昨年から今年にかけて、デジタルマーケティング業界の潮流が大きく変わり始めている。それは、おそらく、多くの人が肌で感じていることだろう。私には、大きな3つの流れがあるように見えている。
一つは、昨年3月出版の『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』が注目され、元経済産業大臣 世耕弘成氏までもが推薦文を寄せるほどに、デジタル領域では常識的な考え方になったことだ。
アフターデジタルとは、リアル世界がデジタル世界に包含され、それがデフォルトになってしまう、ということだと思う。これは、ビジネス領域だけではなく、IoTなどの普及で我々の生活全体がアフターデジタルな世界になり、社会全体を巻き込んでいく。
つまり、人類史における根本的な環境変化だ。このアフターデジタル時代のビジネスで生き残るには、ユーザ・エクスペリエンス(UX)がキーになる。言い換えれば、「データを正しく」UXに還元する能力が企業の生死をわける。
主著者である藤井保文氏が所属する株式会社ビービットでは、この生き残るための能力のことを「UXインテリジェンス」(参照:「UXインテリジェンス – アフターデジタル時代のデータ活用スタンダード」)と呼んでいるようだ。
二つ目は、データの扱いが大きく変わってしまったことだ。日本の就職ポータルサイトの内定辞退率問題で行政指導が入った。これは、政府からの明確なメッセージだった。適切にユーザの同意・許諾を取り、「データを正しく」利活用しなければ、違法になり得る。
2018年のヨーロッパのGDPRが流れを作った。アメリカのカリフォルニア州CCPA(2020年1月から施行)が追従した。そして、日本でも今年、個人情報保護法が改正される。その対象は、日本の全ての企業になる。デジタル広告業界や大手IT企業だけの話ではない。これは、法的に、根本的な環境変化だ。
この法的環境変化に対する動きはすでに始まっていて、そのビジネスモデルの一つが日本では「情報銀行」だ。たとえば、広告業界では、電通グループの「株式会社マイデータ・インテリジェンス」が、大規模な「情報銀行トライアル企画」を昨年スタートした。
三つ目の潮流は、新しいインテリジェンスの模索が始まっていることだ。2015年、『ロボットの脅威 ―人の仕事がなくなる日』が世に出て、フィナンシャルタイムズ&マッキンゼー主催「ビジネスブック・オブ・ザ・イヤー」を受賞した。
ちょうど同じ時期に、NHKスペシャルが「シンギュラリティ」(技術的特異点:2045年には、コンピューターが人間の知性を超える)というレイ・カーツワイルの仮説を取り上げた。
このテクノロジー脅威論は、Facebookのマーク・ザッカーバーグが主張した「ユニバーサル・ベーシック・インカム」(2017年のハーバード大学の卒業式スピーチ)など社会保障改革論に火を点けた。
さらに、雇用や所得だけの話にはとどまらず、様々な社会不安が噴出した。たとえば、中国などの全体主義的監視社会、データそのもののバイアス、あるいは、軍事ロボット開発などだ。
このような社会不安を受けて、2018年、Appleのティム・クックがブリュッセルでスピーチをした。彼は、「personal information is being “weaponized against us with military efficiency.”」(参照動画)と、過激な表現を使った。
そして、GoogleやFacebookとは一線を画し、Appleは個人データを大切に扱うと宣言した。「データを正しく」使って、Appleのユーザ(顧客)との関係性を適切に構築する。
それは、自社の利益第一ではなく、Appleの顧客体験、つまり、ユーザ・エクスペリエンス(UX)を最優先にする姿勢であり、日本の就職ポータルサイトのように勝手に外部に販売したりしないというブランド・プロミスだった。
このティム・クックのスピーチを聞いたとき、「まだまだ Artificial Intelligence だけではダメなんだ。Human Intelligence が必要なんだ」と私は感じた。あるいは、「Artificial Intelligence が脅威になってきたからこそ、Human Intelligence の重要性が問われている」と言い換えてもいい。
なぜなら、データやテクノロジーだけの話ではなくて、ブランド・プロミス、あるいは、個人データに対するブランドや企業の姿勢について、ティム・クックは話していたと思うのだ。
つまり、どのように Artificial Intelligence を使いこなし、どうやってGoogleやFacebookとの差別化を図り、どんな関係をユーザ(顧客)と築いていきたいのか? その決定ができるのは、いまのところ、人間しかいない。
だから、人間の知性が問われている。テクノロジーがますます進化する時代の、Human Intelligenceが、それぞれの企業にとって大事なはずだ。
企業だけではなく政府レベルでも、Human Intelligence の再検討が始まっているようだ。元CIA(Central Intelligence Agency)の高官が書いた、『The Future of Intelligence』(未邦訳)という本が2017年に出た。
この本では、ビッグデータや人工知能、そして、エドワード・スノーデンの暴露事件などに言及しつつ、アメリカ政府としての未来のインテリジェンスについて論じられている。
つまり、アフターデジタルという社会的変化、GDPRというデータの法的変化、そして、人工知能などの技術的変化が、ビジネス領域だけではなく、政府の諜報機関のインテリジェンスにまで、インパクトを与えているのだ。
そして、身近なところでは、『文系AI人材になる: 統計・プログラム知識は不要』という本が昨年12月に出た。この本の趣旨は、AIに仕事を奪われる前に、AIを使いこなしてしまえばいい、ということだと思う。
「AIとの『共働きスキル』を身につける」ことを強調している。私たちがAIに対抗するための、あるいは、個人として生き残るための、 Human Intelligenceを扱った本だと考えてもいい。
個人レベル、企業レベル、そして、政府レベルのそれぞれで、Artificial Intelligence に対して、これからの Human Intelligence はどうあるべきなのか。その模索が始まっていると思う。
ビービットが掲げる「UXインテリジェンス」にも、電通グループの「マイデータ・インテリジェンス」 にも、「インテリジェンス」という単語が含まれている。私は、これは偶然ではないと思う。
おそらくは、アフターデジタルという社会的環境変化の中で、UXをどのように再構築するべきか? あるいは、データ関連の法的環境変化を意識しつつ、個人データをどのように扱って再構築するべきか?
さらに、Artificial Intelligenceに対してのHuman Intelligenceとはどうあるべきなのか?それらがすべて、再構築される時代を迎えているのではないか?
要するに私の解釈では、世界を変える3つの潮流(「ユーザ・エクスペリエンス(UX)」、「データ」、「インテリジェンス」)がある。
そして、その再構築を先取りするプレーヤーが次世代の種子を撒き始めた。GAFAの中でも、方針が微妙に異なる。欧米と中国の文化も法律も異なる。どの種子が根をはり、どのような現象に発展していくのか。いくつかのシナリオがあり、そのシナリオから生き残り戦略が導かれるのだろう。いま、ここに最大限の注意が向けられていると思う。
さて、最後に、先ほど紹介したAppleのティム・クックのスピーチ動画から引用しておきたい。「In the pursuit of artificial intelligence, we should not sacrifice the humanity, creativity and ingenuity that define our human intelligence.」(人工知能を追い求めるあまり、我々は Human Intelligence を犠牲にすべきではない。たとえば、それは、慈愛精神や創造力、そして、創意工夫などだ)。
このフレーズは、もしかしたら、ティム・クックからのヒントかもしれないと感じている。このヒントをどのように活かすは、我々次第なのだが、いずれにしても、Human Intelligence を犠牲にすることなく追い求めた先に未来がある。彼は、そう考えているのではないか?
この記事はビデオリサーチインタラクティブのコラムからの転載です。
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