バンドマンを目指して高校を中退し、ホームレスを経験しながらも、その後起業して1500人以上のエンジニアを抱えるに至った、異色の経歴をもつSun AsteriskのCEO 小林泰平氏。同社は創業から8年目となる2020年7月31日に東京証券取引所マザーズに上場を果たした。
主にスタートアップ企業をソフトウェア開発の側面から支援してきた同社だが、近年は大手企業との共同事業にも携わり、各国の大学と提携して学生向けの教育プログラムを提供するなど、新たな成長分野を開拓し始めている。2019年から2020年にかけて総額20億円規模の資金調達を実施してからの上場。公募価格に対して一時は4倍近い株価を記録したのも、同社の将来性の高さを反映してのことだろう。
CNET Japanでは、およそ1年前に小林氏にインタビューしているが、この1年間にどのような変化があったか。また、コロナ禍での上場や、ベトナム拠点を含めた今後の成長戦略などについて幅広く話を聞いた。
——まずは、上場おめでとうございます。コロナ禍での上場になりましたが、このタイミングについてどう考えていますか。
皆さんによく聞かれるんですが、上場ってだいたい2年以上はかかるプロジェクトですから、「よし、このタイミングだから上場しよう!」みたいなことはできないんですよね(笑)。我々としては、皆さんのご協力、社員の頑張りで、以前引いていたスケジュール通りに順調に進められたので、このコロナ禍においても無理に予定を変えることなくそのまま行きましょう、ということになりました。
IPOのタイミングによって調達額に差が出たりすることもありますが、そればかり気にしていると行くべき(投資すべき)ところで行けない。今は主軸事業をしっかり伸ばせていますし、予定通りこのタイミングでやりましょうと。コロナ禍でみんなの気持ちが暗くなっているなかで、僕らが少しでもポジティブなニュースを届けて、クライアント様やステークホルダーの方たち、あるいは世の中の人たちに、こんな元気な会社があるんだよという姿を見せていくのはいいことなんじゃないかと思いました。
——上場先にマザーズを選んだ理由は。ベトナム拠点の規模も大きいですが、海外マーケットという選択肢はありませんでしたか。
たしかに、一度シンガポールにホールディングカンパニーを置いていたこともありましたし、その時はシンガポールや香港のマーケットに上場することを考えたこともありました。でも、(現地のことは)全然わからないんです(笑)。上場のプロセスやノウハウってとても属人的で、みんな方法を知らないし、上場を経験した人だけしか知り得ない。そういうなかで、さらに言語もカルチャーも異なるマーケットに上場するのは相当ハードなことだなと。
だから、まずは自分たちが勝手を知る言語、カルチャーの日本でIPOしようという結論になりました。一度上場を体験してみて理解できたところもありますので、今後についてはいろいろな可能性を考えていきたいなと思っています。
——7月末の上場以降、社内や身の回りで変化はありますか。
特にないんですが、強いて言えばこれからはステークホルダー、多くの投資家の方たちが関わってくるので、その分インベスターリレーションに割く時間が出てくるのではないかと思います。それを除けば、社内の雰囲気やクライアント様との間に変わりはありません。意識的に変化を起こさないようにしているところもありますね。上場記念のパーティも大げさにやらないですし、なるべくいつも通りやっていこうと。
よく「上場はゴールじゃなくてスタートラインだ」と言われますけど、そもそもここに節目を作っちゃうのは僕ららしくないなとも思っています。ゴールでもスタートでもなくて、事業を継続していくなかでの単なる1つの出来事だと。とはいえ、大きな出来事ではあるので、社員のみんなにとってはいろいろな気持ちがあるとは思います。それでも、できるだけ波風を立てないように気を配って、平常運転しているつもりです。
——上場時に社員にはどのようなメッセージを発信しましたか。
国内の社員にはビデオ会議ツールを通じて伝えました。上場するとはどういうことか、という内容を話しながらも、僕らがやることは上場前後で変わることはないし、ステークホルダーが増えるということは仲間が増えるということだから、ポジティブに捉えて頑張っていこうと。ベトナムの拠点にいる社員には、今は国外へ行けないですし、オンラインで発信しようにも社員が千数百人いるので、今回は手紙を全員に送りました。
