企業内に数%しかいないイノベーターをどう育てるか--Relicが定義する育成手法「IRM」

 せっかく思いついた新規事業アイデアを披露する場所がない。アイデアを披露したところで上司に否定される。それに対して新規事業開発の旗を振る会社側は「十分な成果が出ていない」と判断し、道半ばでプロジェクトを中止する──。こうした大企業でありそうな負のスパイラルを回避するにはどうすればいいのだろうか。

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Relic代表取締役CEOの北嶋貴朗氏(右)と同社取締役COOの大丸徹也氏(左)

 企業の新規事業開発を支援するRelicがそこで掲げるのが、3つのコンセプトだ。前回お伝えした新規事業開発のアプローチ手法を定義する「インキュベーション戦略」と、新規事業に適した人材の発掘・育成の手法を定義した「IRM(イノベーター・リレーションシップ・マネジメント)」、そして新規事業開発のプロセスを着実に実行する仕組みとなる「インキュベーションテック」だ。

 今回、このうち2つ目の「IRM」の具体的な内容について、同社代表取締役CEOの北嶋氏と、取締役COOの大丸氏に解説していただいた。新規事業開発を成功に導くイノベーターとはどのような人材で、会社側はそのような人材をいかにして発掘し、育成していくべきなのだろうか。

イノベーター人材が壁にぶつかる6つのステップ

——新規事業開発において、Relicが鍵の1つと定義付けている「IRM」ですが、これは具体的にどのようなものなのでしょうか。

大丸氏:IRMは当社独自のキーワードなのですが、もともとは顧客との関係の維持・継続を図る「CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)」の考え方を、新規事業開発に適したイノベーター人材の方に当てはめたものなんです。イノベーター人材の発見、育成と、その人材が活躍できる環境を整えるための考え方ですね。

 新規事業開発に適した志向性と、資質や能力・経験を併せ持つ「イノベーター人材」と呼べるのは実際には3〜5%程度。志向性はあるものの、経験・能力がまだ不十分であり、今後成長することでイノベーターとして活躍できる可能性が高い「イノベーター候補人材」と合わせて計10%程度の方が抜擢・育成の主な対象と言っていいのではないかと考えています。逆に言うと、9割以上の方は新規事業開発やイノベーション創出に取り組む上で志向性や資質面で適していない可能性が高く、イノベーター人材というのは企業にとって非常に希少な存在なのです。

 アイデアと実践する力をもつ「イノベーター」と呼べる人は実際には3%くらい。やりたい気持ちはあってもアイデア力や遂行力には欠けている「イノベーター候補」は7%程度で、合計で10%程度の方がイノベーター人材と言っていいのではないかと考えています。逆に言うと、9割の方はイノベーターではないんですね。

——1割と聞くと少なく感じますが、やはりイノベーションを起こすことよりも、目の前の仕事をどうするかを考えている人が多いのでしょうか。

大丸氏:そうなのだと思います。大企業に人やお金といったアセットが偏在していることからもわかるように、新しいことを生み出すより、既存の事業の拡大を図ったり、そのプロセスを最適化してコストを抑えたりすることの方が、短期的には成果に直結しやすいので。大企業側もこれまで長くそういう人材を採用し、育成してきた背景があるので、その影響も大きいのではないかと思います。

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 ただ、これが面白いところなのですが、ベンチャーやスタートアップ企業だからイノベーター人材の割合が高くなるかというと、案外そうでもないこともわかりました。もちろん企業ごとの傾向や差異は若干あるものの、大きく乖離したような割合で存在しているかというと、そうでもない。企業という組織内において一定の新陳代謝が行われていく中で、どの企業も一定のバランスで落ち着いてくるのではないかと考えています。

——特に大企業だと危機感や当事者意識が薄れて、組織の歯車の1つのような関わり方になってしまう気がします。

大丸氏:そうですね。中長期で考えた時に、既存事業だけでは会社の未来は無いという全社経営視点での課題感を持てる人は、高度に分業が進む大企業では特に育ちにくいのかもしれません。現場の第一線で活躍している社員や、そのマネジメントを担う中間管理職の方々は、自分たちに課せられたミッションに対して短期間での成果を求められることも多く、どうしても全体を俯瞰した中長期的な視点を持ちにくいのだと思います。

 反対に、新しい課題を発見できる人や、実際にチャレンジして失敗したときに、それを市場や顧客からの貴重なフィードバック、あるいは好機と捉えて、違う角度からもう一度試そうとするなど、失敗を失敗と思わない、チャンスと考えられる人は新規事業に適している可能性が高い。

