ゲームの真髄は「身体性」--Niantic川島氏×スクウェア・エニックス三宅氏【対談】 - (page 2)

別井貴志 (編集部) 井口裕右2017年09月21日 08時00分

「ゲーム業界の夢のひとつ」誕生に悔しさと感激

――三宅さんが『Ingress』をやろうとしたきっかけを教えてください。

三宅氏:ゲームやインターネットがスクリーンの中に閉じ込められているという感覚が強くて、便利になればなるほど身体性がなくなっていき、ウズウズするようになったというのが大きいですね。ボードゲームでは身体性はそれほど大きくなく、Twitterで居場所を晒して逃げるという“デジタル鬼ごっこ”のような遊びもしてみましたが、何か違うと感じて。そこに『Ingress』が登場して、シンプルなルールに基づき大人数で遊ぶという世界観にハマってしまいましたね。

 デジタル空間でありながらリアルに広がっているゲームというのは、ゲーム業界の夢のひとつだったのです。現実と接点を持つゲームは昔からありましたが、高い技術によってデジタルとリアルが融合したゲームの世界が誕生したことに、悔しい思いもありながら感激したのを覚えています。

川島氏:三宅氏の本を読めば読むほど、思い描いている世界と『Ingress』が実現した世界の一致性を感じますね。

 たとえば、他者に領域を侵されることで自分自身の中に怒りの感情が生まれるという「アージ理論」は、『Ingress』でもまさにその通りだと思います。ポータルは誰のものでもなく、世界も誰のものでもありません。しかし、自分のテリトリーや支配しているポータルを侵されるとエージェントの心の中に燃えあがる感情が出てくるわけです。

アージ理論:感情とは、場所や領域といった環境に対して引き起こされる適応システムだとする考え方。たとえば動物は、自分のなわばりの中に他者が侵入すると、「怒り」という感情が促される。これはデジタルゲームの人工知能でもよく用いられる手法である。

三宅氏:ゲームの喜びは、ユーザーの中にどのような感情や欲求を生み出せるかだと思うのです。特に、領土欲というのは人間の原始的な欲求でありながら今のリアルな社会では成立せず、私たちが現代社会の中で封じ込めているものですよね。アージ理論は、自分の巣の周りに敵が来たら怒るという土地と感情が結び付いたものですが、普段は抑圧されているものです。しかし、『Ingress』をやることで自分の中にそういう欲望があったんだということに気が付くわけです。

 ゲームは、ユーザーからどんな欲望を引き出すかによってその楽しみ方が変わってきます。現実の空間に、アージ理論が指摘するような環境からの欲望を引き出すことに成功し、それによって成立しているゲームは、恐らく『Ingress』が初めてなのではないでしょうか。自分の領土を持っていると外から敵が攻めてくるという世界観は、人工知能を使ってバーチャルな空間で完結するゲームでも作り出せます。しかし、『Ingress』では領土を攻めてくるNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)と同じ立場をプレイヤー自身が楽しめるのです。自分が開発している人工知能によるゲーム空間が、現実世界に生み出されていることに驚きますね。

「ゲームは、ユーザーからどんな欲望を引き出すかによってその楽しみ方が変わってきます」と三宅氏 「ゲームは、ユーザーからどんな欲望を引き出すかによってその楽しみ方が変わってきます」と三宅氏

川島氏:現代社会は世の中から隔絶されていて、それによって気が付かない潜在的な欲望があると感じる部分があります。自宅でも職場でも移動中も見るものはほとんどが(PCやスマートフォンの)スクリーンを通じて得られるもので、自分の身体に潜在している気持ちと向き合うことがほとんどありません。そして多くの人はそのことに気が付かないのです。こうした気持ちのバランスが崩れてストレスが生まれている状況が、現代人が抱えるさまざまな問題の根源にあるのではないかと思います。

 『Ingress』をはじめとするNianticのプロダクトは、このバランスを整えて潜在的な欲望を呼び覚ますような体験を生み出すという試みを続けています。こういう取り組みは、もっとするべきではないかと感じます。理屈ではなく、身体の中から湧き上がるような感情をもっと生み出していくべきではないかと思います。

三宅氏:ゲームは本来、普段抑圧されている感情や本能をどれくらい解放することができ、そのプレイヤーの精神バランスをどれくらい整えられるかが価値になります。『Ingress』には初めて解除できた本能があり、普段抑圧されていることで生まれているストレスが解消されているから、あれだけ多くの世界中の人が熱狂したのではないでしょうか。

 人間の基本的な欲求であればあるほど、汎用性は高いのです。たとえば、テトリスが世界的に人気なのは「片付ける欲求」をみんなが持っているからであり、『Ingress』は領土欲という土地と自分の関係をもう一度結び付ける原始的な本能を呼び覚ますことで、ユーザーが元気になっているのではないでしょうか。

