では、当事者の特殊事情をふまえた価格の算定はどのように行われているのだろうか。日本の不動産テックの異常とも言えるエクセル信仰を解説しよう。
日本の不動産事業者はとてもエクセルが好きである。なんでもエクセルでやってしまう。価格算出だけでなく、スケジュール管理でガントチャートを作ったり、「マイソク」と呼ばれる不動産概要資料もエクセルでこなす。
これは、駅前不動産会社から1兆円を超える不動産の運用会社まで全てにあてはまる。数千億円の不動産100棟を運用している不動産会社に恐ろしいエクセルを見せられたことがある。運用している各不動産の収益情報をシート単位で作成し、100シート以上をシート間参照で横串を刺してポートフォリオとして管理していた。
当然、異常な遅さでしか動かない。「Microsoftもこの程度か」と担当者は不満を漏らしていたが、Microsoft担当者もまさかそのような使い方をするとは思ってもいないであろう。しかしながら、このような恐ろしいエクセルを組み上げられる人は「エクセルマスター」として会社で非常に重宝される。ちなみに私も「エクセルマスター」として高い社内評価を得た類である。
このような、エクセルへの根強い信仰が、日本の不動産テックの普及を妨げており、いわゆる「脱エクセル」の大きな障害となっている。
アメリカで25年前から普及している「ARGUS(アーガス)」という不動産価格の算定システムが存在する。世界40カ国以上で利用され、不動産取引においてはARGUSのデータがやり取りされる。効率性、整合性、透明性といった、不動産テックのキーワードを全て満たす不動産テックの老舗サービスである。13年程前に日本語版が発売され、さまざまな普及策が取られたが、結果的に日本からは撤退してしまった。その理由は、エクセルに負けてしまったからだ。
日本の不動産業界は、エクセルに限らず、メール、FAX、紙といったひと世代前のツールに頼る傾向が強く、不動産データベースの構築がなかなか進まない。不動産テックによって「使える不動産価格」が算出されるためには、膨大な量の不動産や不動産取引に関するデータベースが不可欠であり、これらデータベースを構築するまでは、不動産テックはまだまだ「勘と経験と度胸」にかなわないであろう。
アメリカの不動産テックにおいては、iBuyer市場がとても盛況である。iBuyerとは、価格査定ツールを活用して売り手から物件を直接買い取り、その後転売するビジネスモデルのことである。転売ビジネスであるため、安く買い叩く必要がある。そのため、早く売らなければならない「3D」と呼ばれる「Debt 借金」、「Devorce 離婚」、「Death 死別相続」に伴う売却が対象となり、一部のニッチなマーケットが対象となっている。ニッチとはいいながらも、OpendoorやOfferpadを追いかける形でZillowが参入したことからも、マーケット規模やポテンシャルへの期待が大きい。
では、iBuyerは「勘と経験と度胸」を価格査定ツールで乗り越えたのであろうか。答えは否である。iBuyerがとっている戦略は、価格査定の精度を上げることではなく、高い精度の価格査定を行える物件を特定することに注力している。つまり、価格予測のしやすい都市や不動産に絞り込んだ事業展開を各社行っている。もちろん、ビックデータを用いて価格のボラティリティ(予測変動率)の低い不動産を特定する部分は、非常に高度な不動産テックであり、ある意味では価格可視化や査定の最も進んだサービスでもある。
今後は対象エリアや対象不動産を増やすことが重要であるため、不動産や当事者の個別事情を加味した制度の高い査定が追求されるであろう。iBuyerが取り扱う物件が拡大し、「勘と経験と度胸」を凌駕する日が来るかどうかは、”不動産屋”にとっても存在価値に関わる非常に重要な問題である。
リマールエステート株式会社 代表取締役社長CEO 森ビルJリートの投資開発部長として不動産売買とIR業務を統括するとともに、地方拠点Jリートの上場に参画。太陽光パネルメーカーCFO、三菱商事合弁の太陽光ファンド運用会社CEOを歴任。クロージング実績は不動産や太陽光等にて3,500億円以上。 2016年に不動産テックに関するシステム開発やコンサル事業等を行なうリマールエステートを起業。日本初の不動産テック業界マップを発表するとともに、不動産テックに関するセミナー等を開催するほか、不動産会社やIT企業に対してコンサルティングを実施。自社においても不動産売買支援クラウド「キマール」https://kimar.jpを展開。2018年、不動産テック協会https://retechjapan.org/の代表理事に就任。 早稲田大学法学部を卒業後、政治学修士、経営学修士を取得。コロンビア大学院(CIPA)、ニューヨーク大学院(NYUW)にて客員研究員を歴任。
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