続いて甲斐氏は、講演のもう1つのテーマである「起業・新規事業」についても触れていった。
ヒト・モノ・カネの3つのうち、起業に際して最も重要なもの。甲斐氏はヒトだと断言する。モノはヒトとカネがあれば作れる。カネも、ヒトとモノがあれば調達できる。「とはいっても、アイデアがなければヒトもモノも集まらない。つまりゼロからイチを生み出すためには、なんらかのモノがいるのも事実だろう」(甲斐氏)
そこで、甲斐氏が参考にしたのは、孫正義氏が提唱し、アメリカで流行しているモノを日本に持ち込む「タイムマシン経営」だ。甲斐氏によれば、2014年末の米国・レンディングクラブ(Lending Club)の株式上場がFOLIO誕生のきっかけという。同社は個人間融資のプラットフォームを手がけており、それ以外にも米国内で金融にまつわる新しい動きが次々起こっていることを知り、起業に向けての情報収集に奔走することとなった。
ただ、これだけでイノベーティブな会社が生まれる訳ではない。ベンチャーキャピタルなどへのプレゼンを続ける中で、甲斐氏は「ほんの少しのパッション」の存在に気付く。
「私の場合のパッションは『そうだ証券会社を作ろう』。文字にしてみるとなんてことないが、ハッキリ言って、この時代にゼロから証券会社を作るというのは正気の沙汰ではない。資産運用会社(投信会社や投資顧問会社)でとどめるという手もあったが、あえて証券会社を作って世の中をディスラプトするという発想がやはり私には必要だった」(甲斐氏)
仕事術のフレームワークでは、How(どのように) ・What(何を)・Why(なぜ)のうち、Whyが最も重要だと言われている。甲斐氏の指摘するパッションとは、このWhyとほぼ同義で、「なぜやるのか」「決めたことをやりきる」という意味において非常に重要という。
「HowやWhatは、Googleで答えを調べられる。しかしWhyやパッションは人ごとに違っていて、再現性がない。私だったら、両親ともに証券マンだったとか、ボクシングで頭を打たれすぎたからとか(笑)、証券トレーダー時代に感じていた課題意識とか、ある日突然『そうだ証券会社を作ろう』と思ってしまったとか……。皆さんがそれぞれのWhyを磨いていくことが重要だろう」(甲斐氏)
また甲斐氏がその難しさを指摘するのは、企業内における新規事業の創出だ。起業であればゼロからイチを生み出すため、個人個人のパッションがなにより重要となる。しかし新規事業創出となると、企業内の論理が当然適用される。新規事業をどのように実現するのか。ROIはどれくらいなのか。その選択に合理性はあるのか。既存事業とのカニバリゼーションも考慮しなければ、会社の上層部を納得させることもできない。
一般にイノベーションと呼ばれる大胆な変革は、従来のプロセスを一足飛びで超えていくようなもので、それは企業が日々とっている連続的な活動とは性格が根本的に異なる。「新規事業はだから難しい。イノベーションを起こすなら起業するほうがよほど簡単だ」(甲斐氏)
とはいえ、LINEのような実例はある。LINEは、韓国の検索大手であるネイバーが2011年6月に送り出したサービスだ。その開発の背景には、東日本大震災で通信インフラが寸断し、社内のコミュニケーションに困ったことから、急遽開発がはじまったとされる。
「聞くところによると、開発チームの間では(震災下という)非常に強力な『Why』があったという。起業でもそうだが、大企業が新事業を立ち上げるためにもやはり『Why』は重要だろう」(甲斐氏)
ただ、大企業がイノベーションを起こし続けるためには、M&Aという近道もある。2007年以降、Facebookは75社、Googleに至っては実に192社を買収した。大企業がイノベーションという非連続的な成長を起こし続けるため、社外の大きな力を取り込んでいるのは事実。甲斐氏は、日本企業もM&A戦略を積極化させる必要があるとの見解を示した。
甲斐氏は、「イノベーションを起こすための正解はないかもしれない。(万人にとって明瞭ではない)Whyやパッションが重要だと私が言うのもある意味それを物語っている。真っ白なキャンパスに落書きをすることが許されるような環境を会社が用意してあげる。それこそが、企業にとってイノベーションを起こすための最大で最短の道ではないか」と語った。
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