に頼らずに自分自身で生きていくことが重要」とも話す。事業を立ち上げた後の成長戦略も大事なポイントとなるわけだが、ここで重視しているのが「スケジュール」「フレームワーク(仕組み)」「規律」の3要素。「きっちりスケジュールを立て、中長期的には仕組み化するという目標設定を持ち、規律を持って動くこと」が必要だとしている。
これらを遵守するためにも、特に新規事業に関しては「やれることよりもやらないことを決めることが重要」だと南氏。さらに「スモールチームで始めて、ビジネスモデルがぐるっと回るまでだいたい3年。その間に何度もピボットするが、3年でスケール可能なビジネスモデルになっているか、一気にスケールするためのチームにできあがっているか」も大事にしているという。
加えて、ホールディングカンパニーの社長である南氏の関わり方は、事業のフェーズによって変わってくると話す。たとえばメンバーが30~50人程度の立ち上げ期フェーズでは二人三脚レベルで関わり、そこから300人程度までのフェーズであれば「伴走していく」。以降のフェーズでは担当責任者に一任することが多くなるとし、予算決定などの権限の移譲についてもそうしたフェーズに合わせて行っていると語った。
セッションの後半では、昨今のコロナ禍におけるVisionalの状況や、ビズリーチはじめ人材関連業界の環境などに話題がおよんだ。まず、緊急事態宣言の発出や在宅勤務・テレワークの増加によって、従来のオフィスの価値やあり方に変化が起きている件については、南氏はまだ「様子見」の段階だとした。
緊急事態宣言下である現在の同社オフィスの出勤率は15%程度で、ほとんどがテレワークに切り替わっている。しかしながら「中長期的にどうするか(オフィスを縮小・移転するのか)を決めるのはまだ時期尚早」と考える。その理由としては、とりわけ「若い人の育成は非常に大きな問題」だからだ。
「20代の頃ワンルームマンションで仕事をしていた自分のように、ベッドに腰掛けながら、膝の上にPCを置いてオンライン会議するのは本当に正しい仕事の仕方なのか」という疑問があると打ち明ける。「従業員の生産性を上げるために最適化された結果、今のオフィスというものになっている。何が正解なのか会社のみんなと話し合いながら、向こう2~3年で決めていきたい」とした。
なお、主軸の1つである人材関連事業の市場環境は、コロナ禍で少なくない影響を受けてはいるものの、南氏によると人材の領域によって影響には差があるという。日本の採用支援における人材領域は3つのカテゴリーに分かれており、1つは人材紹介会社がターゲットとしている30~50代のプロフェッショナル人材の領域、次が求人広告のターゲットとなる正社員・契約社員の領域、そしてもう1つが人材派遣の領域となっている。
これら3つの領域それぞれにおける上場企業の求人数や売上の公開データを見ると、プロフェッショナル人材の領域では昨年対比でマイナス5~6%程度と小さく、人材派遣領域についてはほぼ横ばいで推移。ところが正社員・契約社員の領域は同マイナス30%と大きく落ち込んでいる。先が見通しにくい状況のなか、固定費として重くのしかかる正規雇用の人的コストを抑えようという企業側の意識が強くなっているとも考えられるだろう。
そのような状況もあり、今後は働き方の変革が一段と進むことが考えられる。たとえばビズリーチでは2020年より、転職ではなく、副業・兼業という考え方での採用支援も推進している。「Visionalとしては、副業・兼業は稼ぎ口を増やすものというより、リカレント教育的な形で考えている」と南氏。「民間企業で培った経験・スキル・知識を、ある意味プロボノ(ボランティア)的に社会に恩返しする、もしくは自分自身を磨く機会にする、というのがわれわれが考える副業・兼業」とのことで、すでに多数の自治体、スポーツ協会などに民間企業の人材が関わり、「ムーブメントの1つになっている」と明かした。
これからは、こうした副業・兼業を含め人材の流動化はますます激しくなり、1つの会社に長く勤めるだけではなく、「会社を辞めるハードルが低い環境になる」と予測する南氏。「会社が従業員を選ぶ時代から、従業員が会社を選ぶ時代になる。そうなれば、経営者は考え方を変えなければいけない。企業が従業員にどう活躍してもらえるようにするか、それが企業の競争優位性そのものになる」とし、結果的にデータの解析・分析・活用を可能にするHRテックがますます浸透していく、と語った。
働き方や雇用の常識は、これから数年の間に何度も再定義されていくことになるのだろう。ただ、南氏は「未来にどうありたいか、どうあるべきなのか、強い願いをもつこと」が常識の再定義において重要なポイントになると考えているようだ。強い思いをもち続け、自分の信じる目標に向かって突き進めば、いずれはそれが社会の常識になる。ビズリーチが10年かけて体現したHRテックという新常識は、まさにそのようにして生まれたものなのかもしれない。
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