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共同創業者の退任で見えてきたグーグルの「オープンな企業文化」の終焉

Richard Nieva (CNET News) 翻訳校正: 川村インターナショナル2019年12月12日 07時30分
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 11月、Googleの従業員約200人とその支持者が、サンフランシスコで集会を開いた。同社に異議を唱えた従業員に対して、経営陣が報復的な措置に出たとして、それに抗議することが目的だった。だが、抗議の輪のなかで掲げられたプラカードのなかには、「オープンカルチャーを守れ」という広い趣旨のスローガンも見られた。

Larry Page氏(写真左)とSergey Brin氏
Larry Page氏(写真左)とSergey Brin氏
提供:Getty

 Googleはこれまで、自由奔放な姿勢で知られていたが、法人組織として巨大化するにつれて、近年はその気風も徐々に崩れつつある。米国時間12月3日、共同創業者であるLarry Page氏とSergey Brin氏に関する衝撃的なニュースによって、同社の未来に大きな疑問符が付くことになった。Googleの顔でもあった2人が、親会社Alphabetの経営トップから退くと発表したのだ。後任として、Googleの最高経営責任者(CEO)であるSundar Pichai氏が親会社を任される。

 創業者というのは、常にその会社の社風と同一視される。Steve Jobs氏は、完璧主義というAppleの評価を定着させた。Jeff Bezos氏は、Amazonの顧客第一の方針を作り上げた。Googleでは、Page氏とBrin氏が、オープンカルチャーの理想を人として体現し、またそれに直接結び付けられている。会社にとって直接の利益にはならなくても、その文化が創造性を育んできた。

 Page氏とBrin氏がGoogleの基盤に据えたのは、社内の透明性を推進するという理念だった。たとえ、外からは同社の検索アルゴリズムと同じくらい不透明に見えたとしても、である。従業員は、同僚が開発しているプロジェクトを検証してみることを推奨された。秘密が当たり前のシリコンバレーでは異例のことと言える。米国のビジネス界の基準に照らせば、Googleの環境は無秩序と紙一重だった。例えば、従業員は勤務時間の20%をサイドプロジェクトに使うことができた。Googleの次の大きなプロジェクトになる可能性を期待してのことだ。

 スタンフォード大学時代に知り合い、ガレージで会社を興した共同創業者の2人は、取締役としてとどまり、引き続き会社に対する議決権を持つ。とはいえ、Page氏とBrin氏が日常的な現場から公式に退くとなれば、まぎれもない動乱の時代にGoogleは舵取りを失った状態になるのではないかと、既に心配している従業員もいる。両氏が去ったあと、Googleの文化を誰が守るのか、と考えているのだ。

 「SergeyとLarryが介入してGoogleを立て直してくれると真剣に期待していた者もいる。だが、彼らは沈みかけていた船を立て直すことなく、下りてしまった」と、Googleでストライキを主導したチームはツイートしている。

 Googleの企業文化は、創業から21年間で最大の危難を迎えている。経営陣と一般社員との間で、緊張が収まる気配はない。人工知能(AI)に関連する米国防総省との契約や、中国での検索プロジェクトなどをめぐって、社内の活動家は経営陣の決定に抗議してきた。特に、2018年11月には、セクハラの申し立てに対する同社経営陣の対応に抗議して、およそ2万人の従業員がストライキを起こしている。

 Googleのオープンカルチャーをめぐる対立の激化を際立たせるかのように、4人の元従業員が、不当な労働慣行を理由に訴えを起こした。それも、Brin氏とPage氏が退任を発表した同じ日のことだった。4人は、11月にGoogleを解雇されており、「保護されているはずの労働者の組織化に関与した」という理由で解雇されたとしてGoogleを訴えている。一方、4人を解雇した理由は組織化の活動ではなく、データセキュリティに関するポリシー違反だというのが、Google側の主張だ。

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