Clubhouseを始めてみて、昔懐かしい”ソーシャルグラフ”という言葉を思い出した。ソーシャルグラフとは、人と人との相関関係をデータ化(あるいは可視化)したもののことだ。
SNS中毒患者(失礼)はソーシャルグラフを形成するいくつかの数値の中でも、フォロワー数を異様なほど重視する。”俺様はこんなにもいろいろな人から興味を持たれてるんだぜ”という無言の自慢をするためだ。
その結果、トークルーム一覧には興味の持てない意味不明な部屋ばかりが見えるかもしれないが、彼らにとってそれはあまり重要なことではないのだろう。彼らにとって重要なことは、プロフフィールを開いたときに「あっ、この人、フォロワーが多い」というハッタリに使えるか否かだ。
”Clubhouseでフォロワー数が◯千人いる者です。今度一緒にトークルームを開設しませんか?”とメッセージをもらった初対面の方が、他のSNSでは数100人というケースも少なくない。フォロワー数でのマウントの取り合いが行き着く先は、相互フォローしてくれた相手を一斉削除することだ。
フォローされている数とフォローしている数がアンバランスだと「相互フォローでフォロワー集めたのね」と疑われてしまう。そこで自分のフォロワー数が目標値に近くなってくると、一斉に過去に相互フォローした相手を削り、あたかも”一方的にフォローを受ける立場”という形を作り、自分が獲得した数字をネタにコラボを持ちかける、というわけだ。
そして次のステップとして、芸能人とは言わないまでも、少しばかり名の知れた人々を探し、話しかけて相互フォローを促す。プロフィールにある「Followed by xxx(◯ ◯さんがフォローしています)」に、”へぇ〜っ”と思えるような名前を表示したいからというのがその理由。
本来、ソーシャルグラフとは、もっと複雑な人間関係を可視化するものだが、瞬間芸的に”この人はどんな人?”という部分で、わかりやすくフォロワー数という数字は使いやすいのだろう。
実にくだらない話ではあるが、それが新興サービスが生まれるたび繰り返されるいつもの風景。――なんてことを書いている中でも、相互フォローを目的としたトークルームは淘汰されてきている。そろそろ、いつもの香ばしい人々の”数字作り”も終えつつあるということだろうか。
そんな香ばしい自称・ライフハッカーたちを横目に、なんとなく興味のある部屋を訪れてみると、そこには場所と年代を超えた有益なディスカッションも数多く見られ、思わず頬を緩ませた。
先日はある出版社の経営破綻を発端に、趣味性の高い、あるいは文化性の高い領域の出版事業をどのように続けられるものか、といった議論がなされていた。
無論、Clubhouseで少しばかり議論したところで趨勢を大きく変えることはない。しかし誰かが何か、新しいことを始めるきっかけぐらいにはなりそうだ。
あるいは”今のうちだけ”なのかもしれないが、どこかで名前を聞いたことがある編集者や著者が名もない部屋に集まって話をしている。誰がどんな部屋にいるのか、見えてしまうのはClubhouseの特徴だ。
Clubhouseに”コッソリ”、”ヒッソリ”はありえない。いろいろなトークルームを渡り歩いていると「本田さん、今日もあのトークルームにいましたね」と、言外に”お暇ですか?仕事しなくていいの?”という問いかけを受けることになるが、これもお互い様。参加者全員は、どこかの部屋に入っていることを第三者に観られていると知るべきだ。
Clubhouseには特定利用者をブロックする機能はあるものの、プライバシー設定と思われる機能はほぼ存在しない(後述する一機能のみ存在するが”コッソリ”はできない)。
知人と秘密のトークルームを作ることは可能だが、コッソリと禁断の(?)トークルームに足を踏み入れたつもりでも、その情報はフォロワーたちに見えているのでご注意を。
セクシー女優が主催するトークルームに入っていれば、友人たちはその部屋にいることを知ることができる。Clubhouseでの会話はその時限り。いずれ消えてなくなるものではあるが、”その部屋にいた”という目撃の記憶は決してなくならない。
そんなClubhouseをある起業家は”露出狂が集まる場所”と表現した。
会話だけでも仕事になる実力のある人たちが、突如、無償で時間制限もさしてなく喋り始めたのだ。確かにそのマインドセットは”人前でしゃべりたい”という欲求なのかもしれない。
多くの人の心の中で存在感を持たねばならない、テレビ出演の多い芸能人や文化人ならば、そうした露出を好むことは理解できなくもないが、起業家や経営者が積極的に喋る様子は露出狂?を疑われても仕方がないかもしれない。
とはいえ、そんなフルオープンなClubhouseだからこその出会いもある。「どの部屋にいるか」「その部屋でスピーカーになっているか」という情報が可視化されているから、話したい人と偶然であったり、普段は聴けないトークを聴くチャンスに恵まれることもある。
先日はヒット曲を作ったことがある人のトークルームで、オリコンヒットチャートを賑わした著名人が他では聴けない話を展開し、そこに5000人(使用上の上限)の聴衆が集まっていた。企画でトークショーを行えば、きっと高額のギャラが発生したことだろう。
一方で”ソーシャル”というモードで開かれた部屋には、また違った趣もある。ソーシャルモードのトークルームは、モデレータとなっている人がフォローしている相手にしか部屋の存在が知らされない。筆者がベストセラーを連発する本の編集者が「スナック」と称して開くソーシャルモードのトークルームを訪問すると、そこには編集者を慕うベテランのコメディアンやベストセラー作家、あるいは新進気鋭の作家やライターたちが集っていた。
ゆったりとした時間の中での濃密なトークは、トークルームの主という”ハブ”を通しているからこそ。必ずしも深く知る人物同士ではないものの同じ空気感を共有しながら会話を楽しめる。まるで新宿ゴールデン街にあるバーのような時間が流れた。
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