平井一夫×麻倉怜士インタビュー総集編--ものづくり復活へと導いた商品愛とわがまま(第2回)

 6月18日開催の定時株主総会にて、取締役と会長職を退任するソニー会長の平井一夫氏。ここでは3回に渡って、平井氏がどのような考えでソニー復活に臨んだかを、社長、会長在任時に数多く行ったインタビューから紹介する。第2回目は「感動を得るための施策」だ。

第1回「ものづくりへの見守り」はこちら

ソニー会長の平井一夫氏。写真は2014年のCES 撮影:麻倉怜士
ソニー会長の平井一夫氏。写真は2014年のCES 撮影:麻倉怜士

「なんでもクラウドに持っていける時代だからこそ、人間の五感が大事」

 平井氏は年季の入ったソニーボーイだ。2014年、キーノートスピーチでCESデビューを果たした際の講演の背景画面に、父親にくすぐられ平井少年が笑っている写真が掲示された。その中に幼い頃に親しんだソニーのオープンリールテープレコーダーが写っていた。

2014年、CESキーノートスピーチでの講演の背景画面。父親にくすぐられ平井少年が笑っている
2014年、CESキーノートスピーチでの講演の背景画面。父親にくすぐられ平井少年が笑っている

 ゲラゲラと笑っている声が録音され、巻き戻すと、なんと、さっきの自分の笑い声が内蔵スピーカーから発せられるではないか。平井少年はものすごく驚いた。これはなんだ!?

 「それが私のソニー体験の始まりです。次に短波ラジオの『スカイセンサー』で、世界中の短波放送局からベリカード( 受信確認証)をもらいました。5インチの白黒テレビもありました。そんな具合にソニーの製品が家にはあふれていました。ソニーのもので育ったので、昔からソニー製品へのこだわりは人一倍ありました。たまたまソニー・ミュージックに入って、音楽ビジネスに携わり、次に「プレイステーション」を担当しましたので、エンターテインメント畑の人間と思われていますが、ものづくりにはものすごく興味があるのです」(2014年のインタビュー)。

 オールドソニーボーイの平井氏が言い続けたのが「感動」だ。私(麻倉)はデジタル時代のコンシューマー・エレクトロニクスが向かうべきは、「感動」であると以前から唱えていた。

 なぜなら、デジタルはものを平準化させ、誰でも作れるようにする技術環境であり、だから同じようなもの、安いものが世にあふれる。しかし切り口を変え、こだわりを持てば、デジタルテクノロジーを使い、ユーザーの心の琴線に触れる製品を作ることも可能だ。要はこだわりだ。

 平井氏は徹底的に人の感覚、感性に寄り添ったデジタルのものづくりを提唱した。そのキーワードが「感動」であり、私も大いに共鳴した。私には、2013年のIFAでのインタビューが、今でも記憶に鮮明だ。

 「やはり、ソニーが長い間やってきている中で培われた、人の五感にアピールする技術力の高さ、音のこだわり、絵に対するこだわり、デザインのこだわりは、ほかのメーカーと比べてかなりの資産になっていると思います。ややもすると、埋もれた時代はありましたが、それをうまく新しい商品にもってくるのが、とても重要だと思っています。なんでもかんでもクラウドに持っていけちゃう昨今だからこそ、人間の五感に触れるところは大事にしなければなりません。音の良いヘッドホン、音の良いウォークマン、音の良いスピーカー、絵の良いテレビ、音の良いテレビ……など、音が良い、絵が良い、手触りが気持ち良い、質感・デザインが素敵という感覚は決してクラウドに持っていけません。それこそソニーのDNAそのものなのです。五感部分を、ソニーがやらないでどうするのか。そこで勝たなくてどうするんですかというこだわりを私は常に持っています。クラウドの時代だからこそ ソニーは五感を中心にした感動を提案したい」。

  2016年8月のインタビューでは、こうやり取りをした。

平井氏 今までもいろいろな形で、私たちソニーのエレキのビジネスを語ってきました。世の中では、価値がクラウドなどに向かっていると言われる中で、最終的にはお客様に情報を入力してもらうだとか、コンテンツを楽しんでもらうだとか必ず商品=デバイスが必要になるわけですね。どんなにクラウドが進化しようと、クラウドから降ってくる映像をきれいに見たいだとか、音質よく聞きたいといったときには、必ず人間の五感に触れる。これは永遠に変わらないなと思っています。

麻倉 クラウドから直接、脳に届くわけではないですからね。

平井氏 そうです。テレパシーで届くわけではない。入力する商品、出力する商品――さまざまな商品が介在するのです。

 2016年秋、ソニーのオーディオ&ビジュアル製品は突然ハイエンドになった。それは感性価値を最大限に上げることが、ソニーブランドにとって何よりも肝要という判断からだ。

