最新の製法で作られたApple Watchの外装。しかしより重要なのは、この「時計」が、生半な時計以上のパッケージングを備えた点にある。現在、「時計のような」プロダクトを作るのは難しくない。しかし時計としてのパッケージングを与えるのは、40年前も、そして現在も容易ではない。
Apple Watchの開発にあたって、Appleはドミニク・フレションを招聘し、時計に関するレクチャーをさせたと聞く。スイス時計業界最高の碩学である彼は、いわば時計業界の「人間グーグル」だ。フレションが何を話したのかはわからないが、おそらく懐中時計から腕時計への変化と、それがライフスタイルにもたらした影響を語ったのだろう。彼の著書“The Mastery of Time”を読む限り、筆者はそう推測する。このエピソードが示すものは明確だ。Appleは、スマートウォッチを作るのではなく、腕時計を本当に再定義する気なのだ、と。
「再定義」の一例が、装着感だ。時計メーカーはようやく再認識しつつあるが、着け心地ほど腕時計にとって重要な要素はない。仮にあなたが高価で見栄えのする時計を買ったとしよう。1週間は周囲がもてはやしてくれるし、嬉しくて常に腕に巻いているだろう。しかし着け心地の悪い時計は、やがてテーブルの上に置かれ、いつしか収納ボックスに姿を消すに違いない。普段使いできる時計とは、消去法でも残る時計のことであり、そのもっとも大きな条件のひとつが、着け心地になる。
装着感を良くする方法は大きく4つある。1つ目は時計の重心を下げること。時計の重心が腕に近づけば、腕を振っても時計がぐらぐらすることはない。そのため最近の時計はムーブメントとケースの隙間を詰めて、重心を下げるようになった。2つ目は時計自体を軽くすること。重心の高低は、時計が軽ければそもそも問題にはならないはずだ。SkagenやPiagetの薄くて軽い時計が好例だ。そして3つ目が、時計とブレスレットの重さのバランスである。時計全体が重くても、ブレスレットやストラップのバランスが取れていれば、「頭」だけが重く感じる、または「お尻」が重く感じることはない。Patek Philippeの「ノーチラス」は最良のサンプルだろう。そして4つ目が、腕と時計の接地面積を可能な限り大きく取ること。ケースを湾曲させて腕に密着させれば、大きく重い時計でも、装着感は悪くならない。Franck Muller「トノウカーベックスケース」、Girard Perregaux「ヴィンテージ1945」などの優れた着け心地は、明らかに独特のケース形状によっている。
腕時計の再定義を試みたApple。彼らがまず目指したのは、腕から外されない腕時計を作ることだったように思える。すぐテーブルに置かれるような代物であれば、例えばバイタルデータを集めることは不可能だろう。そのため彼らは、装着感に対して病的ともいえる配慮を加えた。具体的には、時計を驚くほど軽く作り、一方で、ブレスレットやストラップに適度な重みを与えたのである。たとえばステンレスケース(38mm)のミラネーゼループブレスレット付き。時計の重量は40g、バンドは33gと、重さ、バランスともに見事というほかない。ただ残念ながら、18Kモデルの重さだけはわからない。金の重さに対して価格が高い、と文句を言われたくなかったのだろう。
腕から外されないことを目指して、着け心地を見直したApple Watch。ただAppleは羽のような装着感を無条件に約束したわけではない。ウェブサイトの着例のように、正しく身にまとった場合にのみ、この時計はいっそう優れた着け心地を持つ。正しく使えば、正しい成果を約束するというのは、良くも悪くもAppleらしい。
一部のストラップやブレスレットの留め金(バックル)も今までの時計とは異なる。厚すぎるバックルは、デスクワークの際、机やPCに当たってしまう。そこでAppleは、一部のバックルにマグネットを使い、薄く仕立てた。これならデスクワークの邪魔にならないし、腕の太さを問わず、ミリ単位で完全なフィッティングを与えられる。もっともAppleは、時計がどういう状況で使われるかも熟慮した。デスクワークで使う時計には薄いバックルを、対してスポーツ向けであろうフルオロエラストマー製のストラップには、外れづらい押し込み式のバックルを与えた。装着するのは一苦労だし、デスクワークにも向かないが、激しい運動の際も外れないはずだ。
Appleがどれだけ時計を研究したかに関しては、まだ例がある。ひとつが針だ。デフォルトのクロノグラフモードが示すように、中央のクロノグラフ針と、12時位置にある30分積算系針はオレンジ色である。これは、通常の時刻表示で使う針とは異なるという意味を持ち、かつてのクロノグラフが好んで採用したものだ。今や老舗のクロノグラフにもこういった配慮を持つものは稀だが、Appleは最新のデジタルウォッチに採用した。またクロノグラフや秒針の先端はインデックスと完全に重複しており、正確に時間を読み取れる。コストダウンのため針を使いまわすのが当たり前になった現在、針がインデックスに届く時計が、どれほどあるかは心もとない。液晶表示だからできたギミックだが、Appleは時計メーカー以上に、「お約束」を守ろうとしている。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス