三井不動産がAIを使った空調制御システム(竹中工務店との共同開発、竹中工務店にて詳細設計)を使い、年間30%以上のCO2排出量を目指す。導入したのは愛知県名古屋市にある「三井ショッピングパーク ららぽーと名古屋みなとアクルス」(ららぽーと名古屋みなとアクルス)。カメラ画像を利用した人数予測や着衣量解析を活用し、快適性を維持しながら、環境に優しい空調の提供を実現した。
現在、導入しているはららぽーと名古屋みなとアクルス店の1店舗のみ。「できるだけ新規投資をせず、既存のシステムを活用する形で作成した」というAI空調システムはどんな仕組みなのか。今後の展開もあわせ、三井不動産 ITイノベーション部に所属する立和名史規氏、黒川悟史氏、足立祥一氏に聞いた。
三井不動産では、2014年に情報システム部をITイノベーション部へと変更。「攻めのIT」へのシフトを宣言し、IT組織の強化を進めてきた。IT人材のキャリア採用を進めるとともに、デジタルマーケティングやデジタルラボなどの事業変革、決裁・会計システムの刷新などによる働き方改革も、ITイノベーション部が担っている。
三井不動産のデジタルトランスフォーメーションを推進する、ITイノベーション部のビジョンは「事業変革」「働き方改革」「システム先進化」の3つ。事業変革として、リアルとネットをつなぐファッション通販サイト「&mall」の立ち上げ支援やフードコートの飲食店のメニューをスマートフォンから注文、決済ができる「スマホde注文」などを手掛ける。
「各事例は外部の方の知見を得つつ進めている。協業していただくのは、ベンチャーもあれば大手企業もあり、案件によってさまざま。目的を達成するためにどこと組むのが一番よいのかを基準に都度お声がけをしている」(三井不動産 ITイノベーション部 企画グループ主事の足立祥一氏 )と現状を話す。AIによる空調システムの導入も、この1つとして進めたものだ。
商業施設における空調は重要な設備の1つ。「快適性を最優先にしているが、一方で省エネも推進している。しかし、省エネの効果は今ひとつ確認できなかった」と三井不動産 ITイノベーション部 開発グループ技術副主事の立和名史規氏は課題を挙げる。
今回活用した空調方式は「PMV空調」と呼ばれるもの。体の熱的快適感に影響する6つの要素である室温、平均放射温度、相対湿度、平均風速、着衣量、作業量を基に算出される指標「PMV=Predicted Mean Vote」が、快適になるように総合的に制御した空調制御方式だ。
使用にあたっては、吹き抜け空間やフードコートに設置しているカメラの画像を解析し、活動量を計測。館内に設置したサーモカメラの画像解析により、来館者の服装(半袖・長袖・厚着等)を推定し、PMV空調制御を実施した。
カメラ画像をAI解析することで、6つの指標を数値化。この数値を基にPMV値を導き出し、空調を整備する仕組み。ただし、年代や性別によって快適と感じる温度や異なるため、平均化して空調を制御しているという。
「カメラで撮影した映像から館内全体の人数や年齢、性別を把握し、エリアごとの人数はスマートフォンのWi-Fi情報から算出している。この組み合わせが現時点では精度が高い。エリアにいる人数にあわせて、エリアごとの空調を補正している」(立和名氏)という。ただし、スマートフォンを所持していない人は捕捉されないため、エリアごとの人数は目安に留まる。
来店客の人数を把握することで、来場数の予測ができ、その結果外気取り込み量の最適化ができる。この予測がCO2削減に大きく寄与しているのだという。「施設内の空調は外気を取り入れることで館内のCO2濃度を調整している。ただ、外気を取り入れすぎると制御された温度が変動し、快適な温度に戻すためにより大きなエネルギーが必要になる。空調効果を持続できるように外気を調節して取り入れることが大事」と立和名氏はポイントを説明する。
AI空調では、AI解析により館内人数の推移を予測。予測結果を基に館内のCO2濃度が基準値以内に収まる範囲で最も効率的になる外気導入ができるという。これにより、来館者が多いことが予測される日は、事前に外気を多く導入し、ピーク時の外気導入量を低減。外気導入に係るエネルギーの削減に結びつく。
AIには、過去データとして天気や館内イベントの有無、過去の館内人数などを学習させることで館内人数を導き出しているとのこと。平日、休日それぞれの時間ごとの予測来場者数にあわせて、外気量を調整している。立和名氏によると「来場者の予測値を利用して外気温の取り込み量を変化させるのは日本初の試み」だという。
使用している空調機器は、そのほかの商業施設に導入されているものと大きな違いはなく、カメラも通常のもの。違いはデータを集約するシステムを導入している点だ。この集めたデータをもとにAIが人数などを導き出し、竹中工務店が設計した空調運転制御システムに連携している。
「館内から集めたデータをサーバーに転送し、AIが解析。解析情報を空調制御側に送信することで現在のシステムが稼働している」と三井不動産 柏の葉街づくり推進部 事業グループ ITイノベーション部 開発グループ技術主事の黒川悟史氏はデータの流れを説明する。システムロジックについては竹中工務店が提案し、三井不動産のららぽーと開発部隊と共同となって実現した。
黒川氏は現在別部署に異動しているが、AI空調制御に関わる館内の人流を予測するAIシステムの設計・開発責任者。「難しいことをしようとすればいくらでもできるが、今回のシステムは館内のあらゆるデータをクラウド上のAIシステムで処理し、人流予測結果を空調制御側へ連携するというシンプルな構成とした。今後の横展開を考えると、シンプルな構成にすべきだと考えた」と、構築時のポイントを話す。また、館内のデータ取得から人流予測結果の連携までの処理を全て自動化し、最小限のランニングコストで運用しているとのこと。「AI空調システム全体では竹中工務店と協力し、万が一障害が起きても、AI空調を停止して通常運転に自動で切り替わる仕組み。業務の支障のない流れにしている」(黒川氏)という。
ららぽーと名古屋みなとアクルスは、2018年10月にオープンした新規店のため、工事中だったことが、導入を決めた理由。実際のAI空調の使用にあたっては、数百人規模で来場者にアンケートを実施したが、快適性の数値に影響は見られなかったという。
立和名氏は「CO2削減量30%は多いと思っている。快適性重視になってしまいがちだが、きちんと効果が出せたことは大きい」とし、黒川氏も「AIとITを使うことで、人手を介さずこうした取り組みができるということがつかめた」と手応えを話す。
他店舗への展開は未定としているが、「テクノロジーを活用し、コスト合理化を見据えた取り組みになった」(足立氏)としており、横展開を実現する日も来るかもしれない。
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