CVCの戦略的・財務的リターンの両立が必要-NTTドコモ・ベンチャーズ 稲川氏

阿久津良和 別井貴志 (編集部)2019年03月22日 13時08分

 ベンチャー企業などへの出資を行うCVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)ファンドや、協業促進および起業支援プログラム「ドコモ・イノベーションビレッジ」の運営を行うNTTドコモ・ベンチャーズ(以下、NDV)は、2019年2月6日にオープンイノベーションを推進するイベント「NTT DOCOMO VENTURES DAY 2019」を開催した。今回は同イベントの開催を続ける理由や取り組みについて同社代表取締役社長の稲川尚之氏に話を伺った。聞き手は朝日インタラクティブ 編集統括 CNET Japan編集長の別井貴志が務めた。

ドコモ・ベンチャーズの代表取締役社長である稲川尚之氏
ドコモ・ベンチャーズの代表取締役社長である稲川尚之氏

――今回で4回目となった「NTT DOCOMO VENTURES DAY 2019」ですが、過去を振り返りつつ開催したご感想をお聞かせください。

 そもそも弊社はNIP(NTTインベストメント・パートナーズファンド投資事業組合)ファンド、DI(ドコモ・イノベーションファンド投資事業組合)ファンドを運用するために誕生しました。第1、2回は前任の責任者が開催していたので、コンセプトをすべて踏襲できたか分かりませんが、今に至るまで共通しているのは、「NTTグループとベンチャーが一体化してIT事業を発展させるためのオープンイノベーション推進」という姿勢です。特に第3回となった「NTTドコモ・ベンチャーズ DAY 2018」は、旧社名であるNTTインベストメント・パートナーズから数えると10周年目の節目に当たり、焦点を定めた新領域へ集中することを決めました。

 背景としては、NTTドコモは2017年度の中期戦略として「beyond宣言」を策定し、NTTグループもグローバビジネスの更なる成長を目指す方針を示す中で、NTTグループ各社の役割が明確化しました。これに従って我々NDVも、投資機会があるスタートアップとの出会いをトリガーに協業を考え始めるスタイルではなく、普段から領域やねらいを定めて投資機会を捉えていくスタイルに変化しました。だからこそ、どういう領域に照準を特に当てているのかをお知らせしました。

 ただし、じっとねらいを定めたまま待っていても機会に巡り合えませんので、イベントを開催することで弊社の存在を知っていただき、NDVが貢献できること、例えば資金面もそうですし、ともにビジネスを磨き上げたり、さらに企業の成長を目指すためNTTグループのパートナーになる選択肢もあり得ることを提示しました。

 資金調達と言うと、一般的な自営業であれば普通、銀行から融資を受けて、借金返済のために営業利益の拡大を目指します。このプロセスが破綻すると倒産に至りますが、VC(ベンチャーキャピタル)の世界だと、仮にビジネスが失敗した場合、「事業の成長性を見極められなかった投資家が悪い」となります。なので、VCやCVCは資金面以外にもいろんな協力を行うのですが、イベントでは具体的な協業事例を当事者自らが紹介することで、NDVやNTTグループから資金調達を受ける意義やメリットをお伝えする意図がありました。

 ちなみに第3回と第4回の集客数は同等ですが、今年(第4回)の方が盛り上がったように感じます。イベント終了後は多くの方からフィードバックをいただきました。とある企業幹部は「基調講演で話していたキーワードが胸に刺さり、別の予定のため途中退出のつもりが、結局最後まで見てしまった」というご意見や、「サラリーマンとして生きていく示唆を得られた」というご感想、協業事例も「自社に得るものがあった」と言ってくださった方が大勢いらっしゃいました。某官公庁の方からは「自分たちにはない、新たな展開にドキドキするほど興奮した」といった生の声までありました。また登壇者側も、私がモデレーターを務めたゲストスピーカーの方から「非常に楽しめた」と言ってくださったので、全体的に良い印象が残っています。

