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アフリカ現地レポート

アフリカから情報発信しつづける日本人--「ルワンダノオト」竹田氏の原動力

藤井涼 (編集部)2020年06月19日 09時00分
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 フツ族とツチ族の民族対立をきっかけに、約80万人が虐殺された1994年のジェノサイドから26年が経ち、「アフリカの奇跡」と呼ばれるまでに経済発展を遂げている東アフリカの内陸国「ルワンダ」。同国に移住し、現地の情報を発信し続けている日本人がいる。日本とルワンダをつなぐメディア「ルワンダノオト」などを運営するAfrica Note代表の竹田憲弘氏(31歳)だ。

Africa Note代表の竹田憲弘氏
Africa Note代表の竹田憲弘氏

 竹田氏は、新卒で大手お菓子メーカーに入社後、青年海外協力隊に参加。その後、ルワンダへと移住した。現地では、ルワンダに訪れる日本人向けのツアー業や、日本語での情報発信をしている。なぜ、日本から遠く離れたアフリカ、それもルワンダという国にたどりついたのか。そして、現地から日本向けに情報を発信し続ける原動力はどこにあるのか。今後の展望なども含めて、竹田氏に思いを聞いた。

 なお、このインタビューは3月上旬にルワンダ現地で実施したものとなる。新型コロナウイルス感染症が世界的に広がっている現在はツアー業が実施できないため、代わりにオンライン講座を日本人向けに展開しているという。記事の後半では、その内容について追加インタビューした内容をお届けする。

青年海外協力隊で活動後にルワンダに移住

——まず、ルワンダでどのような活動をされているのか教えてください。

 仕事としては旅行業と情報発信が中心です。旅行業の中には3種類ありまして、1つ目がスタディツアーですね。主に大学生向けに、ルワンダの歴史や文化、ビジネスについて教えたり、ルワンダに住んでいる起業家や国際協力関係の人たちと勉強会を開いて、参加者がさまざまな生き方や働き方について学べるツアーになります。

スタディツアーの様子
スタディツアーの様子

 2つ目が、個人向けの旅行コーディネートですね。これは1人とか2人とか少人数の予定や予算に応じて、その人だけのオーダーメイドの旅行を企画して、ご提案をしています。最後に3つ目が、団体や法人向けのコーディネートです。この3つの軸でツアー業を展開しています。

 もう1つの仕事が情報発信で、こちらはそこまでマネタイズを目的にはしていないのですが、「ルワンダノオト」というルワンダの情報は大体網羅したブログを運営しています。そこを軸に最近はYouTubeなどにも力を入れています。ルワンダについて調べてもらったときに、僕のツアーだったり僕自身のことを知ってもらって、それを本業のツアーにつなげていくというスタイルをとっています。

ルワンダ情報サイト「ルワンダノオト」のトップページ
ルワンダ情報サイト「ルワンダノオト」のトップページ

——確かにルワンダに行く前に現地の移動手段やSIMカードの契約方法などについて検索すると、とにかく竹田さんの記事がよく見つかりました。同国の日本語での情報はほとんどなかったので事前リサーチの際にとても助かりました。続いて、どのような経緯でルワンダにたどりついたのか教えていただけますか。

 大学を卒業して新卒で大手お菓子メーカーに入社しました。仙台の支店で3年間働いたあと、会社を辞めて青年海外協力隊に応募しました。これに合格して、初めて派遣された国がルワンダでした。なので、もともとボランティアで、2016年1月から2018年1月までの2年間、ルワンダで活動していました。協力隊での活動が終わって一度日本に戻り、結婚や起業の準備をして2018年の9月にまたルワンダに戻ってきたという流れです。

ルワンダの中学校で衛生啓発のワークショップをしている様子
ルワンダの中学校で衛生啓発のワークショップをしている様子

——なぜ、ルワンダに戻ることにしたのでしょう。

 実は協力隊に応募した時点で、派遣された国で起業したいと思っていたんです。大学生の頃から、単に利益を追求するだけではなく、困っている人の問題を解決できるような、いわゆるソーシャルビジネスとか貧困層向けビジネス(BOPビジネス)をやりたいずっと思っていました。

 でも、誰に対して何の問題をどう解決するかというアイデアが一切なくて、ただ意識が高いだけの奴だったんです(笑)。それで、何かしら自分が情熱を捧げられるような問題とか人に出会えるんじゃないかと思い、協力隊に参加することにしました。

 そして、協力隊で実際にルワンダに2年間暮らす中で、現地の治安の良さや、ビジネスのしやすさなどを感じ、これだったらできそうだなというビジネスがツアー業だったので、ルワンダに戻って起業することにしました。

大学や会社員時代のボランティアが転機に

——ソーシャルビジネスに興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか。

 考え始めたのは大学3年生の頃ですね。就活をしていた2011年に東日本大震災が発生したんです。自分自身もこれから社会に出てどんな仕事ができるのか、どんなふうに社会に役立てるのかを考えていたタイミングでしたが、震災によって世の中的にもボランティアなどソーシャル系の活動の価値が見直された時期でした。社会起業家という言葉も徐々に聞くようになり、自分も社会的な意義のある仕事をやりたいと思うようになりました。

 とはいえ、いきなり起業をしようとかは全く考えておらず、当時は何となく大企業に就職できたらいいなという、普通の大学生でした。それから大学4年生の時に内定が出た後に、夏休みにタイのボランティアに行ったんですね。その時に初めて国際協力とか国際交流みたいなものに携わりました。

タイのボランティア先で子どもたちと
タイのボランティア先で子どもたちと

 タイのボランティアに参加した理由は、子どもと関わりたいと思ったからです。就活でお菓子メーカーを志望した理由が、その企業が掲げていた、子どもたちに貢献するというビジョンにすごく惹かれたことでした。けれど、自分はあまり子どもと関わった機会がありませんでした。何となく自分は子どもが好きだと思っていたのですが、その実体験がなかったんですね。

 そこでボランティアに参加し、本当に自分は子どもが好きなのか確かめに行きました。僕らが参加したNGOは、タイで麻薬の売買などを防止するために活動しているのですが、大学生のボランティアはそこまでシリアスなところには踏み込めないので、そういうことを未然に防止するために教育の質を高めましょうということで、現地の小学校に行って日本語の授業や日本文化の授業をさせてもらいました。

 トータルで1カ月以上いたのですが、現地の子どもたちはすごく喜んでくれました。お別れするときには、覚えたての日本語の手紙をくれて、そこには「また来てね」とか「愛してる」とか書いてありました。それがすごく心に残っていて、ボランティアにいったのですが、むしろ学ばせてもらったり、与えてもらったことの方が大きかったですね。それが国際協力に興味を持ったきっかけでした。

——最初に就職した会社は3年間で退職されていますが、会社員時代はどのようなことをされていたのでしょう。

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