賃貸大手のハウスコムがデジタル活用に舵を切った理由--AI導入の効果は - (page 2)

薄く長いエンゲージメントで顧客との関係を維持する

――では、現在開発している「AI PET」の狙いについて教えてください。

中村氏:ハウスコムで先端ツールを利用して住み替えを実現したあとに、ある程度ボリュームのあるユーザーニーズにリーチできて長期的に嗜好が変化しないものとして、ハウスコムの社内で「ペット」という存在に着目しました。

 その状態で、もともとウェブサイトの改善などで協業していた弊社が参画してアイデアを考案する中で、もしも「ペット可」の物件入居者で自分が飼っているペットと会話できるアプリを開発したら、そしてそれをハウスコムがいち早くリリースしたら面白いのではないか。加えて、「ペット可」の物件入居者はデータがあるので、最初のコミュニティ形成に有効なのではないかと考え、性格設定をしたペットと会話することができるAI PETを開発することにしました。

「AI PET」の狙いを語るビットエーの中村氏
「AI PET」の狙いを語るビットエーの中村氏

 ユーザーとしては、ハウスコムと繋がっているという意識が希薄でも、ハウスコムのサービスを利用し続けているというデータは残る。そこに薄く長く繋がるエンゲージメントが生まれるのではないかということです。ちなみに、サービスの中核に存在する「AIカンバセーションエンジン」は、データセクションがゼロから開発したものです。

――開発面では、どのような点にこだわっているのでしょうか。

今井氏:会話できるAIはいくつかあるものの、私たちがこだわったのは飼い主に寄り添ってくれる“ペットらしい会話”を実現するということです。もともと弊社データセクションは、ブログやSNSなど世の中にあるテキスト情報を集めて解析してマーケティングデータを構築するといった技術を手掛けてきたのですが、この技術が今回のAI開発で生かされています。

 具体的には、会話エンジンを作るための機械学習には膨大な会話のログデータが必要なのですが、そこにTwitter上にある膨大な会話データを投入して学習させることで、“人が何といえば何と返すのか”という会話のベースとなるものを構築しました。

中村氏:もともとデータセクションの技術はテキストからポジティブ、ネガティブを判別するだけでなく、言葉から発者がどのような感情を持っているのかを仮説するための分析をするという技術的な特長があったため、それを応用すれば飼い主の言葉から感情を解釈するという特徴を生み出せるのではないかと考え、開発をスタートしました。ちなみに、“犬っぽさ”、“猫っぽさ”という違いは、私たちで仮説してデータを学習させています。

――その性格付けの点では、どのような工夫をしているのでしょう。

伊興田氏:今の技術では、大量のデータを作って機械学習させるという方法が最も高精度の人工知能を開発できるスタンダードな方法です。ただ問題点は、膨大なデータを使うのでキャラクターが定まらないことです。

 それをコントロールするためには、自然言語処理を活用して、キャラクターの特色が出やすい表現をセンテンスの中から抽出して、その部分に特定のキャラクターを当てていくという方法や、単語そのものをバラバラにしたうえで単語同士の関係性を分析して、柔軟にセンテンスを組み立てていくという方法があります。私たちではその2つの考え方を両立して、文章に柔軟性を持たせながらセンテンスが破たんするリスクを軽減できる技術を開発しています。

開発について語るデータセクションの今井氏と伊與田氏
開発について語るデータセクションの今井氏と伊與田氏

――どのような形で提供する予定でしょうか。

中村氏:専用のアプリを提供するほか、将来的にはユーザーのLINEアカウントを連携させる形で提供することも検討しています。サービスは2017年初頭にクローズドベータ版として、まずはハウスコムを通じてペット可能物件に入居されているお客様にお試しいただく予定で、春ごろには正式にリリースできればと考えています。

新しいチャレンジに、経営者は口出しをしない

――開発にあたって各社は、どのような連携をしているのでしょう。

中村氏:役割分担としては、ビットエーがフロントエンドを、データセクションがバックエンドの人工知能を開発しています。繋ぎ込みの部分や仕様の策定などについては両社で進めています。有難いことに、ハウスコムからは全面的に任せていただいており、基本的に私たちで決めたことや仕上げたことを概ね承認していただいて作業を進めています。期待に応えなければという責任を感じています。

安達氏:もともと、さまざまなデータは持っていたもののそれを内製で形にできていなかったわけですから、アイデアや発想については一切口を挟まないことを、私も代表の田村も強く意識しています。特に田村は「トップが口を挟んだら絶対にその通りになる。それではつまらない。だから彼らの思うように好きなように開発してもらいたい」と語っており、私も同じ思いです。なので、途中の進捗報告は受けますが、開発には一切干渉しない方針を持っています。

 ハウスコムでは「オープンサービスイノベーションラボ」という新サービスの開発を推進する部門があり、さまざまなシステム会社やベンチャー企業が参画しているのですが、せっかく志を持って集まった方々の前で「決裁のスピードが……」「役員会で承認をもらって……」みたいな話になってはいけませんよね。彼らのアイデアに対して、その場でジャッジするという姿勢を進めることが重要だと思います。

 ビットエーもデータセクションも含めて、彼らは私たちのデータで凄いことをやろうとしているわけです。それを、旧態依然とした“しょーもないこと”で止めてはいけないと思っています。社内の調整をしっかりとしながら、まずは彼らがやりやすい環境を作ることが重要だと考えています。

 そもそも、人工知能の開発についても、誰も提唱していないかったですし、事業ミッションにも事業計画にもないような話だったのです。それを田村と共にテクノロジに触れて「やろう!」と即決して実績まで作ることができたのです。田村のこうした姿勢もあり、今では新しいチャレンジを受け入れていく社風ができたのではないかと思います。ハウスコムでは、ロゴやオフィスデザインも最近刷新しましたが、これも田村の「このままではハウスコムは陳腐化する。不動産会社の常識にとらわれず、一度全てを壊して新しく変えていこう」という姿勢の表れではないかと思います。

中村氏:今の時代のマーケティングは、課題の分析や施策スキームの設計をしてからクリエイティブを作っていくのではなく、課題に対してまずはクリエイティブを当ててみて、その結果を分析することでブラッシュアップしていくという考え方がスタンダードになりつつあります。ハウスコムの姿勢はまさにこの考え方に基づいているのではないでしょうか。

――このような取り組みにはどのようにゴールを設定しているのでしょうか。大きな予算を動かすにあたって、定量的な目標などは用意しているのでしょうか。

安達氏:たとえば、AI PETについては売上への貢献などは全く考慮していません。このような取り組みは儲けるためではなく将来への投資だと捉えており、本業とは異なる予算の考え方で動いているというのが実情です。将来的なビジョンやミッションを掲げて、それを実現するための研究費として予算を考えています。

 加えて、ポータルサイトやマスメディアなどに掲載する広告予算の投資に対する考え方も少し見直しつつあり、広告に莫大な予算を投資するのであれば、将来のビジネスに投資したほうが良いのではないか。よりユーザーの接触メディアやオウンドメディア接触の実態に合わせたコミュニケーションを考えていかなければならないのではないか。そのような発想の転換を進めているところです。

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