――基調講演では2018年の活動実績として、出資実行20件、協業30件以上とお話されていました。この数字に対してのお考えをお聞かせください。

 2016年もしくは2017年の出資実行件数は10件ほどでした。協業は半分程度です。NDVがベンチャー企業のビジネス内容や経営者を吟味し、ある意味ぐっと案件を絞っていたのが大きな理由でしょうか。2018年の数字に至ったのは、ベンチャー企業と一緒に仕事をしたいというNTTグループの企業を探して、マッチングさせることを繰り返した結果です。

 ただ、これも闇雲にマッチングしたわけではなく、当然、NDVが見極めた投資案件を集めたことも影響しました。ベンチャー企業の成長する可能性を見いだして協業に結びつけるのが鍵です。ポイントはこの「順番」です。「良い投資案件」を用意しないと、後から協業に結びつきません。我々が「良い投資案件」を見つけ、協業に関しても見込みのあるNTTグループをマッチングするプロセスが機能しだしたと思っています。もちろん中には「一緒にやろう」と組んだ案件がうまくいかないケースもありますが、全体としては順調という認識です。

――基調講演では、「5G」「会員基盤/デジタルマーケティング」「DX(デジタルトランスフォーメーション)」と3つのトピックを掲げていました。改めて注目する理由をお聞かせください。

 オリンピックが開催される2020年は5G(第5世代移動通信システム)インフラ構築が整い、情報通信の転換期を迎えます。5Gは「超高速」「低遅延」「多数同時接続」といった特徴を持ち、通信速度20Gbpsの実現が期待されていますが、これらの実現によってダウンロードだけでなく、動画を含む様々なデータのアップロードも快適になるでしょう。我々キャリアとして見た5Gは、ネットワークにAI(人工知能)などが備わって、ユーザーの位置に関する情報や再生した音楽や動画、検索キーワードといった情報が今まで以上に集まる、莫大な情報インフラとして捉えることができます。たとえば「稲川」という個人情報がすべて集約されますから、その個人が必要とする、最適化された情報が飛んでくる世界が実現します。これまでのデータを画一的に流す、コンテンツを受け取るだけのインフラから、自分がアップロードした情報によって自分の趣味や嗜好が反映されたインフラに変化するでしょう。運転や仕事、買い物など、様々なモノやコトが自動化されつつありますが、自分が欲する情報や何かしたいという欲求が、高度なインフラを経由することで自分仕様になって跳ね返ってきます。そこまで行けば、人間は他の選択肢を悩むことなく、最後は「ボタンを押す」といったワンアクションでモノゴトが済むような世界になるでしょう。

 2020年を変化点として、我々を取り巻く世界は大きく変わると思います。スマートグラスの登場や、これまでと異なるスマートフォン、センサーを内蔵した洋服もそうでしょう。すべてが変化するタイミングの節目になると思っています。我々は情報という価値をより高める使命があります。当然こうした世界を実現するためには適切なプライバシー保護の技術も必要になります。

 2つ目の会員基盤はドコモの「dアカウント」を意味します。過去を振り返ると、キャリアは好んで電話番号をユーザーを識別する符号として使用してきました。電話番号を使うということは、番号帯でどのキャリアと契約しているのかが分かるということですので、そうした識別はやめましょう、ということです。これまでキャリアが提供するサービスの多くは、自社の契約ユーザーに対するキャリアオリエンテッド(囲い込み)サービスでしたが、現在はどのキャリアでも使用可能になりました。dアカウントは電話番号に縛られず、ドコモをご契約以外のお客様も簡単に取得いただけます。江戸時代のように関所を設けて通行や行商を妨げるのではなく、dアカウントを軸としたオープンマーケットを目指すことで市場を拡大させ、同時にテクノロジーを活用し、顧客をより深く理解するマイクロマーケティングを実践していきます。なので、我々はマーケットの入り口と出口の部分を「dアカウント」を使って変えようとしています。

 3つ目は至るところで語られているので、我々も少し格好つけて言ってみたデジタルトランスフォーメーション(DX)です。十分なデータがなくて、習慣や大まかな仮定を前提したマーケティングをしていたとしましょう。例えば一次産業を例に考えると、このトマトは美味しいですよ、と言ってもなかなか伝わらない。販売現場で食べてみるわけにもいかないわけです。でも、データによるファクトに基づいた分析に至れば、本当のマーケティングや事業戦略が実現可能になります。例えば「これは何日間も太陽に当たって、この栽培期間の平均気温はトマトの育成には最適だった」ことが分かれば、打ち出し方も変わってきます。データの取得はトマトの苗木にセンサーをつけてもいいし、養殖なら魚にスマートチップを取り付けても構いません。これもDXです。

