筆者は手の中にある石の重みを感じてから、それを地面に軽く投げ戻した。背の高い草に指を滑らせると、茎が波打って平らになり、元の状態に戻るのが感じられた。それから、手を伸ばして雲をつかみ、自分の方に引き寄せた。
これらの物体はどれも実在しないものだ。石も草も雲もすべて仮想現実(VR)の産物である。だが、自分の手の皮膚には、それらの物体が完全に本物であるように感じられた。
筆者は、雪の降るユタ州パークシティで開催されているサンダンス映画祭を訪れ、VRスタートアップのHaptXが開発した触覚グローブの初の公開デモを体験した。HaptXのグローブは、仮想現実が抱える最も悩ましい制約の1つを克服できるように設計された。つまり、ヘッドセットでは仮想世界を目で見て、音を聞くことはできるが、手で触れることはできない、という制約だ。
現在提供されているVR技術では、ユーザーがハンドコントローラを動かして、仮想世界と相互に作用することができるが、これでは、その問題の半分しか解決できない。VRで固体のように見えるものが視界に入ったとき、ユーザーがその方向に手を動かしても、そこに何もないことを感じるだけである。VRは、ユーザーが仮想現実を現実と錯覚してくれること(「プレゼンス」)で成立しているが、このように物理的なインタラクションが欠落していることは、それを台無しにしてしまう。
サンダンス映画祭で毎年開催されるVR専門イベントに展示されていた、ほかのいくつかのVR体験(映画監督のDarren Aronofsky氏が制作したサイケデリックな宇宙冒険や、VR分野の権威者であるChris Milk氏が制作したVR体験など)では、仮想世界とのインタラクションを星雲状の光跡を作り出すことに限定し、その問題を回避している。だが、HaptXはその一歩先を行っている。
筆者はまず、ぴっちりとしたファブリック製の黒いグローブに手を入れた。それぞれの指先はプラスチック製の指ぬきのようなもので覆われており、平らなプラスチック製ケーブルが手の甲の上を蛇行するように取り付けられている。グローブは、太いアンビリカルケーブルでVR装置に接続されている。
VRヘッドセット(今回のケースでは「HTC Vive」)を装着すると、目の前にカラフルな仮想の農家の庭が広がった。手を伸ばして、赤く塗られた木造の納屋に触れてみた。硬い感触だった。アニメーションで動く灰色の石があるところまで手を動かすと、抵抗を感じた。仮想の石が見えるところで指を閉じると、本当に手の中で何かを握っているような感触があった。波打つ草に手を触れ、木造の風車の羽根を回してみた。どれも実際に自分の手で握ったり、触れたりしている感触があった。
このグローブは、手の表面上で100個以上の極小の気泡を膨らませたり、萎ませたりすることで機能する。HaptXはその気泡を「tactor」と呼んでいる。「tactile」(触覚)と「actuator」(アクチュエータ)の合成語だ。これらの極小の膨張性気泡の数が多ければ多いほど、よりきめ細かい感触を伝えられる。例えば、デモでは、仮想の蜘蛛が筆者の手の上を這っていった。その足取りの感触は、実物の通りに軽く、くすぐったかった。紙吹雪や雨が手のひらに優しく降りかかるのも感じた。
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