脳の増強というと、まるでSFのように聞こえるかもしれないが、その技術は神経科学で既に確立された分野だ。電気信号を利用して人間の脳と通信する非侵襲的な脳波センサ技術もあれば、聴覚神経細胞を介して聴力を補う人工内耳も実用されている。パーキンソン病やてんかん、また、運動ニューロン疾患である筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの治療で、ブレインコンピュータインターフェースはすでに不可欠な存在となっているのだ。
Johnson氏が脳の増強の用途として考えているのは人間の強化で、この分野の専門研究者からすれば、意外なことでも非現実的なことでもない。
米デューク大学のMikhail Lebedev氏とサウスカロライナ大学医学部のManuel Casanova氏は、Frontiers Spotlight Awardの一環として10万ドル(約1130万円)を受け取り、2018年には脳の増強をテーマにスイスで学会を開催する。両氏とも、Kernelのような企業が完全な医療用途の域を超えて、脳の増強に目を向けてくれることを期待している。
Johnson氏は、最初に起業したBraintreeという会社を2013年にeBayに売却し、2016年にその収益をもとに1億ドル(約113億円)でKernelを創業した。人間の脳を増強するというこの挑戦に加わったのがMusk氏だ。Musk氏は、自らNeuralinkという新しい会社を興したことを2017年の3月に公式発表している。
NeuralinkとMusk氏からコメントは得られなかったが、Wait But WhyがMusk氏を取材して4月に掲載した記事には、Neuralinkに着想を与えたアイデアが書かれている。
KernelとNeuralinkは、開発しようとしている技術について沈黙を守っている。分かっているのは、両社のウェブサイトからうかがい知れる内容と、創業者が公式に語ったわずかな情報だけである。
Kernelで開発しているのは脳のための一連の機器であり、ゲノム解析で使う遺伝子編集装置にも似ている、とJohnson氏は意図的に曖昧な形で漏らしている。だが、その技術の使い道は、同氏も完全に把握しているわけではない。そして、そのことをJohnson氏はとりたてて問題にはしていない。
「人々はこれまで、未来を予言することに失敗してきた。いつも当たることはない」(Johnson氏)
Johnson氏は、グーテンベルクの活版印刷機や電気の例え話を引き合いに出し、人は新しい道具を作り出すときに、必ずしもその使い方を想定できていないと指摘している。同氏によれば、だいたいそれでもうまくいくのだという。
そう語る一方で、Johnson氏は安全策を取ることも支持している。人類にはこれまで、常に信頼できるという実績があるわけではない。同氏が望んでいるのは、(同氏も認めているように)物事は悪い方向に進む可能性があるので、その確率を引き下げるということだ。「われわれは、これを台無しにするのか、あるいは台無しにする可能性はあるのか。その可能性は間違いなくある。われわれはいつも失敗している。そのため、人間は常にリスクを抱えていると私は考える」
中には、脳の増強に対して本能的な反感を抱く人もいる。その1人であるSharkey氏はこう言っている。「脳を増強されるくらいなら、洞窟暮らしの時代に戻る方がましだ」
そのくらい、反感が大きいということだ。実際、こうした技術を待望する声は、驚くほど少ない。Pew Research Centerが2016年に実施した調査によると、米国民のうち10人中7人近くは、たとえ集中力が上がるとしても脳にチップを埋め込むのは「非常に不安」、または「やや不安」だという。また、こうした可能性のある技術を「あまり支持しない」あるいは「まったく支持しない」という回答も64%に上った。
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