第2回「感動を得るための施策」はこちら。
ソニー会長の平井氏一夫氏が6月18日開催の定時株主総会にて、取締役と会長職を退任する。平井氏は2012年にソニー代表執行役社長兼CEOに就任、2018年4月まで6年にわたり社長を務め、テレビが大赤字、製品に魅力がない、ものづくりが混乱、経営低迷――という最低状態のソニーを見事に建て直し、2018年3月期には、1997年以来の高水準の業績を残した。
平井氏なくして、ソニーの復活はなかった。ソニー的なものづくりの復活は、平井氏のリーダーシップなしには、成しえなかった。
平井氏ほど、イメージと中味が違う経営者はほかにいない。はっきり言って経歴や外見はチャラい。ソニーというハードメーカーにあって異端の音楽、ゲーム出身だし、外見も軽く、貫禄がない。しかし、私は知っている。商品を徹底的に愛す硬骨漢であること、を。それも頑固なハードボイルドだ。商品について、これで行くと決めたら、その思いを徹底的に貫く。
平井氏に話を聞いていると、ほんとうに製品が好きで、製品を愛していることが、熱く伝わってくる。ソニーのトップはこれまで大賀典雄氏(1982年~1995年社長、1995年~2000年会長)が製品好きで有名だったが、その後は製品には興味ない人がほとんどだった。それがソニーが長期低迷に陥った大きな原因だった。しかし平井氏は「やらなければならない」ことを知っていた。
「安全なことばかりやっていても、感動する商品やイノベーティブな商品は出ません。失敗を恐れずにチャレンジすること。ソニーは、まだまだ道半ばだけれど、これからリスクを取る文化をつくっていかなければ、まったく面白くないですよ」と、2014年のインタビューで私に言った。
有望な技術を手掛ける事業部がなければ、社長直下に推進室を作って遂行させる。それが、社長直轄の新規事業チームである「TS事業準備室」。「私が独断と偏見で選んだ有望商品です。失敗してもいいじゃないですか。私は音楽産業出身ですが、レコードでも新人10人の中であたるのは1人です。リスクをとってやろうと、決めました」と、超短焦点プロジェクター「VPL-VZ1000」について、言っていた。
では社長、会長在任時に数多く行ったインタビューから、平井氏がどのような考えで、ソニー復活に臨んだかを、つまびらかに明らかにしよう。ポイントは、(1)ものづくりへの見守り、(2)感動を得るための施策、(3)新事業の揺籃――の3つだ。これらを3回に渡って紹介する。第1回目は「ものづくりへの見守り」だ。
平井氏は意外に(経歴や外見とは裏腹に)、硬骨なハード漢であることを知ったのは、2013年のCES時のインタビューだった。ハワード・ストリンガー氏(2005〜2012年会長兼CEO、2009年~2012年社長)時代、CES、ソニーブースでのプレスカンファレンスは、コンテンツビジネスの拡がりを示す目的から、テイラー・スイフト、トム・ハンクス……と、きら星のようにスターが賑々しく登場し、それはそれで面白かったが、ものづくりの会社がこれでよいのだろうかとの疑問は、会場でいつも抱いていた。ところが、平井氏の仕切になった2013年のCESには、映画や歌のスターは誰も、いなかった。
「そんなの全部止めた。当たり前ですよ。音楽ショーならいいですけどね。今でもよく言うのは、商品がスターなのに舞台ができていないということです。昔は『え〜っ』っていう反応だったのですが、今では私の言わんとしていることが分かってもらえています」(2016年夏のインタビューから)。
メーカーのスターは歌手、俳優ではなく、あくまでも商品だ。だから、CESの晴れ舞台でもっとも脚光を浴びるべきは、社員が1年がかりでつくりあげた商品であるべきなのだ。それが平井氏の固い信念であった。私(麻倉)はソニーの開発現場の取材が多いが、そこでは平井社長が下りてきているとよく耳にした。これは何年ぶりだろう?大賀氏の時代はよくあったけれど、出井氏は時々、ストリンガー氏に至っては皆無であった。社長の商品愛は現場のモチベーションにとって非常に大切ではないか。
「自分が一生懸命につくったものに対して、マネジメントがだめ出しも含めて評価してくれるのが、ソニーの文化そのものです。せっかく提案しても『これいいんじゃない?!よろしくね』では、まったくモチベーションは上がりません。私はゲーム会社をやっていましたが、そこにはゲームを嫌いな人はいませんでした。みんながゲームに対して一家言、持っていました。ソニーミュージックでも音楽大好き人間ばかりでした。だからソニーのマネジメントも俺はこう思っているんだというのがないと、いけないと思うんです。だから私はだめなものはだめといいますし、良いものは良いと言います。私はもちろんすべての商品を知っているわけではないのですが、商品に対するこだわりは、人一倍持っています。なので『ここはこうしろよ』、『でもこうしたらもっと面白くなる』『こうしてもらわなければ困るよね』とか、いろんな指摘をします。すると『社長がそんなに風に言うのなら、考えてみますよ』と反応も返ってきて、中身が変わっていくんです。そのへんの対話はなるべくやるようにしています」(2014年CESのインタビューから)。
行動し、提案することで、現場を燃えさせる。社長がちゃんと製品を見ているというメッセージを、平井氏は自らが社員に伝えた。
「私の意見が正しいかどうかは置いておくとしても、社内に対するメッセージとして、社長が商品に対して愛情を持ち、意見をする文化はとても大事だと思います。せっかく出したのに、良いとも悪いとも言ってくれない。これは毎日主人のためにご飯を作っているのに、おいしいと言ってくれないようなもので、まだしょっぱいとか言われるほうがましです。ケアしてくれていることが大事だし、ケアしているからこそ言うという面もあります。中にはなんでそんなことを言うのかと、外した意見の場合もあります。でも何も言わないよりは全然いい」(2016年夏のインタビューから)。
その好例が、フルサイズセンサーを搭載した高級デジカメの「RX100」(初代は2012年発売)だ。2代目にモデルチェンジする時、平井氏はデザインを変えたら許さないぞと、強く言った。RX100を高く評価しているユーザーが、1年経ったらすっかりリニューアルされ、デザインが大きく変わってしまったら、不満を持つに違いないからだ。
「基本デザインは変えてはいけない。液晶角度を変えたり、ホットシューを付けるのはかまわないけど、フォルムや使い勝手を損ねることは絶対にやるなと指示しました。現場はよく守ってくれて、それを「RX100IV」まで続けてくれています。逆に同じでいいのかなと私が心配になるぐらいです(笑)。でもこれは変えませんと逆に言われたりして……」(2015年秋のインタビュー)。
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