ANAの賞金レースと「アバター」への挑戦(前編)--失笑のなかXPRIZE財団の創設者だけが賛同した - (page 2)

Google Lunar XPRIZEの中止は「残念なこと」ではない

——アバターといえば、ジェームズ・キャメロン氏の映画「アバター」を真っ先に連想します。

 この名前は意図的に付けたんですよ。大学のいろいろな先生方からは「何でアバターなんだ」と。「テレイグジスタンスという言葉を使いなさい」なんて怒られたりもしました。でも、ちゃんとポリシーをもってアバターという名前にしているんです。

 我々は学術的に言われているテレプレゼンスとかテレイグジスタンスを超えて、もうそれこそジェームズ・キャメロン氏の「アバター」の世界をイメージしています。あれは、全く別の生物の体に接続して、最後はその生物の文化まで共有して生きていくわけじゃないですか。それこそアバターの究極形だなと思って、それを目指しているという気持ちはありますよね。

 いま我々のロードマップでは、2050年には「物理的距離と身体的制約をゼロにする」という目標を設定しているのですが、さらにその先は、やっぱり映画のアバターの世界ですよ。だから、アバターという呼び方をロボットの世界に持ってきた。目指すところは本当にそこで、ポイントは変身できること。手が3本あってもいいですし、足が8つあってもいい。

——後ろに目がついていてもいい。

 それもいいですよね。人類が身体的な制約を受けずに社会参画できたり、繋がったり、支え合ったりできるのが、実はXPRIZEで一番評価されたところでした。

 2016年10月の決勝戦では、用意された各部屋で9チームがデモをして、XPRIZEの審査員約250名がグランプリを選びます。音楽プロデューサーのファレル・ウィリアムス氏も家族で来ていました。テーマ設計の過程では、彼や、シンギュラリティという言葉を作った人工知能の権威であるレイ・カーツワイル氏など、多くの著名人が我々のエンドーサーになって動画コメントをいただけました。1円も払っていないのにですよ。

著名な人物がエンドーサーになってバックアップしてくれたこともうれしかった、と深掘氏
著名な人物がエンドーサーになってバックアップしてくれたこともうれしかった、と深掘氏

 エンドーサーがいることが直接的に審査に影響することはありませんが、社会的に必要性の高いアイデアであるという裏付けや後押しにはなります。エンドーサーの皆さんがすごいなと思ったのは、アバターがあれば社会課題が解決する、と言っていることなんですよ。

 「Right timeにRight peopleがRight placeにいれば社会課題は解決できる」と。「解決できる人はどこかにいる。ただ、問題が起こっているところにその人がいないから解決できないだけだ」と。

——世界のどこかには問題解決できる人が必ずいるけれど、時間や場所、身体的な制約がそれを阻害しているわけですね。

 たとえばピーターが言っていたのは、15分間だけ医師が診察するとか、15分間だけ災害地の復興をお手伝いすることなら、多くの人ができるだろうということ。腹痛のときはアバターに医者が入って診察してくれるけれど、その医者は実際には遠い海外にいるとか、もしくはたまたま時間の少しだけ空いた地方の医師だったりとか。そういうことができるのがアバターのいいところですよね。

ANAが開発したアバターロボット「newme(ニューミー)」
ANAが開発したアバターロボット「newme(ニューミー)」

——そして、最終的には並みいるコンサルを尻目にグランプリを獲りました。

 ちょっと自信になりますよね。コンペでグランプリをいただけたのは、ピーターが最初の会合で火がついたことも大きいですよね。

——ただ、そこから会社でプロジェクト化するのもかなり大変だったんじゃないですか。

 めちゃめちゃ大変でした(笑)。グランプリを獲ったはいいものの、考えたそのアイデアをスポンサードする(「ANA AVATAR XPRIZE」という賞金レースを運営する)には90日間以内に決めないといけないんです。もちろん賞金や運営のためのお金も必要になります。とりあえずANAの海外宣伝という立て付けで考えて、スポンサードを仮決定したんですけど、正式にサインするまでは1年半かかりました。

——最終的に許可した会社の経営判断も、すごいと思います。

 (ANAホールディングス代表取締役社長の)片野坂と、(全日本空輸代表取締役社長の)平子の2人は、私のことをよく知っています。私が業務外で最初に立ち上げた「BLUE WING」(社会課題の解決・変革に向けて活動している人たちにフライトを提供するANAのCSR活動)というプロジェクトを提案したのは、彼らが営業本部長、副本部長の時代です。

 2人は、そんなCSRのプロジェクトとは全然関係ない技術畑の、当時は羽田にいた若手である自分のアイデアを1時間くらい聞いてくれて、やってみようって言ってくれた人たちです。だから、今回のXPRIZEやアバターの件も、ポッと出のアイデアだけで進めようとしているのではないというのはわかってくれていたと思います。

——それまで積み上げてきた信頼があったのですね。

 信頼されているのか、問題児と思われているか、どっちなのかはわからないですけど(笑)、応援してくれているのは感じますよね。組織的に、ということではないかもしれませんが、個人として応援してくれてる人もいますし、そこはすごくありがたいと思います。

——アバターというテーマの賞金レースに可能性を感じてくれているのでしょうか。

 XPRIZEの賞金レースに認められたということ自体、そのアイデアには大きな市場があるっていう判断なんですよね。たとえば、Google Lunar XPRIZEについても、あまりメディアでは伝えられていませんが、なぜHAKUTOや他のチームが月に行く前にやめたのか、そこにはちゃんとした理由があるんです。

 XPRIZEのそもそものコンセプトが、「民間市場のないところに民間市場を作る」というものです。月面より先は、まだ政府系の団体であるJAXAやNASAしか行っていませんでした。でも、Google Lunar XPRIZEで賞金レースを立ち上げて、民間のお金でロケットを契約して、民間のローバーが月面を走行するようになったら、他の民間企業もどんどん行けるようになるだろうと考えたんです。

 それをなぜ閉じたかというと、これもXPRIZEの計算通りなんです。決勝戦まで残ったスタートアップ企業が、みんな100億ドルくらい(企業や投資家などから)集めはじめたんですよ。賞金レースでもらえる金額はぜいぜい30億ドルですから、もうやる意味がないじゃないですか。集めたお金で挑戦できるから、賞金レースとしては閉じたんです。

Google Lunar XPRIZEはピーターの狙い通りだったという
Google Lunar XPRIZEはピーターの狙い通りだったという

——見事に市場ができあがったんですね。

 XPRIZEはただの賞金レースではなく、テーマとして選定されて、実際に走り出すことにすごく意味があるんです。日本では「賞金レースが中止になって残念」というニュアンスの報道がありましたが、残念でも何でもありません。賞金レースで決勝まで進むとお金を集められる、市場としてできあがるっていう、ピーターの設計通りになったんですよね。

【12月25日掲載の「後編」へ続く】

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