 もう1つ重要なのは、初期の仮説やアイデアにこだわりすぎないこと。大企業の方には、優秀であるがゆえに緻密な調査や分析、検討に傾倒してしまい、時間をかけて練り上げた初期仮説にこだわってしまう人が多い傾向があります。不確実性の高い新規事業において、初期仮説が外れることは日常茶飯事です。

 たとえば、「自分たちの想定している顧客には、こういう課題があるはず」と仮説を立てて検証を開始した結果、貴重なフィードバックや別の仮説のヒントが得られているにも関わらず、初期の仮説を肯定するような情報だけを取り入れようとしたり、情報の解釈を都合の良いように変えてしまったりするケースはよくありますね。真摯に受け止めることができず、「自分のアイデアは正しく検証されていないだけで、本当はニーズがあるんだ」と思い込み、異なる仮説を再構築するようなピボットができない。

 また、初期のアイデアからピボットすることを会社が正しく評価できないケースもあります。現場では建設的に問題解決するために方向転換したのに、その経緯や背景を理解しないまま「一貫していない」という評価を下してしまうなど、イノベーターを支援し、活躍させるべき側の人や会社が、マイナスのフィードバックをしてしまうこともよく起きています。むしろそのピボットができる人材は新規事業に取り組む上では評価すべきだと考えています。

——イノベーターに向いている素質としては、他に何が考えられますか。

大丸氏:社内外に繋がりがあることもポイントですね。社内の自分の部署の人としかコミュニケーションを取らないような方はあまり向いてないように思います。積極的に外に出ていって、取引先でもいいですし、仕事上は関係のない集まりでもいいのですが、足を運んで話してアイデアをもらったり、自分のアイデアに対する共感を確認したりといった行動をいつもしている人は、イノベーター人材の素養があると思います。

——そのイノベーター人材と、IRMの関係について教えてください。

大丸氏:先程お話したとおり、大企業に限らず日本企業全体にとって、イノベーター人材は非常に希少な存在で、しかも短期的にその絶対数や出現割合を大幅に向上させることは難しい。しかし、新規事業の成否を左右するポイントとして、適切なイノベーター人材を事業リーダーとして抜擢出来ているかどうかは非常に影響度が大きいと考えています。

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 その前提に立つと、今後の日本企業が継続的に新規事業開発やイノベーション創出に取り組み、成果を上げていくためには、社内外のイノベーター人材とどのような関係性を構築し、どのように支援しながら自社の事業開発にポジティブな活躍を実現していくかを考えることが必須になってきます。この枠組みのことを我々はIRMと呼んでいます。ポイントは「社内外」というところです。近年流行しているオープンイノベーションにおいては、社内のイノベーターに限らず、社外のイノベーターにも自社の事業開発に適切に関与してもらうことで事業創出を行っていかなければなりませんので、社外のイノベーターとの関係性も非常に重要になってきます。

 新規事業開発のステップは「アイデア/構想」「仮説検証/リサーチ」「評価/ブラッシュアップ」「共感/チームビルディング」「プロトタイプ制作/MVP」「テストマーケティング/事業性検証」〜グロースなどのフェーズに分けられます。事業リーダーはこの中をぐるぐる走り回るわけですが、そこでぶつかる壁がいくつもあり、それはどの企業でも共通するものとしてある程度のパターン化できます。この直面しがちな壁をスムーズに乗り越えられるように、また適切に試行錯誤が行えるように会社としてイノベーター人材を支援することで良好な関係性を築いていきませんか、というのがIRMの考え方なんです。

イノベーター人材のアイデアに「無反応」を貫いていないか

——それらの6ステップを1つずつ解説していただけますか。

大丸氏:まず「アイデア/構想」は初期アイデアを構想し、周囲と議論をしながら磨いていくステップ、「仮説検証/リサーチ」はデスクリサーチで情報を集めたり、知人や同僚に対する簡易的なインタビューなどを通じて自分の仮説の筋が良いか悪いかを確かめたりするステップです。特にこの段階では、想定している顧客が本当に仮説通りの課題を抱えているのか?またその課題の質は事業で解決するのに値するものなのか?という観点が重要になります。

 「評価/ブラッシュアップ」は仮説検証を進めたうえで、その結果を振り返り、このままいくのか、ピボットするのか、撤退するのか等を検討する、この段階に限らず定期的に必要なステップになります。「共感/チームビルディング」は、どのタイミングで行うかはケースバイケースですが、いずれにしても最終的に自分1人では事業開発を進めていくことは不可能なので、事業構想に共感してもらえる仲間を探してチームを組成し、強化していくステップですね。

 また、「プロトタイプ制作/MVP」は、これまで検証済みの顧客課題に対して、解決策となるサービスやプロダクトの試作品を制作し、実際に想定顧客に利用してもらうことで課題やニーズを解決できるかどうかを検証するステップで、「テストマーケティング/事業性検証」はプロトタイプをさらに改善したものを活用して顧客に提案し、実際に共感してくれるのか、お金を払ってくれるのかを確認することで顧客の受容性を検証し、事業としての収益性が見込めるかどうかを確かめるステップ、といった内容になっています。

——これら1つ1つのステップで、企業やイノベーター人材が抱えがちな課題があるんですね。

大丸氏:たとえば、実際によくあるのですが「アイデア/構想」のステップで、イノベーターにアイデアがあっても、それを発表する場所がなく、議論や相談ができる相手が見つけられないという課題があったとします。この課題に対してIRMの考え方に基づけば、アイデアを投稿し、発表すること、またそれに対してフィードバックや議論が行われる場や機会を設けることが一つの解決策になり得ます。

 これは我々がIRMを実践するために必要な機能を実装したイノベーションマネジメント・プラットフォーム「Throttle」上で用意しても良いですし、リアルな場を活用したプログラムやイベントを活用している会社もあります。解決策は一つではありませんので、色々と試行錯誤が必要ですが、いずれにしても直面する課題に対して会社として解決策を用意してイノベーターを支援していくことが重要です。

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 また、一時的な解決になったとしても、長い目で見たときに効果が続かないような支援だけだと、不十分なので注意が必要です。先程の例で言うと、アイデアを提案する場や機会を用意したとしても、アイデアを応募する際にかかるコストや負荷が、その人が応募することで得られるであろうメリットや期待値を上回ってしまうと、成果が上がりにくく、継続しない可能性も高い。苦労して練り上げたアイデアを応募しても査定とは無関係だとか、上長からそんなことせずに今の仕事を頑張れと言われるとか、審査員の主観で全否定されてしまうとか。実際に審査を通過しても予算がつかない、もしくは予算が小さいとか、実現に至らない可能性が高いと言った話は本当によくあるのですが、これではなかなか活性化していきません。

 応募者に対するフォローアップがないことも問題です。とある会社では、新規事業アイデアの社内公募を毎年実施しているものの、応募件数がどんどん下がっていました。聞いてみると、どうやら審査を通過したアイデアに対しては積極的な面談やディスカッションをするものの、落選した人に対しては事務的に落選の連絡をしているだけで、その後のフォローやコミュニケーションが皆無だった。

——それは応募者からしたら寂しいですね。

大丸氏:一念発起して勇気を出して応募したこと自体に対してインセンティブを提供できておらず、「応募ありがとうございました」のメールもなく、最後に「落選しました」という連絡だけ。頑張ったわりには冷たいリアクションしか返ってこない。そんな体験が続いたら来年もチャレンジしようなんて思わないですよね。

 新規事業アイデアを募集する社内事務局の方も、社員が何万人もいる会社だと一度に数百件は集まるので、1つ1つに細かくフォローしていられない事情もあります。ですが、応募者の期待値と満足度が全然かみ合わない。せっかく業務外に時間を作り、必死に考え抜いて応募したのに、一切フィードバックがなく張り合いがない。そうなると、次年度に応募しようと考えている人にも「やめた方がいいよ」と漏らしてしまい、だんだんと応募件数が減っていく、そういうパターンは本当によくあります。

 ですので、アイデアの応募に意味をもたせるインセンティブ設計が必要です。もしこれがECサイトにおけるCRMであれば、ユーザーにリピート購入を促したい場合はメルマガやLINEなどを通じてご案内したりしますよね。

 もしくは「在庫が1個になったので、もし悩まれているならお急ぎください」とか「タイムセールで値下げしましたから以前よりお得ですよ」とか、ユーザーとの様々なコミュニケーションを、マーケティングオートメーションツールなどを通じて徹底して行うわけです。それと同じレベルでイノベーター(候補)人材の方に対して向き合っている会社は現状なかなか見当たりません。それでは継続的にイノベーションの種が生まれないのは当たり前ですよ、ということは申し上げるようにしています。

——インセンティブを会社側がどう設定するかは悩ましいところですね。次の「仮説検証/リサーチ」はいかがでしょうか。

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