麻倉怜士の新デジタル時評--ポスト有機ELの本命「Crystal LED」の高画質に迫る - (page 2)

映画スタジオに導入されつつある理由

 ソニーが「CES 2020」の会場で展示したCrystal LEDの2つの取り組みは、いずれも映画製作現場での活用だ。1つは「感動制作」。クリエイターが編集現場で使うモニターとしてCrystal LEDを使う。

 すでにソニー・ピクチャーズエンタテインメント(SPE)のスタジオには、4K解像度、220インチのCrystal LEDがインストールされ、これを用いた映像製作がスタートしている。もともと現場では、ソニーのマスターモニター「BVM-X300」が導入されていた。編集作業はこの30型の4K有機ELマスターモニターを見ながら行われている。しかし、映画館を想定した大スクリーンに映し出してみると、どうもイメージが違う。それであれば、実際に大きな画面で作ったほうがいいと、現場におけるマスターモニターの大画面化が始まっているというのだ。

 ソニービジュアルプロダクツ 技術戦略室主幹技師の小倉敏之氏が説明する。「2019年のNABショーで8KのCrystal LEDを展示したときにデモ用の映像を作ったが、その制作を担当したクリエーターは、実際に8Kの大きさの440インチで観たらイメージしていたものと印象が違うということだった。そこでグレーディング作業を何回もやり直して、やっとあの大きさで満足いく表現ができる映像にした」

 実際に作業してみると、その差は歴然。30インチのモニタを使ってグレーディングすると、目の前のディスプレイでは最適化していても、大きくなるとイメージが違う。そこで現在は、手前にX300、奥にCrystal LEDを置き、どちらも見られる環境を構築している。Crystal LEDで編集作業をすると、映像のリアリティや感動量、情報量、迫力が全然違って見えるという。

 映画は映画館の大画面での上映を前提とした映像作品。ならば大画面でつくらなければならない、という方向に映画スタジオが変わりつつある。それもCrystal LEDの高画質性と大画面性のゆえだ。つまりCrystal LEDが持つ画質力、リアリティがプロのクリエイターを動かしたということだ。

 小倉氏は「テレビの進化は画質と視野占有率の2つが大きなポイント。画質面ではX300もCrystal LEDもほぼ同じ。しかし視野占有率は画面が大きければ大きいほど、人が受け取る感動量が増える」と説明する。

 これは圧倒的な真理で、テレビの解像度がSDからHDに上がった時も21インチのテレビが30~40インチに大きくなった。加えてアスペクト比も4対3から16対9に変わり、視野占有率は大幅に向上した。2Kから4Kも同様に画質が上がり、テレビのサイズも50~80インチへと大きくなった。画面サイズが大きくなるとともに視野占有率は上がり、感動量が増えるのである。もちろん画質も重要だ。

 もう1つのCrystal LEDの取り組みとしてデモンストレーションされていたのが「バーチャルスタジオ」だ。これはテキサスにあるソニー・ピクチャーズの古いビル敷地内の一角を実際にスキャンし、高解像度の3Dデータとして取り込み、バーチャル制作セットとしてブース内に再現したもの。8K×4K(10m×4m)のCrystal LEDディスプレイに背景映像を映し、手前にはカメラを配置。カメラはドリーの上に設置され、その動きにあわせて背景映像がリアルタイムに変化する。こうしたことが可能なのもCrystal LEDの高画質ゆえだ。撮像側のカメラ性能はどんどん上がっているので、背景がフェイクだとすぐにばれてしまう。だから、このしつらえはCrystal LED以外に考えられない。

バーチャルスタジオ。Crystal LEDに映し出されたリアリティ感あふれる背景
バーチャルスタジオ。Crystal LEDに映し出されたリアリティ感あふれる背景

 バーチャルスタジオと聞くと、ブルーバックセットを思い浮かべるが、それとは内容は段違い。実際にカメラが移動すると、それに合わせて背景の見え方も変化し、デモンストレーションでは風に吹かれる落ち葉、自然な立体感を表現する建物などが忠実に再現されていた。スタジオ内には、移動するカメラをセンシングして、カメラの位置に応じた背景映像をその都度データベースから引き出して合成しているとのこと。非常に高いリアリティ感が得られ、臨場感が強い。

 さまざまな背景のデータを保存しておけば、実物のない場所でもその映像を使って撮影ができる。ブルーバックとは異なり、照明の反射などがなく撮影しやすいこともメリットだ。 すでにSPEでは「SHARK Shark TANKTank」というバラエティ番組のセットで、このバーチャル・スタジオ技術を使用している。

 さまざまな背景のデータを保存しておけば、実物のない場所でもその背景を使って撮影ができるようになるという。ブルーバックとは異なり、照明の反射などがなく撮影しやすいこともメリットだ。

モジュール構造ならではの課題、大きさをクリアできるか

 クリエーターの現場で使われ始めたCrystal LED。現在の課題は大きさだ。Crystal LEDは、微細なLEDをRGB構造にしてモジュール(ブロック)に収納し、そのモジュールを縦横に重ねることでディスプレイとして成り立つ。

 そのためブロックの数が多ければ多いほど高画素になり、画面も大きくなる。資生堂の最先端研究施設「資生堂グローバルイノベーションセンター」では、16K×4K(19.3m×5.4m)のCrystal LEDを導入。三菱自動車工業でも5K×2.5K(7.3m×3.2m)を「四輪R&Dセンター」に設置している。

 私が欲しいのは家庭用のCrystal LEDだ。現在家庭用ディスプレイの主流は40~60インチだが、Crystal LEDで家庭用の60インチモデルを作るのは相当難しい。なぜかというと、Crystal LEDの画素そのものは、もの凄く小さいのだが、間隔が1.26mmあり、4K解像度を実現するには220インチと、8Kは440インチになる。なので、このピッチを狭めることが、今後の展開には重要だろう。ただ、業務用から始まって家庭用にいかないものはない。いつかは家庭向けモデルが出てくると信じている。1インチ1万円で100インチ、100万円の8KのCrystal LEDディスプレイを期待している。

Crystal LED同様、マイクロLEDを用いたディスプレイは韓国、中国メーカーもすでに手掛けている。写真はサムスンの「The Wall」
Crystal LED同様、マイクロLEDを用いたディスプレイは韓国、中国メーカーもすでに手掛けている。写真はサムスンの「The Wall」

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