川島氏:『Ingress』や『Pokémon GO』がなぜこれほど多くの人に深く愛され、世界中に広がっていったのかは、作っている私たち自身にも最初は理解できない部分がありました。三宅さんの本を読んで、「つまり、こういうことなのか」と、とても勉強になりました。

 『Ingress』のルールは「こういう欲求を満たすためには、こういうルールにしよう」と考えていたわけではありません。しかし、「人を外に出してコミュニケーションを生み出して、さまざまなものを発見するきっかけを作りたい」というプロダクトの目標を実現する過程において、その深層には無意識に潜在的な欲求の存在を考えていたのではないかと思います。

 もうひとつ、三宅さんの本の中に書かれている理論に、「人間は身体によって世界と繋がっているが、知能はフレームを設けていてその範囲内でものごとを考えている」というのがありました。『Ingress』や『Pokémon GO』ではそのフレームが広がっているのではないかと感じています。

 たとえば、普通のゲームであればフレームは家の中でよかったものが、外出することで広がっていき、自分の街から隣の街に広がり、まったく知らない遠方の街や離島、海外にまで広がり、自分を取り巻く作用空間や知覚空間が拡張していったのではないかと思います。そうした変化を生み出せたことが、世界を変えるきっかけになっているのではないでしょうか。

「Nianticのミッション『Adventures on Foot』という考え方そのものが、三宅さんが書かれている『身体性』と一致するのではないかと感じています」と川島氏 「Nianticのミッション『Adventures on Foot』という考え方そのものが、三宅さんが書かれている『身体性』と一致するのではないかと感じています」と川島氏

三宅氏:人工知能には身体がないので、自分で問題を作れないですよね。人間は身体から生まれる情報を基にさまざまな問題を解決するためにフレームを作ります。フレームというのは“問題設定”のことですが、人工知能は人間がフレームを与えることで初めて機能するわけです。こういう意味において、フレームは人間にとって世界を狭めるためにあるものなのですが、『Ingress』はまったく逆を行っていて、現実に新しい空間を作るためにフレームを作り出しているのです。

 フレームには「対象」と「操作」があるのですが、Ingressはポータルを「対象」とし、それを繋げるという「操作」によって、現実空間に新しいフレームを設定して、もうひとつの環世界を作り出していると思います。その環世界が人間の根源的な部分(=領土欲)と繋がっているのです。デジタルゲームは狭い場所をフレームにしているために世界は狭まりますが、Ingressは現実世界そのものに展開しているので、現実のフレームを拡張する力があるのです。

環世界:それぞれの生物が自分の生態に合わせて主観的に作り出す認識世界のこと。

川島氏:『Ingress』をやっていて驚くのは、話のスケールが大きくなり、受け入れられる容量も増えていると感じることです。たとえば、「サイパンと東京のポータルが繋がった」と言われても、普通の人なら驚くところがコアなユーザーであればスッと受け入れられるわけです。そういう感覚がリアルなものとして当たり前になっていくということは、今まではなかったことではないでしょうか。世界の中にいる自分、自分の周りにある空間の捉え方が大きく変わってきたのではないかと思います。

三宅氏:私の本をそういう観点から解釈してくださるとは(笑)。

川島氏:私が疑問を持ちながら読んだからだと思います。参加しているエージェント自身が自分の感覚や能力を拡張していく様子からは、人工知能にも応用できる気付きがあるのではないかと思います。

三宅氏:それはそうだと思います。人工知能はゲームの世界でさえ孤立している存在で、どういう結び付きを持たせるかが大きな課題なのです。現実は無限ですが、私たちは身体の有限性によって必要な情報を世界から切り取って生きています。だから、冒頭に話したように身体がなければ認識や知能は生まれないわけです。一方で人工知能の世界では、無限の情報から切り取ったものを人間が与えることで成り立っているのです。

 人間のすごいところは、切り取るだけでなく拡張することができるということです。インターネット空間がまさにそうで、閉ざされた環世界を生み出して機能化できています。そういう環世界の応用はさまざまなものがありますが、閉ざされた環世界の創出を実現しているゲームというのは『Ingress』が初めてなのではないでしょうか。

 私自身、なぜ『Ingress』がこれほど人気なのかはずっと疑問だったのですが、答えは自分の本の中にあるとは思いませんでした(笑)。

川島氏:もしかしたら、人工知能もアージ理論のようなプリミティブな本能に動かされて、自分自身で世界を拡げて学んでいくという三宅さんの考え方は、進化の方向性として正しいのではないかと思います。

CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)

-PR-企画特集

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]