 4Kテレビ「ブラビア Z9Dシリーズ」の100型「XBR-100Z9D」が米国で6万ドル。レーザー光源の4K HDRホームシアタープロジェクター「VPL-VW5000ES」が同じく6万ドル。2016IFAで発表されたポータブルオーディオの「シグネチャーシリーズ」では、本体が銅で、表面に金メッキを施した高級ウォークマン「NW-WM1Z」が3300ユーロ、高級ヘッドホン「MDR-Z1R」が2200ユーロ、高級ヘッドホンアンプ「TA-ZH1ES」が2000ユーロ。プレミアム製品として、従来とひとけた違う価格(もちろん性能も)を与えたのが、2016年のソニーの大きな話題だった。

左からヘッドホン「MDR-Z1R」、据え置き型ヘッドホンアンプ「TA-ZH1ES」
左からヘッドホン「MDR-Z1R」、据え置き型ヘッドホンアンプ「TA-ZH1ES」

 その後も高級路線は続く。2018年のIFAでは、2つのハイエンド製品が脚光を浴びた。

 1つがデジタルオーディオプレーヤー・ヘッドホンアンプの「DMP-Z1」。ソニーのオーディオ機器の歴史で特に注目に値するというだけでなく、広くオーディオの未来を先取りする画期的な製品だ。ヨーロッパでの販売価格が8500ユーロと目を剥くが、音質も耳を”剥く”。

 微細なディテールまでたいへん音の情報量が豊富だ。特筆すべきは低域から高域まで速度がそろっていること。一般に低域は遅れがちになるが、それが中高域と同じハイスピードで進行することは驚異だ。その結果、音の鮮明度が非常に高く、内声部までクリアに見渡せ、ヘッドホンの頭内定位ながら音場の広さが聴けた。

 同時にハイエンドイヤホン、「IER-Z1R」も発表された。価格は2200ユーロ。これも圧倒的な音だ。私が立ち上げた高音質音源専門レーベル、ウルトラアートレコードの「情家みえ・エトレーヌ」から「チーク・トウ・チーク」を聴くと、本イヤホンの格段の音がわかる。ボーカルにはボディ感が備わり、質感がしなやかで、音の表面が微少に凹凸し、艶やかなリアリティが付与されている。情感豊かで、言葉のニュアンスをとても大切にしている歌い方が明瞭に伝わってくる。周波数帯域的も格段に広い。高域、さらに超高域まで音がクリアに抜け、倍音成分の情報が多い。

 大事なことは、ソニーがハイエンドオーディオを出せるまでに回復したことだ。青息吐息の時は、とてもハイエンドまで目配りする余裕はない。ソニーが復活したのは、明らかに商品の力だ。それも「ハイエンドまで出せることを可能にした商品力」だ。その成果がデジタルオーディオプレーヤー・ヘッドホンアンプDMP-Z1、ハイエンドイヤホンのIER-Z1Rなのだ。

 徹底的に音にこだわり、コストに糸目をつけず、良いと思ったことは、残らず試して練り上げた結果の音だ。ソニーのオーディオ事業という観点からも、これほどのハイエンド製品を出せたことは、以前の苦しかった時代から様変わりしたということなのだろう。

 製品下から順番に製品の品格を上げるボトムアップという考え方もあるが、ソニーが追求する「高付加価値化」のためには、ハイエンド製品によって上からイメージのシャワーを降らせることが必要だろう。ハイエンドへの思いを平井氏は言う。2016年IFAでのインタビューだ。

 「差異化された製品でお客様に喜びを与えたい。そんな感動を生み出していくのがソニーの使命です。ソニーというブランドには技術力があり、差異化された商品をすばらしいUIとデザインでお届けするバリューがあります。感性価値と機能価値が合わさったものであればおのずと、ハイエンドの市場を狙った商品となります。そこで勝負していくことが、ソニーらしい商品を作っていく原動力になるはずです。

 テレビもデジタルイメージングも、全般的に商品ラインアップが高価になり、上方セグメントを狙う方向に向いているのは事実です。機能と価格だけで勝負するというのはソニーの土俵ではありません。感性に訴えるようなたたずまいなどがとても重要です。たとえば時計も、数百万円もする高価なものが売れるのは、そこに感性価値があるからでしょう。いずれにしても、今後も高付加価値に行かざるを得ない。そして、それをここまで地道に進めてきたのが、黒字化を実現できたドライバーになっています」。

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