多くのウェアラブル端末が登場する中、本格的なスマートウォッチの大本命として注目を集めたApple Watch。2015年4月24日の発売から、1年を迎えた。日本では賛否両論の意見が出ているが、1年を振り返って時計ジャーナリストはどう見ているのか。
前回は、歴史を持つ時計メーカーらがスマートウォッチを無視できなくなった理由について説明した。600万台と言われるApple Watchの年産数は、デジタルの世界では大きくはないが、時計メーカーとしてはずば抜けて巨大といえる。
ただ量以上にインパクトをもたらしたのは、クオリティ(質)である。当初多くの時計関係者は、Apple WatchをAndroid wearと同程度のもの、と考えていた。つまりハードウェアとしての完成度は、既存の時計には及ばないという認識だった。しかし実物を見て、その製法を確認したのち、彼らは考えを改めた。
以前書いたように、Apple Watchのケースは、いわゆる高級時計の製法で作られている。ケースを鍛造したのち、CNC旋盤で切削して滑らかな面を与える手法は、最新のPaneraiやGrand Seikoに同じだ。Appleはこの手法を、数百個しか作らない高級品ではなく、数百万個も作る量産品に転用したのである。ある時計メーカーのプロダクトマネージャーが「1万スイスフランの時計よりもケースの出来はいいかもしれない」と漏らしたはずだ。
ブレスレットやストラップも同様である。着け心地まで考慮した作り込みは、経験ある時計メーカーや部品メーカーのお家芸だった。しかしAppleは、マグネットでブレスレットやストラップを止めるという「禁じ手」を採用。装着感を大きく改善した。機械式時計やクォーツにとって磁気は禁忌だが、デジタルウォッチなら問題ない。Appleはデジタルの強みを生かして、優れた着け心地をもたらしたのである。
もうひとつ、時計関係者を驚かせたのが針である。かつて正確さを謳った時計はほぼ例外なく、インデックス(時間を示す文字やバーなど)に届く針を持っていた。今ではコストダウンのため、インデックスに届く針を探すのは難しい。対してAppleの開発チームは、この「時計」の正確さを見た目でもわからせるため、一部の秒針を伸ばして、インデックスに届かせた。もちろんこれはデジタルデータだ。しかし時計をわかっている人たちでないと、こういうディテールは与えられない。つまり純粋にハードウェアと見ても、Apple Watchは大変完成度が高かった。
以前も書いたように、ジョナサン・アイブと彼のチームに対して、「時計とは何か」を説明したのが高級時計協会(FHH)のエキスパート、ドミニク・フレション氏である。時計専門誌『クロノス日本版』(2016年1月号)のインタビューで、彼はその様子を一部明かしてくれた。「私自身Appleが私に何を求めていたのかはわかりません。ただですね、時間の計測について、『どのような進歩があるのかということ』を知りたがっているのだろうなと思いました。計測以外にも、エステティックに関する意見も求められました。革新的なデザインにするべきなのか、クラシックなものにするべきか、それともシンプルなものにするべきか、それともコンプリーケートな形をしていなければならないのか(後略)」。フレション氏は詳細を語らなかったが、インデックスに届く針は、Appleがフレション氏などとともに、「計測」に真剣に考えた結果だろう。
販売戦略もまた、時計メーカーにインパクトを与えようとしている。SwatchやRichemont、そしてLVMHといった時計界の大グループは、ここ10年、直販店戦略を採ってきた。製造から販売までのすべてをコントロールすることで、大きな利幅を得る。これは各グループに急成長をもたらしたが、Appleはそれをいっそう極端に推し進めた。ある量販店の関係者は「Apple Watchを売っても利益にならない。稼げるのはアクセサリの販売だけ」と漏らす。ただネットを中心とした直販戦略を採ることで、Appleは、Apple Watchの原価率を抑えることに成功した。価格に比して、Apple Watchの品質が優れている理由だ。筆者はこういった販売戦略を好まないが、Appleの手法が時計メーカーを刺激しているのは事実だ。
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