――たとえば農業生産に関するスタートアップは増加傾向にあります。漁業や流通も同じですね。業種的レイヤーで注目されているものはありますか。

 流通のバリューチェーンを考えると、出口にAmazonがすぐ頭に浮かびます。特に最近ではAmazon Goのようなリアル店舗もありますし、「インターネットの本屋じゃなかったのか」と皆が文句をつけても後の祭りです。まだ彼らが本格的に手をつけていないのが一次産業です。農業や水産業ですね。生産者の意識改革でIT利用が進めば生産性の向上が期待でき、データを通してどのように育ち、作られてきたかのストーリーが生まれます。特に地方の方がこのような取り組みを強化することで、生産物の付加価値をさらに高め、独自の販路や売り方が生まれれば、地方創生にも貢献するのではと思います。

――なるほど。それでは海外で注目されている国や技術、情報などはありますか。

 米国やイスラエルの技術です。先ほどのとおり、キャリアとして高度なインフラを意識すると、新たなセンサーやアルゴリズムが登場するシリコンバレーやイスラエルに注目せざるを得ません。もちろん周辺の技術も注視していて、ワイヤレスで給電するバッテリーレスのWiFi Backscatter技術や、非タッチ型で室内のスマートフォンを充電する企業も登場しました。バッテリー問題は自動車から始まり、ノートPCなど20年以上続く課題ですが、これらはそのあたりを改善する技術ですね。とはいえ、注目すべき技術を選ぶのはなかなか難しくて、2014年頃にスペースX(ロケットや宇宙船の開発・打ち上げに代表する商業軌道輸送サービス企業)が注目されていたとき、さすがに自分たちの業界とは関係ないと思っていましたが、今は「いつかつながってくる」と考えるようにしています。海外のベンチャーは日本人にはない発想を持ち、我々の学びにもつながると同時にビジネスにもつながるので、広く捉まえています。

――基調講演となった「コーポレート・ベンチャーキャピタルの未来」では、「深化」というキーワードを使っていました。この点を改めて説明してください。

 ちょうど2016年から2017年ごろ、日本企業からシリコンバレーに進出する相談を受けるようになりました。現地を訪れた日本人は競業する企業や業界をまたいで仲良くなりますが、そこで話題となるのが「CVCの存在意義」。企業から実績や成果を問われてもうまく説明できず、投資額とリターン額、戦略的関係を結んでも事業が成立していないなど、愚痴が続きます。

 企業側は「存在意義を考えろ」と言いますが、そもそも存在意義を考える必要性を求められる時点で組織は不要です。それをなくすために先頭を走り続けなければなりません。我々が率先して「新しく」「深く」「キラキラしたもの」を見つけることが期待されているものの、CVCとして「質の良い投資」も追い求めなければ、この投資の世界では生きていけません。そこで、NDVのメンバーからの発案が「深化」でした。活動の基礎はできているので、もう一段物事の程度を深めようということです。内部では我々の活動に関する基準を少し高めに設定しています。

――CVCの存在意義という話も興味深いですね。もう少し聞かせてください。

 CVCにおける「協業」という文脈では、親会社から「できるわけない」と反対され、小さくまとまり、従順に親会社の言うことを聞いた上で成果を上げても「本社が考えたレベルと同じ」と手のひらを返されます。だけど、重要なのは変化する切っ掛け=トリガーではないでしょうか。人の成長は切っ掛けを見つけて花を咲かせるもの。たとえば金持ちになれるセミナーに参加すれば全員お金持ちになれるわけもなく、コツや切っ掛けを得られるだけです。あくまでも世の中を変える切っ掛けを作った人物=良いベンチャーを見つけて投資したVCが素晴らしいと言えるでしょう。