——株主が関わってくるとさまざまな考え方や意見が入ってくるかと思います。それによって、Sunらしさみたいなものが損なわれることはないでしょうか。
株主というステークホルダーが関わるのは、企業としての目標を成し遂げるためのガバナンスの意味もあります。でも、そもそも会社のビジョンに共感していただいていないとステークホルダーになるのは難しいと思うんですよね。ある意味応援してもらえているわけで、その声ってめちゃくちゃ嬉しいし、すごく力になるんです。
会社のビジョンに向けた僕らなりの計画を考えて進めていくなかで、何か本来の道から外れそうなことをしていたら、当然ステークホルダーの方からはいろいろな意見が来ると思っていますし、僕らはその意見を真摯に受け止めなければいけません。ただ、目標に向けて有言実行で着実に進めているなかで、何かを変えるべきと言われたときには、合理的な判断をしたいと思っています。
僕らはウソをつきたくないし、あくまでも自然体でやっていきたい。思考停止して「周りに合わせよう」みたいな考え方も持ちたくない。ありがたいことに大手企業からご相談を受けることが増えていますが、そういうスタイルでもみなさん受け入れてくださるんです。大手企業としては「むしろそれを求めているんだ」と。なので、ステークホルダーにはとても恵まれているなと思いますね。
——では、上場したからといって、小林さんがいきなり黒髪スーツ姿になる、みたいなことはないと(笑)。
そうですね。黒髪とスーツが似合う男になったらやるかもしれませんけど(笑)。
——新型コロナウイルスの影響について、多くのエンジニアを抱えるベトナムの拠点はどうだったのでしょうか。
ベトナムは新型コロナウイルスの影響を一番抑えられた国の1つとして評価されていますよね。ロックダウンもかなり早い段階に実施して、長期的な被害は全くありませんでした。僕らも、そのロックダウンが発令される3週間くらい前には全社員をテレワークにする決断をして、現地のスタッフが仕切って何のトラブルもなくやってくれたので、大きな混乱は特になかったですね。新しい働き方の体制作りや、社員のモチベーション管理などのメンタルケアも、しっかり準備できました。
ただ、みんな出社したいという気持ちが大きいようで、ロックダウンが解除された今は通常勤務です。今後、再びロックダウンするようなことがあるときは、その地域の拠点だけテレワークにするなど、個別に対応するつもりです。
——ベトナムと日本とでテレワークの意識について違いは感じましたか。
そこはなかったですね。というか、彼らはこれまでも日本とずっとリモートでやりとりしているじゃないですか。だから、むしろ彼らの方が適応が早かったというか、何も変わらないというか。
でも、ベトナムの人たちは会社や、出社することが好きで、それがなくなることによるメンタル面への影響を日本側では気にしていました。テレワークするにもご家族の協力は不可欠ですし。なので、社員だけじゃなく家族もハッピーな気持ちになってもらえるように救援物資を送ったんですが、実用品以外にジョークグッズみたいなものも入れたりしました(笑)。
それとは別に、テレワークでは、時間を決めてミーティングするような必然的なコミュニケーションには困りませんけど、偶発的なコミュニケーションが失われてしまうので、ここはかなり大きいなと思いました。以前はなにげない話から企画が立ち上がったり、事業を進めるうえでのヒントになったりしていたんですよね。そういうこともあって、偶発的なコミュニケーションを活性化する取り組みもしました。ステイホーム期間中の面白写真コンテストとか。
とにかくコミュニケーションの量を増やすようにした結果、社内サーベイでも概ねパフォーマンスが落ちたとか、メンタル面でネガティブになったとか、そういうことは見受けられず、しっかり対応できたのかなと思います。この機会にオンラインでのコミュニケーションに便利なツールをいくつか見つけられたのもポジティブなことでした。
——前回のインタビューからちょうど1年が経ちましたが、その間にはいろいろな動きがありました。たとえば、2019年11月には日本マイクロソフトと連携して、企業の新規事業開発を一気通貫で支援することを発表しました。
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