NTTドコモ・ベンチャーズは2019年3月20日、同社のラウンジスペースでスタートアップ経営者や起業家の卵を対象にしたイベント「発想豊かなアントレプレナーの未来思考術 ~ヒトを動かすビジネスモデルの仕組み~」を開催した。基調講演には元Google人材開発統括部長で現在はプロノイア・グループ 代表取締役のピョートル・フェリクス・グジバチ氏を招待し、ビジネスを作る思考術とピッチ術について語っていた。本稿では同イベントを主宰したNTTドコモ・ベンチャーズ(以下、NDV)代表取締役社長 稲川尚之氏の開催意図と、グジバチ氏による基調講演の概要をご紹介する。
日本のスタートアップは少しずつ元気を取り戻しつつあるが、米国やイスラエル出身のスタートアップがけん引している現状に変わりはない。メルカリに続くユニコーン企業が登場する気配は少ないと稲川氏は指摘する。「きっかけなのかマインドセットの問題なのか分からない。だが、我々はイノベーションビレッジを通じて、交流の促進をうながしてきた」(稲川氏)。すでにイベントや勉強会といった取り組みは累計で300回を超え、来場者も1万人を超えたという。NDVはコミュニティーを形成することで新たな相乗効果の創出を狙っている。
本イベントのきっかけは2018年3月、グジバチ氏が「ニューエリート グーグル流・新しい価値を生み出し世界を変える人たち」を上梓(じょうし)した時期に開催された働き方改革系イベントでの対談から始まる。「日米の働き方について意見が衝突したが、プロノイアの広報さんは面白がり、次に何かやろうという話になった」(稲川氏)のが本イベント開催に至った理由だという。前述のとおり多様な交流やドコモグループの価値向上を目的にイベントを開催してきたNDVだが、必ずしも交流が成功するとは限らない。「異業種交流は何でも混ぜ合わせれば良いわけではなく、各自の視点や立ち位置が異なるとうまくいかない。類似した業界や業種は同じ課題を抱えているため、うまくいくケースが多い」(稲川氏)そうだ。
同社はイベントの定型化を避けるため、切り口を変えたテーマ構成に努めてきた。「きっかけさえつかめれば、(聴講者の)誰かが何かを持って帰れる。ゼロではない」(稲川氏)と語り、本イベントでは、「起業家に対しては気概を持って企業を運営するためのマインドセット。もう1つは登壇するスタートアップとのマッチング機会」(稲川氏)の創出が目的だと語った。
なお、NDVはコワーキングスペースを利用してきたスタートアップを2019年4月に一新する。室内をリノベーションし、3月中旬には利用者によるプレゼンテーションやコンペティションを行い、現在5社の入居が決定した。これまでも様々なアントレプレナー(起業家)が利用していたが、「勉強会などでアウトプットしてもらっても、その先につながりづらい。皆が交流できる空気作りを」(稲川氏)目的とし、入居企業の入れ替えと共にNDVとスタートアップ、またはスタートアップ同士の定期的な交流に努めるという。NDVはベンチャー投資やNTTグループとの協業を行うだけでなく、イベントやコワーキングスペース運営といった場づくりを通してスタートアップの支援、関係性構築を進めている。
「2025年のビジネスモデルを創造する~トレンドを生む、革新的なサービスの共通点と起点~」と題した基調講演を行ったグジバチ氏は現在、未来創造コンサルティングのプロノイア・グループ、個人と企業の可視化ソリューションを提供するHRテクノロジーMotify、未来の教育プログラムを提供するHand-Cといった企業を経営している。元Google人材開発統括部長だったことから注目を集めるグジバチ氏の第一声は「好奇心を持とう」だった。「とある研究によれは日本人の好奇心は1番低く、スウェーデン人の65歳と日本人の20歳の好奇心は同じ」(グジバチ氏)だという。さらに同氏は「集中しよう」というキーワードを掲げて、「未来は誰も予測できないが創造は可能だ。集中して取り組めば転んでも結果が残る」(グジバチ氏)と語り、聴講者へ能動的な姿勢を持つことをうながした。
モルガン・スタンレーやGoogleといった企業に在籍してきたグジバチ氏は両社に共通点があるという。「どちらもグローバル。東京でもニューヨークでも同じ言語、同じチームで働ける。スピードを求められる場面も似ているが、両社とも社会的ミッションを掲げ、社員はミッションに沿って働けるため、働き甲斐(がい)がある」(グジバチ氏)。その経験を踏まえてグジバチ氏は企業のあり方がもの作り(メーカー)から仕組み作り(プラットフォーム)に変化し、性質も強欲から利他に変化。ビジネススタイルも自前主義からオープンへ移り変わったと指摘する。ビジネス管理もKPI(重要業績評価指標)ではなくOKR(目標と主要な結果)が重要視され、従業員との関わり方も長時間労働優遇から「植物的な広がりを持つ」(グジバチ氏)エンプロイーエクスペリエンス(雇用体験)に移行するべきと強調。さらに管理体制についても計画主義ではなく、社員が走りながら考える学習主義や、プレイングマネージャースタイルから社内外のリソースを集めて課題を解決するポートフォリオマネージャーが重視され、部下との関係も鵜匠(うしょう)ではなく羊飼いのような接し方を行うのが現在のリーダーシップだと新たな方向性を指し示した。
他方で日本におけるスタートアップの状況は芳(かんば)しくない。米国のユニコーン企業の時価総額は3,102.8億ドル、中国は1,138億ドル、インドも254億ドルまで拡大しているが、日本は20.1億ドルにとどまる。「現在10億ドル規模に成長したスタートアップは320社超。2018年夏ごろは260社なので70社増えた計算だが、日本のユニコーン企業は増えていない」(グジバチ氏)。これらのスタートアップに共通するのは、「一見すると愚かなアイデア」「すぐにマネタイズしない」「新しい行動パターンを作る」「競争が激しい飽和市場に参入」「経験がない創立者」の5つだという。他国はグローバルを前提にビジネスを展開しており、日本国内にとどまっていても勝つことは難しいようである。
この課題を解決するためにグジバチ氏は、「PDCAのDCAを回して価値を実証できたら次のプロトタイプ(試作品)に進む。たとえばライト兄弟は、当時のメーカーが科学的常識を土台に研究・開発していた飛行機に対して、常識や科学的常識を無視し、トライ&エラーで操縦しやすい飛行機の開発を目指している。それが彼らの常識だった」(グジバチ氏)とヒントを提示しつつ、日本のスタートアップは常識を潰せずに、科学・道義・常識に反した実験に苦手だと指し示す。
理想と現実を比較して問題を可視化する「As is/To be」という概念は有名だが、グジバチ氏は「ユーザーの声が1番高かった案を選び、『現状のプロダクト』『改善された場合のプロダクト』『想定される効果』を図解で書き表して実験する」(グジバチ氏)ことでシンプル化できると述べながら、予期せぬことを提供する「Offer Unexpected」をキーワードに「自身の固定概念にこだわらないマインドセットを持ってほしい」(グジバチ氏)と聴講者を隆起した。
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