カーナビのように“何をすべきか”を教えてくれる農業IoT「e-kakashi」

 温度や湿度などのIoTセンサやデータを活用することで、“勘や経験”を頼りにしてきた農業を可視化する――。IoT市場の成長にともない、こうした田畑のデータを簡単に得られるようになる農業IoTツールが増えている。しかし、その多くが単にデータを取得するだけに留まってしまっていると指摘するのは、ソフトバンクグループのPSソリューションズ フェロー 博士(システム情報科学)の山口典男氏だ。

左からPSソリューションズ グリーンイノベーション研究開発部 部長 博士(学術)の戸上崇氏、同社フェロー 博士(システム情報科学)の山口典男氏、同社 グリーンイノベーション研究開発部 主幹研究員 博士(農学)の山本恭輔氏
左からPSソリューションズ グリーンイノベーション研究開発部 部長 博士(学術)の戸上崇氏、同社フェロー 博士(システム情報科学)の山口典男氏、同社 グリーンイノベーション研究開発部 主幹研究員 博士(農学)の山本恭輔氏

栽培方法をナビゲートしてくれる「e-kakashi」

 同社が提供する「e-kakashi(イーカカシ)」は、 センサによって栽培現場のデータを取得するだけでなく、そこから一歩踏み込み、データをもとに農家がいつ(適期)、なぜ(根拠)、何を(作業)すればいいかをナビゲートしてくれる農業IoTソリューション。2015年10月から提供しており、一部のJAや農業大学校などで導入が進んでいる。

 e-kakashiでは、田畑の温湿度や日射量、土壌内の温度や水分量、CO2などを計測できる各種センサを搭載するセンサーノード(子機) からデータを収集し、ゲートウェイ(親機)を経由してクラウド上で収集データを管理できる。ユーザーは、PCや専用アプリをインストールしたタブレット、スマートフォンなどから、栽培時に必要なデータをすぐに参照できる。

e-kakashi
親機(右)と子機(左)
e-kakashi
e-kakashiのイメージ

 親機は携帯電話モジュール(3G/LTE対応)を内蔵しており、屋外でも機器の遠隔監視やデータの送受信が可能だという。またIP55相当の防水・防じん性能を備えることで、雨風にも負けない高い耐久性を実現。最大100台の子機の収容が可能で、仮に通信回線に異常がありデータを取得できていなくても、最大1カ月分の計測データをリカバリできるという。

 子機の設置方法は簡単で、単管パイプを用意して結束バンド2つで固定するだけ。園芸施設内でも同じく、結束バンド2つでぶら下げることができる。子機を田畑に設置して、1キロメートル以内の電源を確保できる場所に通信用の親機を設置。あとはボタン1つでデータの取得や送信を開始するという。子機は、3年間電池で駆動するため電源は必要ない。

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子機の設置イメージ

 専用アプリは、視覚的に理解しやすいアイコンやビジュアライズなユーザーインターフェースを採用。e-kakashiの状態をひと目で確認できる「ダッシュボード」や、登録した田畑ごとの温湿度や風向風速などのデータを確認できる「センサーデータ」、田畑に設置されているe-kakashiを地図上に表示する「マップ」、計測データをもとにオリジナルグラフを作り、さまざまな角度から分析できる「グラフ」などの機能を搭載しており、ITの知識がない農家でも、幅広いデータの中からすぐに自分が求める情報を確認できるようにした。

 そして、e-kakashiの最大の特徴とも言えるのが、栽培管理術やノウハウを“料理レシピ”のように作成して蓄積・共有できる「ekレシピ」機能だ。植物科学に基づいて作物の生育ステージごとに重要になる生長・阻害要因を設定し、田畑の環境データとひもづけることで、どのようなリスクがあり、どう対処すべきかをナビゲートしてくれる。たとえば水稲なら、「日中平均気温が35℃を超えました」とアラートを出して高温障害のリスクを通知、さらにかけ流しにより水温を下げる対処法を教えてくれる。

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アプリはビジュアライズなユーザーインターフェースを採用

 同社によれば、プロの生産者や指導者から好評なのはグラフ機能だという。計測したままの生データだけでなく、飽差、露点温度、積算温度といった算出データの中から、自由にたて軸、よこ軸、グラフタイプを選んで独自のグラフを作成できるためだ。解析で得られた目標値や、しきい値をekレシピにフィードバックすることで、より精度の高いルートで栽培をナビゲートできるという。

 なお、e-kakashiには拡張ポートが搭載されており、今後も随時センサのラインアップを増やしていく予定。また、クラウドに蓄積されたデータはAPI機能により、ユーザー独自のソフトウェアやシステムと連携できるという。

データを「見える化」するだけでは意味がない

 実は、e-kakashiのプロジェクトが発足したのは8年も前のこと。もともとAIや監視システムの研究をしていた山口氏が、縁がありソフトバンクでディズニー・モバイルの立ち上げに参画。その後、総務省の「ふるさとケータイ創出推進事業」プロジェクトのメンバーとして京都を訪れた際に、農作物を食い荒らす害獣を検知するシステムに触れ、監視システム研究の経験を生かして自身でも開発できないかと考えた。しかし、調べていくうちに「そもそも農業自体に用いるシステムがほとんどないことに気づいた」という。

 「うっかり知識もないまま、農業に役立つIT機器とセンサネットワークを作れるのではと考えたが、実際にやってみたら相当奥深くて大変だった。そもそも農家はこれまでデータがなくても農業ができている。そういう人に対して、いきなりデータが見える化したとIT屋が持っていっても『だから何なの?』という状況で、かなりギャップがある。(ITと農業の)双方からアプローチしないとうまく繋がらないことが分かった」(山口氏)。

 そこで、本腰を入れて農業IoTソリューションを開発するために、ソフトバンクの事業提案制度「ソフトバンクイノベンチャー」にe-kakashiのアイデアを応募したところ、1位で通過し、社内での事業化が決定。さらに農業の知見を持つ“プロ”の力を借りるため、農学や学術の博士号を持ち植物生理学に明るい戸上崇氏や山本恭輔氏を採用してチームを結成した。その後、実証実験などの研究開発を進め、2015年10月にe-kakashiの販売を開始した。

 「当初はまともにデータを取れる機器が世の中になかったので自分たちで作った。(e-kakashiの端末は)センサネットワークとしては日本でもトップクラスだが、ちゃんと動くのは当たり前。集まったデータをどう理解して、実際の農業現場に生かしてもらうかを提案できることが私たちの価値であり差別化になる」(山口氏)。

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