 イベント開催後にテレビで内容が報じられた際、コメンテーターの方が「CVCは大企業だから情報が集まりにくい。有力なVCと組んで良い情報を集める・ベンチャーにも提示することが大事です」とおっしゃっていました。まさに同感です。私がプレゼンで発言した「ベンチャー界隈(かいわい)に入り混む」は、VCから情報を得るという意味でした。

 同業者はビジネスとして捉えているため、「1口乗らないか」と言ってくれることもあります。良いディール(取り引き)は机の下で行われると言われていますが、これをある種、公然とできるのがベンチャー投資です。こうした輪に入るには、質の高い情報を得て、高品質な案件に投資しなければなりません。つまり「深化」を通じて、自分たちのレベルを高めていく必要があります。

 CVCの観点から見れば「戦略的リターン」「財務的リターン」のいずれを求めるべきか、という議論がつきまといますが、僕は二元論ではなく両方が必要と考えてきました。「止まる」と「走る」を両立しないと自動車を走らせないように、戦略リターンと財務リターンの中庸な点、各企業の思惑で均衡するポイントがあるはずです。そこを見つけないとCVCとして深化すべきものを見つけられません。我々がそのバランスを、これまでよりも少しチャレンジングに設定しました。

――CVCの投資先や協業先を決める投資の「目利き」には何が必要でしょうか。

 もちろん財務的な計算、成長率はファイナンスの観点で重要ですが、ベンチャー企業のCEOが面白い・魅力的と思えることでしょうか。もちろんビジネスの内容が面白いか否かも重視しますが、いずれにせよ「面白い」を感覚としてあるかを重んじます。

 僕がモデレートした須藤さん(須藤元気氏)と本間さん(本間毅氏)の会話で気づきましたが、本間さんが「波に乗るためには待ち構えてないといけない」とおっしゃいました。僕にとって波が「良い案件」なんですよね。サーフィンなら巨大な波ではなく乗りやすい適度な大きさ、その波にベストなタイミングにテイクオフするには待ち構えなければなりません。その波を見分けるセンスが目利き力ではないでしょうか。

 今回のイベントで展示したベンチャー企業多くがそれに値します。僕や担当者が面白いと感じた企業が集まり、僕たちが信じているものを展示しているからこそ、展示会場も盛り上がったのだと思います。

――とはいえ戦略的・財務的リターンは求められるのは現実です。他方で質を高める活動も重要で、永遠のジレンマとも言えるでしょう。このあたりについてのご意見も聞かせてください。

 CVC側の立場を理解してくれるパトロンのような幹部が本社側に必要です。その人たちと「これ面白いですよね」と話ができる環境を作れば、やりやすいと思います。例えば「お前がやりたいと言った案件で生み出せる、戦略的リターンは?」と議論するべきです。そうした議論の際に「良い投資案件」にこだわっていれば、ビジネスモデルや財務状況、経営者の経歴といったファクトを、自らの主張をサポートする材料として活用できます。そうして相手を説得し、互いの目指す方向性を揃えていくプロセスが重要です。

 純粋に物差しだけで測る事業評価はナンセンスだと思います。また、上からの「何かやれ」と単なる注文では達成感がありません。勝ち方はいろいろありますが、試合の過程が達成感につながると思います。たとえばスポーツの逆転劇は感動しますよね。注文をつけてくる人は結果だけで「いくら稼いだの?」と愚問しますが、無形の価値を定量化するぐらい無意味でしょう。

 戦略に沿って結果として利益化するのがビジネスですが、戦略的・財務的リターンの両方が必要なのは間違いありません。議論になりがちな部分ですが、相手が目線を合わせていないからですよね。目指すものが違うと目線が合いません。そこを意識すれば、組織の目標も生まれ、より良い結果につながると思います。

「CVCの観点から見れば『戦略的リターン』『財務的リターン』のいずれを求めるべきか、という議論がつきまといますが、僕は二元論ではなく両方が必要と考えてきました」と稲川氏。
「CVCの観点から見れば『戦略的リターン』『財務的リターン』のいずれを求めるべきか、という議論がつきまといますが、僕は二元論ではなく両方が必要と考えてきました」と稲川氏。

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