オーディオ&ビジュアル評論家麻倉怜士氏が、注目機器やジャンルについて語る連載「麻倉怜士の新デジタル時評」。今回は、新世代に突入し、オーディオの新しい楽しみ方として注目されるアクティブスピーカーについて紹介する。少し前はPC用として、最近はスマートフォン用のワイヤレススピーカーとして知られる「お手軽スピーカー」だが、技術の進化とともに本格オーディオ用の弩弓のアクティブスピーカーが登場した。
9月に独ベルリンで開催された「IFA 2019」のソニーブースには2つの目玉があった。1つが音に包まれる音楽体験「360 Reality Audio」の技術展示、もう1つがニアフィールドパワードスピーカーの「SA-Z1」だ。後者の試聴ブースには多くの人が訪れ、行列ができている状態。聴いた人は「解像度が高く、今まで聞いたことのないオーディオ」と高評価を口にした。
アクティブスピーカーとは、アンプを内蔵したスピーカーのこと。通常のオーディオシステムは音を再生するプレーヤー、アンプ、スピーカーの3点から構成されるが、アクティブスピーカーは、このアンプとスピーカーが一緒になったものだ。オーディオファンからすれば、機器を組み合わせる楽しみがひとつ減ってしまうこともあり、あまり人気のなかったオーディオ機器の1つだ。
今回登場したSA-Z1は、アクティブスピーカーのハイエンドモデル。ニアフィールドとは「近接聴」の意味で、数メートル先にあるスピーカーの音を聴くのではなく、机の上にスピーカーを置いて、箱庭的な音場を近くで聴くというものだ。ソニーは、このニアフィールドパワードスピーカーで、新しいオーディオ分野の開拓を狙う。
昨今、若者がオーディオを聴く環境は、ほとんどがヘッドホンになってきている。そもそもヘッドホン文化はソニーが「ウォークマン」で作ったものだが、それが市場に浸透しすぎてスピーカーに音楽ファンが戻ってきてくれないという問題が生じている。特に若年層にこの傾向は強く、スピーカーでオーディオを楽しむ環境を広めなければという危機感もあった。
オーディオの本領が発揮されるのは空気中の音を聴くことだ。耳に密接しているヘッドホンやイヤホンでは、空気中の音を感じとれず、直接音を聴いているのみだ。とは言っても、大きなアンプやスピーカーは、設置場所を確保せねばならず、今や限られたオーディオファンだけのものになった感がある。発想を変えて、ヘッドホンユーザーが楽しめるコンパクトな、そして高性能なスピーカーを作ろうと考えた成果がSA-Z1なのだ。
まず、スピーカーでもヘッドホンユーザーが好むような音質に仕上げようと、解像度を高めた。解像度はヘッドホンユーザーの拠り所とも言える部分で、ここでヘッドホンの善し悪しが決まっていると言っても過言ではない。しかし最近のソニーの「ウォークマン NW-ZX1」やハイエンドプレーヤーの「DMP-Z1」は、解像感に加え、音の広がり感も意識したモデルであり、この広がり感が欲しいユーザーが増えているのも事実。
サイズはコンパクトを目指した。机の上に置けるデスクトップサイズにすることで、机の上にステージが展開することを狙った。こうして作られたSA-Z1は、単に音が良いオーディオというだけでなく、オーディオ市場のあり方を変革しようという戦略的な目論見も持つ。
プロジェクトリーダーを務めたのは、ソニー V&S事業本部消費設計部門商品技術1部の加来欣志氏。著名なスピーカー技術者で、2006年に発売されたフロア型スピーカー「SS-AR1」も手掛けている。開発の当初は、かなりヘッドホンユーザー寄りになり、解像度は非常に高いが空気中の音の広がりがいまひとつ感じられない音になっていたが、改善を重ねることで、ノイズが少なくクリアな、とても良い音に仕上がった。解像度だけでなく、トータルな音質向上が得られた。SA-Z1で音楽を聴くと、机の上がステージに変わり、ミニチュアの楽団が音を奏でているような、臨場感を得られる。
SA-Z1の登場は、アクティブスピーカーの立ち位置も変えた。今まではPCの音をモニターするもの、あるいは一部のハイエンドブランドが作っている高級スピーカーというイメージだったが、オーディオシーンにおいてアクティブスピーカーに「本格スピーカー」という新たな選択肢を与えた。その分、価格もすばらしく、発売される際は80万円程度となる予定というが、いくつもの革新的な技術が搭載され、大変高度なシステムに仕上がっている。
その1つが、高音用のトゥイーターを3つ縦に並べて配置した「I-Array方式」の採用だ。これはメイントゥイーターの上下にアシストトゥイーターを配置した構成で、音像はメイントゥイーターから一点音源として再生される。低音用には、振動板を対向に置いた「Tsuzumi(鼓)方式」を用いた。音場を確実に形成し、音像を正確にピンポイントで定位させるための工夫だ。
メイントゥイーター、アシストトゥイーター、メインウーファー、アシストウーファーの各ユニットは、各各独立したアンプで駆動される。各アンプはアナログとデジタルのハイブリッド構成のため、内蔵アンプは計16チャンネルに及ぶ。
これほどアンプが多いと、駆動時に時間軸がずれてしまう恐れがあるが、SA-Z1では、スピーカーユニットの時間軸をFPGA(field-programmable gate array)というプログラム可能な集積回路を使って独立制御。これにより時間軸を完全に揃えた。これぞ文字通り技術の塊と言える仕上がりだ。
しかし再生する音は技術で作ったようなメカニカルなサウンドトではなく、豊かな音楽性が感じられ、生命力に満ちている。点音源からまさに湧き出ているような、生まれたばかりの新鮮な音を再生する。
SA-Z1はその形もユニークだ。スピーカーユニットのすぐ後ろにアンプを配置しており、これまでのオーディオ装置としては見たことないスタイル。ソニーはウォークマンを開発し、音楽を聴く場所を解放した。それまではオーディオ装置の前にいないと音楽を聞けなかったが、音楽を持ち歩けるようにした。SA-Z1は音場を開放した。大きな空間で音楽を聴くだけでなく、小さな場所で聴く音楽の楽しさを教えてくれる。これまでの音楽ファンに新体験を与えてくれるスピーカーだ。
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