日本マイクロソフトが販売するMR(複合現実)デバイス「Microsoft HoloLens」(以下、HoloLens)は、既にビジネスの最前線で活用されるようになった。同社は2017年10月から開発スキルや知識に基づいて、法人顧客がHoloLensやWindows Mixed Realityデバイスを用いたソリューションを提供可能にするため、Microsoftおよび日本マイクロソフトが参加企業に対して、トレーニングや技術情報提供と実証実験を可能にする「Microsoft Mixed Realityパートナープログラム」を開始している。その1社に名を連ねるのが、ITソリューションを提供するネクストスケープだ。
ネクストスケープは野村不動産とプライムクロスと3社共同で2017年5月に、HoloLensを活用した新築マンション販売向けビューアー「ホログラフィック・マンションビューアー」を開発している。2017年7月から野村不動産が販売開始した「プラウドシティ越中島」に導入し、紙やウェブといった2D情報では直感的に理解しにくい建物のイメージを視覚的に把握可能にした。ホログラフィック・マンションビューアーは、マンション建物の建築予定地でHoloLensを装着すると、原寸表示を行う「リアルサイトビューアー」と、マンション外観模型をHoloLensからホログラムで表示し、日照シミュレーションなどに活用する「ホログラフィック外観ビューアー」の2機能を備えている。
だが、疑問に残るのはSIer(システムインテグレーター)であるネクストスケープが不動産テック系ソリューションの開発に携わった経緯だ。ネクストスケープ クラウド事業本部 クラウドレンダリング事業開発部 部長 HoloLens MRプロデューサー/Exデザイナー 岩本義智氏は、「弊社のマーケティングツール『Marketo(マルケト)』の導入支援を野村不動産の関連会社であるプライムクロスに導入させて頂き、そこからお付き合いが始まった。私が前職でタブレットを使った不動産向けAR(拡張現実)ソリューションを手掛けており、不動産という文脈で『魅せる』という実績を持っていたことも大きい」と語る。続けて岩本氏は、現地に訪れて建物を顧客に見せることで、情報の表示を体験・体感に変化させるソリューションを頭の中に描いていた。そのアイディアを2017年4月上旬に野村不動産へ提案したところ2週間で決定。開発はゴールデンウィーク前に着手し、5月23日に3社でプレスリリースを発表に至ったと説明する。
マンション販売開始に合わせて納品となったホログラフィック・マンションビューアーだが、ネクストスケープは以前から建物の3Dモデル開発に知見を持っていたため、短期間の開発が可能だった。しかし、HoloLens用アプリケーション(以下、アプリ)開発関係者で共通する課題は、「顧客が(複合現実で実現するソリューションを)イメージできていない点」(岩本氏)だという。「我々は基本的なアプリを開発してからご覧に入れ、その上で(ホログラフィック・マンションビューアーは)意見を踏まえながら、部屋の選択機能や現地のARマーカーを使った位置補正機能など、段階的に機能を増やしていった」(岩本氏)とアジャイル開発を行った。また、不動産業界初を目指すため開発に注力しながらも、「国内初事例を狙うため、最初は建物を表示するだけの軽いシステム」(岩本氏)だったことも当初の戦略どおりだったという。
ネクストスケープは9名のスタッフが他の業務を掛け持ちしながら、社内のHoloLens事業を手掛けている。限られた人材でHoloLensアプリを開発するのは苦労が絶えなかったという。その1つがHoloLensデバイスの描画性能。「リアルタイムで3D描画する能力は限界があるため、負荷を掛けずに高精細な映像を作るかがポイント」(岩本氏)。3D CADデータは情報量が多く、そのままHoloLensアプリで表示させるのは現実的ではないため、データの軽量化などが重要だと同社は説明する。
また、光や熱に弱いという意外な弱点もあるという。前者は「リアルサイトビューアーは野外で使うが日差しがまぶしく、(HoloLensのディスプレイに)マンションが映らない。我々はHoloLens用手作りサングラス『ホロバイザー』を用意した」(岩本氏)という。後者の熱については熱暴走でHoloLensアプリが落ちるケースを回避するため、「結露しない程度の温度調整を行ったクーラーボックスと複数台のHoloLensを用意し、交換しながら顧客に使ってもらった」(岩本氏)そうだ。関連する問題では、ディスプレイ輝度を高めると1時間程度でHoloLensのバッテリーがなくなるため、充電が欠かせなかったと、運用面でカバー可能ながらも、HoloLensを現場で使う上での苦労を吐露した。
前述のとおり7月から利用可能になったホログラフィック・マンションビューアーだが、顧客からのフィードバックは「『こういうマンションなんだ!』とご納得頂く」(岩本氏)ことが多いという。空間認知能力は男女差がある、といくつかの論文が立証しているが、2D資料の情報を3Dで視覚的に体験することで腹に落ちる方が多いそうだ。また、別の例では検討されていた部屋が想像以上に道路寄りだったため、「『道路に近すぎる』との理由で部屋の選択を再検討されたケースも。ただ、購入後に悔やむよりは事前に確認できるのは大きい」(岩本氏)はずだ。越中島周辺は日本におけるウォーターフロントでも端に位置するものの、お台場や汐留などと同等の集客があり、マンションの売れ行きも上々だという。
MRのビジネス活用は浸透しつつある。それは誰しもが否定しないだろう。ネクストスケープは、日本マイクロソフト マイクロソフトテクノロジーセンター センター長兼サイバークライムセンター日本サテライト責任者 澤円氏の受け売りと前置きしながらも、「我々が使う・購入するなどの行動はすべて3D空間。だが、パリに行ってみたいと考えた時、目にする資料は2Dである。この間には『情報の圧縮』があり、こぼれた部分をMRソリューションで補えば、少なくとも視覚情報は補うことが可能だ。その方向性を目指すべき」(岩本氏)と説明する。もちろんここまでは現時点であるものを仮想的に複製しているに過ぎないが、建築中のマンションを体験・体感できるようにするため、2D加工で質感を向上させるなどコンテンツのリアリティ化が有益だと同社は強調した。
他方でAR/VR/MRの機能差をビジネスの観点からひも解くと、「長短あるため決定打はない」(岩本氏)という。例えば没入型VRは視点の自由度が高いものの、3D映像制作のコストは増えてしまう。ARは安価に導入できると同時に高い臨場感を得られるが、スマートフォンなどを利用するため現実空間に配置したイメージを分かりにくい。ネクストスケープは案件次第としながらも、「スマートフォンのARは業務で使えない。現実空間で複合体験を提供するならHoloLens一択。他者との会話や同じ映像を目にするなど体験を共有できる」(岩本氏)とHoloLensの業務利用を後押しした。
既に多くの不動産関連企業から問い合わせを集めるネクストスケープだが、不動産テック以外でも「avex-xRハッカソン」で授賞するなど活躍の場を広げている。ホログラフィック・マンションビューアーによる知見の横展開や、HoloLensコミュニティで情報交換を続けながら、「我々は日本マイクロソフトのパートナーとして責任を持って人材の拡充やスキルアップを継続的に行う」(岩本氏)とHoloLensビジネスを続ける決意を表明した。
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