――『Ingress』や『Pokémon GO』はゲームではなくひとつのジャンルだと思っていて、話を伺ってなぜ自分がそう思っているのかも理解できたような気がします。『Ingress』はゲームではなく現実を拡張した別の世界ということなんですね。
川島氏:別の世界が現実の世界に被っているということですね。『Ingress』の世界で認識を拡げていくためには、現実の世界で自分自身が動かなければならない。そういう今までにない体験を生み出しているのではないかと思います。
三宅氏:ゲームでもなくスポーツでもない、ルールに基づいて身体を動かす新しいジャンルだと言えるかもしれませんね。真似したい開発者は数多くいると思いますが、誰も真似することができない、非常にファンダメンタルな存在だと思います。
川島氏:『Ingress』の上級者になると90%以上が他の都市を訪れていて、30%くらいは他の国を訪れていて、15%くらいは他の大陸を訪れています。そうやって自分の身体を使って自分自身のメタ情報(知っているということを知っている)を増やし、自分の身の回りの情報や世界に対して持っている捉え方を自分の足を使って拡張していくことで、世界に対する自分の中の解像度を高めらえているではないかと思います。
三宅氏:何の目的を持たずに知らない土地に行くと何をしたらいいのか分からなくなりますが、『Ingress』や『Pokémon GO』というレイヤーを伝って訪問することで、普通ならば行かないような土地であってもどこまでも繋がっていけますね。
大昔、人類が自分の村に旗を立てたり、城を築いたりして領土を作り国家を生み出してきたわけですね。土地と人間は常に結び付いてきたわけです。それが今は紛争を避けるために土地と人間を切り離して土地への愛着を希薄させ、インターネットが登場したことによって土地や場所を超えてさまざまな体験を生み出すようになりました。そうした中で、本来は紛争を産む危険なものだとされてきた土地への愛着や場所への執着といった本能を、ゲームという遊びを通じてエレガントに実現したというのは、人間の大きな成長だと言えるのではないでしょうか。
川島氏:そういってもらえると光栄ですね。そういうファンダメンタルな部分があったからこそ、『Pokémon GO』は社会現象を生み出すことになったのではないでしょうか。
『Ingress』で学んだことは、身体と心は切り離すことができず相互に影響しあうものであるということです。自分の世界を拡げるためには、頭で考えるだけではなく身体を使わなければなりません。そういったファンダメンタルな部分と「ポケモン」というキャラクターの強さが『Pokémon GO』の世界的ムーブメントを生み出し、実際にユーザーが外に出て歩き始めたのではないかと思うのです。現代社会のバランスが崩れていて、外に出て身体を動かすことが単純に気持ちよかく、人と垣根を越えてまったく違う環世界のフレームの中で関係を持つことが新鮮で、だからこそ世界中に爆発的に普及していったのではないかと思います。身体性というのは、これからもユーザー体験の大きなキーワードになるのではないでしょうか。
三宅氏:人間の認識は身体とは切り離せません。私たちがもし首を動かせなくて、目の前の風景しか見えなければ3次元というのは認識できなかったと言われています。3次元は私たちが首を微妙に動かすことによる視覚変化によって認識しているのです。身体が一歩前に行くことで風景や光の加減が変わり、空間を認識しています。人工知能はまだこのようには作れませんが、人間の認識は身体を動かすことによってはじめて実現するのです。『Ingress』や『Pokémon GO』が生み出した環世界は、こうした現代社会が忘れていた認識のバランスを復活させたのではないでしょうか。
身体を動かそうといえば散歩でもいいですが、それでは目的や目標がありません。身体性を復活させるためには、目標が必要であるわけです。『Pokémon GO』では「集める」「捕まえる」という目標がありますが、この目標も人間が本来持っている本能であり、大人が忘れてしまっていたものではないでしょうか。それが、洗練された体験としてのゲームとして生み出されたと思います。
街に出るとARで物体が浮かび上がるという体験は以前からあったのですが、ゲットするという行為がありませんでした。ゲットすることで、対象のポケモンとその土地と自分の間に環世界を作ってくれるわけです。『Ingress』が持っている環世界と『Pokémon GO』が持っている環世界は少し違って脳の別の部分を刺激しているのではないかと思いますが、いずれのゲームも人間にとって現実世界がいかに重要かを気づかせてくれているでしょう。
デジタルゲームは、スクリーンの中で錯覚を生み出すことでユーザー体験を生み出すものですが、しかしそこでは身体が入っていない=身体がそこにあるように錯覚させるわけです。そのためには、ゲームを複雑にしなければなりません。
川島氏:『Pokémon GO』には「Pokémon GO Plus」というウェアラブルデバイスがありますが、人間の心拍や活動量を測定するウェアラブルデバイスは、すでにムーブメントがひと段落しています。しかし、デジタルの世界でコンピュータが人間の身体性を知る重要な一歩なのではないかと感じています。ウェアラブルデバイスの拡大によって、身体性にまつわる情報はどんどん増えていき、それが人工知能の大きな進化を生み出す重要なきっかけになるのではないでしょうか。ロジックだけではなく、身体性について考えることがキーになるということです。
三宅氏:今の人工知能ブームは、データを学習させることで人工知能を成長させるという方向性ですが、このデータというのはインターネットにあるデータやIoTなどによる客観的な情報を指します。ここに唯一ないのは人間の内側にあるデータで、主観的な行動といった個人の情報の集合体がありません。表層的なデータはあるものの、内面のデータがないのです。
川島さんがおっしゃる通り、もしもウェアラブルデバイスを通じて取得した人間の主観的、内面的なデータを基に人工知能を構築したら、今までにないラーニングが生まれるのかもしれませんね。もしそうなると、客観的なデータに基づいた汎用的なサービスではなく、個人の主観的なデータを基にパーソナライズされたエージェントのようなサービスが生み出されるのかもしれません。
川島氏:コンピュータにとっても、人間の主観というのはブラックボックスになっているのではないかと思います。そこに、ウェアラブルデバイスなどを通じて違う側面からの理解をコンピュータに促すことができれば、コンピュータが人間にもっと歩み寄れるのではないかと思います。これが私たちの目指している現実の拡張、現実世界に対する解像感の拡大にも繋がっていくのではないでしょうか。
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