2月26日から4日間にわたってスペイン・バルセロナで開催された、携帯電話業界最大の見本市イベント「MWC Barcelona 2024」。業界の今後を占うイベントとして毎年大きな注目を集めているが、2024年はどのような傾向が見られただろうか。
コンシューマーに近い視点で見た場合、大きな変化として挙げられるのはやはり、スマートフォンの退潮が顕著だということ。ここ十数年来、携帯電話業界をけん引してきたスマホだが、5Gの普及期を迎えスマホ市場も飽和傾向にある中にあって、MWC Barcelonaではスマホの展示が明らかに減少している。
そのことを象徴しているのが、世界的にも大手となる中国のオッポがスマホ主体の展示を取りやめ、大手スマホメーカーが軒を連ねるMWC Barcelonaの“花形”というべきホール3から姿を消したことだ。
ソニーやLGエレクトロニクスといった古参のメーカーが出展を控えるようになったコロナ禍以降、MWC Barcelonaでの展示に力を入れてきた同社が規模を縮小したことは、スマホの存在感低下を如実に示している。
またほかの大手メーカーも、スマホの展示を中心に据えながらも、力を注ぐデバイスは他のものへと移りつつある。実際、韓国のサムスン電子は発表して間もない「Galaxy S24」シリーズの展示を主体にしているものの、スマホより同シリーズの特徴であるAIに主眼を置いた展示となっているし、より注目を集めていたのは開発中とされる指輪型デバイス「Galaxy Ring」の方だ。
また、中国シャオミのブースにおいても、MWC Barcelonaに合わせて発表された「Xiaomi 14」シリーズが展示の主体となっていることは確かなのだが、それと同じくらいの面積を占め、より大きな関心を集めていたのは同社初となるEVの「Xiaomi SU7」であった。
もちろん、中国レノボ・グループのブースで、傘下のモトローラ・モビリティが腕に巻き付けられるスマホのコンセプトモデルを展示するなど、新しいスマホを模索する動きはいくつか存在している。ただ、新興国でも市場の飽和傾向が見えてきており、アフリカを事業の主体としている「Tecno」ブランドの中国トランシオンのように、日本では馴染みがない新興国主体のメーカーが世界市場の上位に入っている現状を考慮すると、やはりスマホが携帯電話業界のけん引役ではなくなりつつあることも確かだろう。
では、今後の携帯電話市場をけん引する役割を担うのは何か? というと、やはり「AI」ということになるだろう。2023年に登場した「ChatGPT」をはじめとする生成AIは、IT産業全体に大きなインパクトをもたらしている。しかしそれは、携帯電話業界も例外ではない。
実際に今回のMWC Barcelonaでは、あらゆる機器やソリューションでAIの活用を大きく打ち出す企業が多く見られた。とりわけコンシューマー向けのデバイスに向けてAIの活用に力を入れていたのが、米クアルコムや台湾メディアテックなどのチップセットベンダーだ。
先にも触れた通り、サムスン電子がGalaxy S24シリーズで生成AIを活用した機能をスマホの新たな進化軸として打ち出しているが、チップセットベンダーもその流れをしっかりキャッチ。各社はスマホ上で、クラウドを使用せずオンデバイスで生成AIの処理を実現できることのアピールに力を注いでいた。
さらにクアルコムのブースでは、2023年末に発表され話題となった、通信機能を備えた小型のAIアシスタント「AI Pin」も、同社のAIエンジンを搭載したチップの活用事例として展示。そのデモが大きな関心を呼び人だかりができている様子を見るに、AI技術によってコンシューマー向けのデバイスがスマホに限らない時代へと移りつつある様子も見えてくる。
もちろん、AI技術はデバイスだけでなく、モバイル通信のネットワークにも大きな影響を与えようとしている。その動きを象徴する動きの1つが、ソフトバンクが米エヌビディアや英ARMなどと「AI-RANアライアンス」を設立したことだ。
これは、携帯電話基地局などの無線アクセス機器に、仮想化技術とAIを取り入れることにより、ネットワークの効率化やリソースの有効活用などを実現する取り組み。ARMブースで実施されていたデモでは、生成AI技術の活用によりノイズの補正をすることで、通信のパフォーマンスを20~40%向上させる取り組みや、仮想化技術を採用した基地局のリソースを、通信量が少ない深夜などに活用してAIの推論など負荷の高い処理をするためのコンピューターリソースとして提供する取り組みなどを披露している。
そしてもう1つ、今回のMWC Barcelonaにおいて特徴的な動きを見せているのが日本企業だ。現状、携帯電話業界における日本企業の存在感は極めて小さいが、その存在感を高めるため積極的な取り組みを見せる企業が増えていたのだ。
代表的な事例となるのが、NTTドコモや楽天グループが力を入れる、基地局など無線アクセス機器の仕様をオープンなものにしてさまざまなメーカーの機器を導入できるようにする「オープンRAN」に向けた取り組みである。ドコモは「OREX」ブランドを立ち上げ、海外の携帯電話会社のオープンRAN導入支援を推し進めている。
また楽天グループも、楽天モバイルで培った仮想化・オープン化の技術を、傘下の楽天シンフォニーがプラットフォーム化して海外の事業者に提供する取り組みを進めている。オープンRANの気運は2023年ほどではないとはいえ、各社が講演イベントを実施すると多くの人が集まるなど、依然高い関心が寄せられている様子を見て取ることができる。
そして、もう1つの事例となるのがKDDIだ。KDDIは今回のMWC Barcelonaに初めて出展したのだが、同社が出展を決めたのは前年のMWC Barcelonaで、代表取締役社長の高橋誠氏が、NTTドコモ 代表取締役の井伊基之氏と会い、井伊氏から日本企業のプレゼンスを上げるためぜひ出展して欲しいと声をかけられたことが大きいという。
ほかにも、NTTが主導する次世代の光ネットワーク技術「IOWN」の実現に向け設立された「IOWN Global Forum」も、MWC Barcelonaで初めてカンファレンスイベントを実施。固定通信のさらなる高速大容量化や低遅延、低消費電力を実現するIOWNは、より高い性能が求められる次世代の通信規格「6G」の実現に向けても重要な技術になると見られているだけに、モバイルの世界でもアピールを強め世界的に存在感を高めようとしている様子を見て取ることができた。
携帯電話業界における日本企業の存在感が急速に低下したのは、スマホが大きく盛り上がったこの十年のことである。それだけにスマホが業界を主導する時代が終わり、新たな方向性の模索が始まっている現在のタイミングは、実は日本企業にとってチャンスだともいえるだろう。
ただ、先にも触れた通り、現状携帯電話業界における日本企業の存在感はないに等しい。大きなビジネスにつながっていないことから、知名度や存在感という意味では欧米や中国、韓国などの主要企業と比べて見劣りしている印象は否めない。
また、日本企業のブースやカンファレンスを見ていると、参加者のうち日本人が占める割合が高いことも多く、日本以外の国や地域からの関心をまだあまり集められていないケースが見られるのも気がかりだ。
そうしたことから、日本企業が真に存在感を発揮するにはまだまだ課題も多いと感じる。しかし、参加する企業の増加が日本企業全体のプレゼンスを確実に高めることは確かだろう。今後も多くの日本企業がMWC Barcelonaに出展し、存在感を高め世界でのビジネス拡大につながることを期待したい。
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