筆者は2015年、アルミケースのApple Watchは耐久性に不安がある、と記した。以降、意地悪く観察してきたが、杞憂であったようだ。ファーストモデルの発表から1年経つが、関係者やユーザーに話を聞く限り、アルミケースの耐食性に問題はなさそうだ。ある時計メーカーの技術者も「テストした結果、Appleのアルミケースには問題がなかった」と述べた。Appleが2015年の後半以降、軽くて製造コストの安い、アルミケースのモデルを打ち出せるようになったはずだ。
もっともうがった見方をすると、Appleはアルミケースにシフトせざるを得なかった、ともいえる。2015年に鳴り物入りで発表されたステンレスと18Kケースのモデルは、ケースメーカーが気を病むほどの完成度を持っていたが、傷は付きやすかった。普段時計を使っている人ならば気にしないだろうが、時計を腕に巻く習慣のない人は不満を持つだろう。同社がケースの磨き直しサービスを提供するなら話は別だが、Appleは創業100年の時計メーカーではなく、カリフォルニアの新興IT企業なのである。ケースの磨き直しにリソースを割くことは、これからもないだろう。
それに対し、硬化処理したアルミケースは、ステンレスや18Kよりはるかに傷が付きにくく、基本的にはメンテナンスフリーだ。ユーザーからのクレームに悩まされる心配はないだろう。と考えれば、2016年にAppleが、傷の付きやすい18Kモデルをカタログから落とし、代わりに硬いセラミックケースのモデルをEditionに加えたのも合点がいく。
Apple Watch Series 2のハード/ソフトウェアの充実は、アルミモデルの拡充と同じベクトルにある。耐水性能の強化、GPSの搭載、そして画面の照度向上などは、つまるところ「高級時計」から「どこでも使える時計」への転換である。日本仕様に設けられたSuicaへの対応もその第一歩と解釈できるだろう。そして身のこなしの軽いアルミケースはそういった性格を一層強調するだろう。今のところはスポーツシーンへの対応が目立つが、今度同社は、ヘルスケアへとビジネスシーンへの対応を強化するだろう。少なくとも、ハードウェアだけを見れば、対応できるだけの内実を備えている。
もっともミクロの観点から見ると、詳細な説明を省くようになったにもかわわらず、Apple Watchのハードウェアは相変わらず優秀だ。ハードウェアとしての最大の見どころは、Editionに加わったホワイトセラミックケースである。素材は高強度ジルコニア粉末と酸化アルミニウムを混ぜ合わせたもの。さまざまなメーカーがケース素材にセラミックを使うようになった現在、素材としては目新しくない。しかし本当に良質なホワイトセラミックを作るのは、かなり困難なのである。
こういう実例がある。シャネルの「J12」という時計には、ホワイトセラミックのケースのモデルがある。ブラックセラミックのモデルが発表されたのは2004年、ホワイトは2006年である。2年遅れた理由は、発色が良く、退色しにくいホワイトセラミックの開発に時間を要したため、と聞いた。ただ白くするのは簡単だが、退色しない素材を与えるのは困難なのだ。
もっとも白の発色に並々ならぬ情熱を燃やしてきたAppleがあえて採用するのだから、ホワイトセラミックの質は期待してよいだろう。加えてAppleは、セラミック素材の弱点も十分研究したようだ。その証拠に、Editionと他のモデルは、ケースサイズがわずかに異なる。セラミックは傷に強いが、ショックを与えると割れるおそれがある。そのため、Appleは、ケースの肉厚を増して対応したのだろう。風防(サファイア製のカバー)とケースの間には不格好な隙間ができたが、これは耐久性とのトレードオフと考えるべきだ。
セラミックケースにはもうひとつ、語るべき点がある。それが、セラミックのみの一体成型ケースという点だ。市場にある99%のセラミックケースは、中にスチールなどの中枠を入れて成型している。
筆者の知る限り唯一の例外は、オメガだ。彼らは中枠を使わないセラミックケースを完成させ、それをスピードマスターに採用した。新しいApple Watch 2も同様である。筆者は分解されたセラミックケースのモデルを見たが、どこにも中枠はなかった。中枠を持たないセラミックケースとしては世界で2例目であり、いうまでもなく、オメガよりも生産本数ははるかに多い。値段が高いという声も聞くが、製法を考えればむしろ安価ではないか。
(後編に続く)
時計ジャーナリスト。
時計専門誌『クロノス日本版』編集長。国内外の時計賞で審査員を務めるほか、学会や時計メーカーなどでも講演を行う。一般誌、専門誌で執筆多数。
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