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クラファンしてN高に転校、オフ会で家をもらう--ネットで“人生”を変え続ける16歳

別井貴志 (編集部) 藤井涼 (編集部) 阿久津良和2019年03月04日 12時30分
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 CNET Japanは、2019年2月に開催されたクックパッドの生鮮食品ECハッカソンを取材した。その際に出会ったのが、コーディングが一切できないのにも関わらずハッカソンに挑戦していた、まだ16歳の高木俊輔さんだ。

 高校1年生の時にクラウドファンディングをしたことがきっかけでネットの通信高校「N高」に転校し、現在はDMM傘下のハッシャダイに在籍している。現状に対して「不安は全くない」と言い切る高木さん。インターネットで自らの道を切り開き、いまもなお変化を続ける彼の“人生”に迫った。

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高校生のルーチン生活は「おもろない」

——どこから聞くべきか迷いますが、まずは「N高」に転校した経歴を聞かせてください。

 僕はサッカー部の特待生として香川県の高校に進学しました。小学4年生から地元大阪のクラブチームに参加し、大阪府の中学校ではそこそこのゴールキーパーでしたが、大阪府は強豪高校が多く、どこの高校が(全国高等学校サッカー選手権大会の上位へ)進出できるかわかりません。そんな悩みを抱えていたところに声を掛けてもらったのが香川県の全寮制高校でした。

 ただ、朝6時に起きて12時に寝るという生活で、周りもサッカー漬けの人間ばかり。(体育会系部活で見られる上下関係の中で)「結果を出すならこっちの方がよくありませんか?」と意見していると、「アイツ、ヤバい」と関係がこじれるようになり、先輩などと事あるごとにトラブルが起きるようになりました。

 そのころから、高校が「おもろないな」と思い始めました。環境もさることながら朝から晩までのルーチンワーク。このまま3年間高校に在籍しても、ある程度の学力とサッカー経験を得られるだけだと思いました。サッカー自体は好きでしたが代表選手を目指すつもりもなく、「将来、何ができるんだろう」と考えました。

 いま在籍しているハッシャダイはDMMの子会社ですが、DMMでは18歳から入れる「DMMアカデミー」を運営しています。しかし、このまま香川県の高校に在籍していても、DMMアカデミーに入学することは難しい。それで「面白くない。辞めよう!」と思ってその高校を辞める決意しました。

「DMMアカデミー」
「DMMアカデミー」

——思い切った決断ですね。高木さんが、そのような価値観を持つようになったのは、いつごろからでしょうか。

 価値観を変えるきっかけとなったのが、中学校で文化祭を実施するためにスポンサーを集めたことです。公立中学校なので文化祭がなかったのですが、やりたいと思って、企画書に「開催から得られる学び」「世間に対するアピール」「学校側が得たい情報」などをまとめて提案したところ、学校から許諾を得ました。ただ、「お金は出さないけどやってもいいよ」という状況です。そこで段ボールやガムテープ、筆記道具といった備品を購入するために、文化祭にスポンサーをつけることにしました。

 ただ、スポンサーを得ること自体ではなく、スポンサーを募集する発想そのものが評価されると思い、クラウドファンディングサービスの「Polca(ポルカ)」で「文化祭にスポンサーをつけたい」というタイトルで募集したところ、目標金額の5000円が集まりました。これが最初のクラウドファンディング体験です。

クラウドファンディングサービス「Polca」
クラウドファンディングサービス「Polca」

 僕の通っていた高槻第四中学校は、文部科学省の「いまみらい教育」というアクティブラーニング推進モデル学校です。小学校時代も同じ指定を受けた高槻赤大路小学校に通ったのですが、暗記だけではなく考える力を身に付けるカリキュラムを実施しており、どのように問題を解決するかという能動的発想を実践したことが評価につながりました。

 この文化祭でも、本来であれば「労働」は大変な作業ですが、文化祭の労働は楽しく感じますよね。それは「労働を楽しませる技術」が重要だと思い、労働を意識させない工夫をふんだんに盛り込み、それが成功につながりました。

ツイートしたらiPhoneがもらえた

——クラウドファンディングをする中学生がいるとは恐るべし……。ところで、高校転校のきっかけになったDMMアカデミーの存在はどのようにして知ったのでしょう。

 話は中学3年生の春休みまで戻ります。(手元のスマートフォンを見せながら)これは友だちに買ってもらったiPhone 8なんですが、Twitterで「携帯電話が壊れた」とつぶやいたら「買ってあげる」と返信があり、その後中学校から帰ってきたら本当に届いていたんです。

 そして、以前から憧れていた東京へ「スマホ1つで行ってみたら面白いのでは」と思い、もらったスマホを持って2泊3日の旅行に出ました。その時にTwitter経由で知り合って泊めてくれたシェアハウスの人がDMMの関係者で、「DMMアカデミーにおいでよ」と言われました。そのときの印象ですか?「東京めちゃ格好良い」です(笑)。

 もう1つ衝撃的だったのが、東京滞在中に森美術館へ連れて行ってもらったことです。大阪では普通の高校生の日常しか知りませんでしたが、東京には美術館という選択肢があるんだなと思い、「行くしかない」と心に刻みました。

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 サッカーへの意欲も急激に減退したのは、この経験が大きかったと思います。ただ、DMMアカデミーは18歳にならないと入れません。同じころに、「N高」(角川ドワンゴ学園N高等学校)のことも知りました。学費も30万程度(ネットコース)ですし、ここには行けるんじゃないかと思ったんです。

クラウドファンディングをして「N高」に転校

——DMMアカデミーに入れる年齢に達するまで、まずはN高に入ろうと思ったんですね。学費はどうしたんですか。

 親には高校を辞めたいという気持ちは以前から話していました。ただ、特待生だったので、学費などは免除されています。その時は「親に頼るのは格好良くない」と中二病的な考えを持っていて、N高については自分で打開できないか考えて、(中学の文化祭と同じくクラウドファンディングの)Polcaで集められないかと思いました。

 以前、あるTwitterのフォロワーが「お風呂に行きたい」という理由だけで出資を集めていて、そのお礼が「牛乳の写真」だったんです。これなら自分にもできるのではないかと思い、実際に募集したところ、(東京に行く際の)大阪から東京までの飛行機代が集まりました。当時はアルバイト経験もなく、いまからすれば大きな勘違いでしたが、「お金って簡単にもらえるんだ」と思いました。

 そこでN高の学費も募集したところ、18時間程度で30万円が集まりました。授業が終わってスマートフォンを見ると10万円が振り込まれていた衝撃はいまでも覚えています。その後、学校を辞めることを親に話して承諾を得て、次に教師へ話したところ返ってきたのが「ありえへん」という答えでした。

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——当時の高校の教師とはどのようなやりとりがあったのでしょう。

 教師は校則表を見せながら「クラウドファンディングはカツアゲにあたるよ」と言ったんです。金品募集が該当するらしく、その時は素直に謝りましたが、校則違反として1週間の停学を命じられ、香川から大阪の実家に帰りました。

 停学期間が終わり高校に行ったところ、「もう、うちの学校では扱われへん。辞めてくれ」と。これには自分の親も「仕方ないな」という反応でした。うちの親は「自分のことは自分でやれ」という考えを持っていて、金銭的にも平均的な家庭だったので、「子どもを縛りたくない」「お金は出せないけれど、自分がやりたいことをやれ」という思いがあったのでしょう。「香川の高校はもう充分」という僕の意思を認めてくれました。ただ、最終的には退学ではなく、双方の話し合いの結果、僕の意志を尊重してもらい転校という形になりました。

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